癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

伊勢街道1日目・日永追分~1神部~2白子~3上野~4津<30.1km>

2017年11月06日 | 登山・旅行

 伊勢街道とは、日永の追分で東海道と分かれ、伊勢湾沿いを白子、津、松阪などを経て 伊勢神宮へ至る街道である。 別名:伊勢参宮街道とも呼ばれ、江戸時代、お伊勢参りの旅人で賑わう街道であった。

 江戸時代の中期以降の庶民の楽しみの一つに、旅行があった。しかし、当時はただの観光目的の旅には許可が下りなかったために、あくまでも表向きは寺社への参拝ということになっていた。

 その中でも特に人気だったのが、「一生に一度はお伊勢さま」と言われるほどだった。文政13年(1830)には500万人の参詣者があったという。当時日本の人口は3000万人ほどだったので、その数の多さには驚かされる。

     
 その火付け役となったのは、十返舎一九の書いた「東海道中膝栗毛」だといわれている。弥次さんと喜多さんが、厄落としのために江戸から伊勢神宮に向かう様子を、面白おかしく書いた書物である。

 なお、ガイド地図は、ネット上の「みえ歴史街道ウォーキングマップ 伊勢街道」をダウンロードして印刷したものを持った。

 さて、その1日目のスタートだが、宿から追分駅まで、四日市駅で私鉄を乗り継いで移動。日永追分まで東海道を少し戻った。

     
 3日前にも通った日永追分には、伊勢神宮の二の鳥居や伊勢神宮遥拝啓所の他に、嘉永2年(1849)建立の追分道標がある。

     
「左いせ参宮道」、「右京大坂道」、裏には「すぐ江戸道」(3日前には見落とした)と刻まれている。「すぐ」とは、まっすぐの意味らしい。これは、江戸店を持っていた伊勢商人の「渡辺六兵衛」が寄付したもの。 
 この先常夜燈や道標が多く目に付くが、成功した伊勢商人の建立したものが多いとされる。 

 6:15、いよいよ3日間にわたる伊勢街道歩きのスタート。少しの間、国道23号を歩くが、やがて旧道へ。

       
 しばらくして、堤防の上を歩き、先に見える高岡橋を渡る。 

     
 橋を渡り、再び堤防を歩くと常夜灯がある。ここが、昔の橋があったところらしい。
 ここから、再び旧道へと入っていく。

     
 高岡の町並みを抜けると、のどかな田園風景の中を進む。ここの一直線の街道は古代条理制度の名残だそうだ。

         
 やがて伊勢街道最初の宿場である神部へと入っていく。その入口にある「神部の見附」。両側に石垣や土塁を築き、役人が見張っていたという。

     
 神部の中心地へ入っていくと、現在でも旅館を続ける旅籠屋「加美亭」がある。

     
 最初に目にした道標。「右さんぐう道」と彫られている。なお、東海道や中山道のような現在の歩き旅用の案内標識は全くない。ひたすら手持ちの案内地図だけが頼りである。
 このあと、常夜灯や道標は多く目にする。

     
 江島の入口にある鎌倉時代創建の「六體地蔵菩薩」。ここは、「北の端の地蔵さん」と呼ばれ、伊勢参りの旅人にも人気が高かったそうだ。
 すく向かいに「役行者神変大菩薩」の社があった。役行者は修験の開祖だが、まさに神仏混交の象徴のような名前だ。

     
     「江島陣屋跡」の説明板。
 
     
 2つ目の宿場である白子には、古くて立派な商家や民家が多い。

     
 寺家地区の立派な山門を持つ「子安観音寺」。この境内には、松尾芭蕉や山口誓士ほか有名人の句碑が多い。

     
 すぐ近くに立っていた「右さんぐう道 左くあんおん道」の道標。

     
 昼食は、東千里ですぐそばを並行する国道23号で見つけた中華料理店の日替わりランチ(680円)。連日朝と夕はコンビニりようだったので、このようなメニューがうれしい。

     
 3つ目の宿場である上野で目にした、しっくい壁、虫食い窓、連子格子の3拍子の揃った立派な古い民家。

     
 上野は城下町で、いろいろな役所が多かったようである。

     
 上野の「道路元標跡」。当時、村の中心地に建てられたらしい。

     
 津市中瀬地区を行く街道

     
 同じ中瀬の国道23号で見つけた「痔神大明神」の看板。全国の痔主に霊験あらたかな神社として信仰を集めているそうだ。しかし、もともとの地神が痔神に変わっただけらしい。それにしても、なぜこの字になったのか?

     
 常夜灯と道標が立つ巡礼道(古伊勢街道)との追分

     
 楽しみにしていた木製の「江戸橋」は、河川改修工事に伴う架け替え工事が行われていた。名前の由来は、江戸へ発つ藩主を見送ったことによる。

     
 4つ目の宿場である津に入っていくと、たくさんの蔵が固まった屋敷を目にする。

 14:15、約8時間で、今日のゴールとなる街道沿いのホテルエコノ津駅前(朝食付き5000円)に到着。今回初めて交通機関を使わないで済むホテルだった。
 コインランドリーもあったので、洗濯もできた。

     
 夕食は、ホテルで「津の名物は?」と聞いたら、「うなぎです」とのこと。「そんな高いもの食べれないですよ。他には?」「津餃子です」とのことで、お勧めの駅のレストラン街の天ぷら屋へ。
 手前が直径15cmの津餃子、あとは野菜天ぷら定食、生ビールとハイボール飲んで、わずか1800円…安い!おまけに、4日目にして初めてコンビニ食でない夕食がうれしかった。

 一昨夜寝るときに、横浜ベイスターズが勝っていたので、日本シリーズ最終戦を楽しみにしていたら、寝たあとに逆転負けしたらしい。ガックリ!

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2 コメント

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子安観音寺 (赤ワイン)
2017-11-11 18:36:32
・・・山口誓子・・・ぼそっ・・・
他にもやや誤変換が見えまして、ややお疲れ気味でしょうか?
それにしても子安観音寺なんて聞いたことも無かったのですが、非常に来歴、趣き深いところだと知ってうれしくなりました(調べた・・)。
とりわけ芭蕉門下の種々の逸話が楽しいですねー。
赤ワインさんへ (sakag )
2017-11-11 20:26:22
疲れて宿に到着して、ビールで酔った頭で、スマホをチマチマ打つもんだから、間違いや誤変換が多いと思います。
この旅日記が、赤ワインさんの好奇心と知識向上に役立てて光栄です。

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