あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

澁川善助の晴れ姿

2021年11月09日 17時18分10秒 | 澁川善助

うちに 原宿署の特高が来たのです。
そしていきなり玄関に上がり込んだのです。
西田 さんいますか 」
「 おりません 」 と言いましたら
「 家宅捜索をする 」 と言って、
それで私と押し問答しましたときに渋川さんが出てきたのです。
令状を持ってないのに土足で踏み込むとは何ごとか、家宅侵入罪で訴えてやる、
そんなもの出ているはずがないから、
いま首相官邸に電話をかけて聞くから待っておれ、
と言ったら、
原宿署の特高が逃げて帰っちゃったんです。
半信半疑で来たんですね。
原田警部という方でしたが、逃げて帰ったんです。

それから澁川さんが様子が変だというので出られたのです。
あとでその警部は、うちから追い返されたというので免官になったそうです。
それくらい警察でもまだ本当のことはわからなかったらしいのです。
・・・西田はつ

『 日本を震撼させた四日間 』 ( 新井勲 ) の中で、
二十八日午後二時ごろ新井中尉が幸楽に安藤大尉を訪ねたとき、
そこに 紺の背広の澁川がいて
「 幕僚が悪いんです。幕僚を殺るんです 」
とさけんでいたという場面をひいた。
・・・澁川善助 「 全国の農民が可哀想ではないんですか 」

「 ・・・二十六日朝、志人荘仲間が電話で知らせてくれた。
すぐに西田宅に行くと渋川だけがいた。

澁川から事件の詳しい説明を聞かされ、協力を求められた。
澁川は つかまるまで上が黒で、下はモーニング用のシマのズボンをはいていた。
上衣も略式の礼服用だった 」 ・・・中橋照夫
幸楽に現れた澁川は単なる背広ではなく、略式の礼服だった 。
以前に、結婚式に出るからといって会津の実家から持ってきたものらしい。
軍服で馳せつけることのできなかった澁川の 「 晴れ姿 」 だったという人もある 。


澁川善助
二十八日午後以来
澁川さんが私の部隊に附かれてまして、
最後迄色々御世話になりました・・・坂井直憲兵調書

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澁川善助といえば、
二十三日に湯河原に行って夫婦で伊藤屋に泊まり、別館に滞在中の牧野伸顕の動静を偵察、
「 同月二十五日コレ亦偵察ノタメ来リタル亡河野壽ト連絡シタル上状況シ 」 ( 判決文 )
西田税の片腕である。

澁川は二十六日未明には、歩三兵営の前にひそみ部隊の出動を見届け、これを西田に連絡したという説がある。
それ以来、澁川の様子が分らなかったが、二十八日忽然として決行部隊の中に現れたのである。

「 澁川さんが私たちのいる 『 幸楽 』 にきたのは二十八日の午後で、白布を持ってきてくれたので記憶している。
 澁川さんはいつも背広姿で、そのときもそうだった 」 ・・歩三第六中隊堂込喜市元曹長
その夕方には幸楽から陸相官邸に回っている。

陸相官邸を警備していた歩三・一中隊 金森勝雄元二等兵 ( 斎藤邸襲撃参加 ) の話。
「 二十八日夕方、陸相官邸の塀のところに立哨していると、背広姿でソフト帽をかぶった男がきた。
 帽子のツバに三銭切手を貼っていたので通した。だれともなく、あれが澁川さんだといったので、そうかと思った 」

同じく官邸警備の同隊 春山安雄元上等兵 ( 斎藤、渡辺邸襲撃参加 ) の話。
「 その男は官邸の二階に上がり、そこかにあった白鞘の日本刀をとって、窓のカーテンを帯にして腰に巻き、
 刀をそれにさして 坂井 ( 直 ) 中尉や高橋 ( 太郎 ) 少尉を叱咤激励していた。

上官のような振舞だったので、高橋少尉に、だれですかと訊くと  『 澁川だ 』 といった 」

澁川は陸相官邸から再び幸楽に戻っている。
安藤隊はその夜のうちに幸楽から山王ホテルに移動するのだが、澁川もいっしょにいる。
「 山王ホテルに伊集院少佐 ( 歩三第一大隊長 ) が安藤大尉を説得に来たときも、澁川はその場にいた 」 ・・( 堂込元曹長 )

澁川は決行には直接加わらなかったが、占拠中の安藤部隊にとびこみ、最後までいた民間人である。
それも二十八日の午後、情勢の非を見て、士気を鼓舞するために はせ参じたのだろう。
彼も西田税の云うことばかり聞いてはおられなくなったに違いない。
その日の午後二時ごろ、幸楽で野中大尉が 「 兵隊が可哀想だから 」 すべてを包囲側に委まかそうといったとき、
澁川は 「 兵隊が可哀想ですって--。全国の農民が可哀想ではないんですか 」
と 野中に噛みつくようにいい、「 おれが悪かった 」 と野中を謝らせたという。
・・( 『 日本を震撼させた四日間 』 )  澁川善助 「 全国の農民が可哀想ではないんですか 」


松本清張著  ニ ・ニ六事件 第二巻
第十一章  奉勅命令 から


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