あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

西田税 ・ 妻 初子との最後の面会

2021年08月08日 12時13分57秒 | あを雲の涯 (獄中手記、遺書)


昭和12年8月16日
面会人
西田初子


西田
お前一人か

いいえ 皆来て居ますが私一人にお願したのです
西田
詳しく発表になったか

はい 発表されましたが此処では話されませぬ  止められてます
西田
話さなくともよい
少しは違って居るかも知れないが大体に於てあの通りだ
まあ 死んで行く丈の事だ
僕の気持も充分汲んでは居られるが何分あれ程の事をしたのだもの 其責任はあるのだ
僕は五・一五の時 汚名を着て死ぬより 病死するより 余程幸福だ
どうせ弱い体  二、三年位 しかもてない僕の体だもの いい死ぬ時と思ふ
陸軍でも大分議論があるらしいことは分かって居るが 結局死と決した訳だ
血盟団や五・一五、今度と 色々の点で 若い者が私を持出したのだから
実に僕の理想と異なって居る点もあるが 事件の責を受けねばならないことは前から覚悟して居ったのだ
思ひ残すことはない
此処で居る間は迚ても大切に取扱って貰った
実に感謝して居る
病院迄行った世話になり 今度はよい死時と思ふ
夫れから別に残す物はないが
正尚には御下賜かし品の銀時計と秩父宮様より戴いた 「 ワイ襯衣 」 と 「 カウス 」 釦
を 家宝にして呉れと言ってやって呉れ
星野には東郷様の和歌の額をやれ
僕の書は余り散さんで呉れ
強いて謂ふ人には やってもよいが僕の骨は半分東京に置いて同志と一緒 半分は国の方に送って呉れ
式等はするな
お前は仏像を持って居てくれ
其他にない
お父様やお母様に宜しくお詫申してくれ

よく解りました
では今日は何も話しませぬ
又明日参ります
死刑囚に対する面会人の状況    昭和十二年八月十八日
陸軍大臣  杉山 元 殿    憲兵司令官  藤江惠輔
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昭和12年8月17日
面会人
西田初子の父 佐藤新兵衛
義弟 佐藤幸吉
妻  西田初子
西田
お暑い時に誠に有難う御座います。
此の様な事を致しまして申し訳ありませんが、総てお許し下さい。
実は お目にかかれないと思って居りました、之で私も安心出来ました。
本当に色々御心配のみかけましたが、今度はいい死場所です。
妻もよく尽してくれました、私は喜んで居ります。
後事は宜しくお願ひ致します。
初子は色々の関係上当分一人で任意にさして下さい、本人も覚悟して居りますから。

私も面会が出来て嬉しく思って居ります、後事は何も心配はいりません。
西田
幸吉様にも色々心配かけましたが許して下さい。
又 私の気持は今回発表された事でお解りと思ひます、私の心はあの通りです。
軍法会議の方も能く気持を酌んで好意を持って下さって居ります。
私の為すべきことは皆終りました、只 肉体は消えます。

お母様は矢張り 上京して会ひたいと云って 電報が来たそうですが 会ひますか。
西田
そうか 上京するか
会へるなら会ひたいよ、例へ 死顔でも母は見たいと思って来るだろう。
最早 俺は誰とでも会ふ、母が来たら お前 連れて来てくれ。

承知しました。
では 明日でも来たら直ちに参ります。
西田
もう会へないかも知れないが確りして行けよ。
死刑囚に対する面会人の状況    昭和十二年八月二十日
陸軍大臣  杉山 元 殿    憲兵司令官  藤江惠輔
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十八日に面会に参りましたとき、
「 今朝は風呂にも入り、爪も切り 頭も刈って、綺麗な体と綺麗な心で明日の朝を待っている 」
と 主人に言われ、翌日処刑と知りました。
「 男としてやりたいことをやって来たから、思い残すことはないが、お前には申訳ない 」
そう 西田は申しました。
夫が明日は死んでしまう、殺されると予知するくらい、残酷なことがあるでしょうか。
風雲児と言われ、革命ブローカーと言われ、毀誉褒貶の人生を生きた西田ですが、
最後の握手をした手は、長い拘禁生活の間にすっかり柔らかくなっておりました。
「 これからどんなに辛いことがあっても、決してあなたを怨みません 」
「 そうか。ありがとう。心おきなく死ねるよ 」
白いちぢみの着物を着て、うちわを手にして面会室のドアの向うへ去るとき
「さよなら 」 と 立ちどまった西田の姿が、今でも眼の底に焼きついて離れません。
・・・西田はつ 回顧 西田税 3 あを雲の涯 


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