あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

あを雲の涯

2021年08月31日 13時09分32秒 | あを雲の涯 (獄中手記、遺書)


二・二六事件慰霊像 
「 二十二士之墓 」 開眼供養法要


栗原安秀中尉達の寄書き 

あを雲の涯
目次
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・ 二十二烈士

村中孝次 ・妻 静子との最後の面会 
・ 磯部浅一 ・ 妻 登美子との最後の面会 
・ 
磯部浅一 ・ 家族への遺書
磯部浅一、登美子の墓 

相澤三郎 『 仕えはたして今かへるわれ 』 (一)
相澤三郎 『 仕へはたして今かへるわれ 』 (二) 


・ 北一輝 ・ 妻 鈴子との最後の面会 
・ 西田税 ・ 妻 初子との最後の面会 
・ 西田税 ・ 家族との最後の面会 
・ 西田税 「 家族との今生の別れに 」 
・ 西田税 ・ 母 つね 「 世間がいかに白眼視しても、母は天寿を完する 」 
・ 西田税 ・ 悲母の憤怒 
西田税 「 このように乱れた世の中に、二度と生れ変わりたくない 」 
・ 西田税 ・ 遺書 「 同盟叛兮吾可殉 同盟誅兮吾可殉 」

「 昔から七生報国というけれど、わしゃもう人間に生れて来ようとは思わんわい。
こんな苦労の多い正義の通らん人生はいやだわい 」 
と、しみじみ語った。
この頃は、もう一ケ月も前から日支事変が起きており、
いよいよ戦火が拡大してゆく様相を示していた。
獄中の西田もこれをよく知っていた。
「 軍閥が政権をにぎったから、もう駄目だ。
奴らはこんな大きな戦争を起して、後始末に困るだろう。
自分で始めたんだから自分の手で始末をつけねばならん。
それが奴らのような下積みの庶民の心を踏みにじる奴にはようできんだろう。
元も子もなくしてしまう馬鹿な奴らだ 」 
と 吐きすてるように話していた。
その後の経過は彼の予見どおり、ついに日本を滅ぼす破目になってしまった。
初子や博に自分の形見分けの品物をさしずしたあと、
涙をうかべている肉親の顔を脳裏に深く刻みこむように、
一人一人、じっと見つめながら
「 こんなに多くの肉親を泣かしてまで、こういう道に進んだのも、
多くの国民がかわいかったからなのだ。
彼らを救いたかったからだ 」

・・・西田税


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