あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

大蔵榮一大尉の四日間 2

2019年11月12日 17時10分11秒 | 赤子の微衷 4 後事を托された人達 (末松太平、大蔵榮一、佐々木二郎)


大蔵栄一

《 二十七日 》

聯隊長に誠心の開陳
二十七日になっても、東京の状況は依然として不明であった。
ラジオはかたくななほど沈黙を守っていた。
私は朝起きてににげなく机の上を見ると、昨夜書いた原稿が二枚、無造作に置いてあった。
改めて読み直した。
読み直してみて全国の同志に打電すべきであるか、その適否を静かに考えた。
あるいは、逆効果を生ずる可能性のあるを思って中止にすることにした、
その原稿をポケットにねじ込んだ。
まず、尉官会開催によって連隊の結束一筋に押し進めるため、
私は、ころあいを見はからって、
最古参である浜地喜代太大尉 ( 陸士三十二期 ) をたずねたが、
不在であったため、三十三期生の伊藤晃大尉に会った。
「 本日尉官会を開催したいと思いますが、その趣旨はこれです 」
私は、昨夜書いた趣意書を示した。
「 浜地大尉を探しましたが、見当たらぬのでとりあえずあなたに・・・・」
「 わかった、僕は賛成だ。ひるごろまでには浜地大尉もつかまると思うので、
 僕から浜地大尉に相談してみよう  」
ひる少しまえ、浜地、伊藤 両大尉がやってきた。
「 実は尉官会のことなんだがね、聯隊長に相談してみたんだが、
聯隊長は状況の推移をもう少し見てからでも遅くないだろう、といわれるので、しばらく見送ったらと思うんだ 」
浜地大尉がいった。
「 尉官会開催をなんで聯隊長に相談しなければならんですか 」
私は、浜地大尉の処置が面白くなかった。
「 時期が時期だからね、一応聯隊長の了解を得たほうがいいと思ったんだ 」
ここにも優柔不断な明哲保身の責任分散的悪質が、顔をのぞかせていた。
「 そうですか、わかりました。じゃあ、あっさり私の提案は撤回しましょう  」
私は、浜地大尉の手から趣意書をとり上げて、上衣のポケットにねじ込んだ。
聯隊長にという権威のカサの中に逃げ込んでおのれの責任の所在をぼやかさうとする、
事なかれ主義の弊風に対しては、いずれゆっくり挑みかからねばならぬ問題であった。
午後二時ころ、私は聯隊長に呼ばれた。
「 君、まあ掛けろよ 」
聯隊長は、笑みを浮かべながら、私にイスをすすめた。
「 ちょっと暇になったから、君から東京の事情をとっくり聞こうと思ってね・・・・」

まず私は、十一月二十日事件から相澤事件など かいつまんで説明した。
今度の事件は、全く寝耳に水であったことも話した。
今度の事件で軍は一歩も退いてはならぬこと、
今までの軍内の内紛的いざこざはすべて一擲いってきして、
開かれた突破口を拡大して一挙に維新へ持ち込むことが、現在軍のとるべき唯一の道であること、
などをこまごまと語った。
「 東京はいま、激しく揺れ動いています。
 その後の状況は全く不明ですが、成功するか惨敗するか、
そのわかれ目に苦闘している毎日であるように思われます。
戒厳令が布かれたといううわさもありますが、明確ではありません。
明治維新の前例が示すように、地方の雄藩が藩論を統一して幕府を倒したごとく、
まず 聯隊長を中心に連隊の藩論を統一し、
それを師団に及ぼし、地方部隊の総意として中央部を推進することが、
われわれにのこされた唯一の道であると思いますが、聯隊長はどう思いますか 」
私は、聯隊長に誠意を披露して、意見を思う存分開陳した。
「 その通りだとは思うがなァ・・・・」
聯隊長は、賛成のような賛成しかねるような、どっちともつかぬ あいまいな態度であった。

約二時間を経過したところであった。
稲垣少尉 ( 陸士四十七期 ) が、ノックもせずに飛び込んできた。
「 大尉殿、全部集会所に集まっていますから、すぐきて東京の事情など話して下さい 」
「 本日の尉官会は中止したんだぞ 」
「 それはわかっています。尉官会は中止されたけれども、中少尉会をやることにしたんです。
みんな集まって待っていますから・・・・」
「 ヨーシ、行こう  」
私は聯隊長に一礼して、稲垣少尉に続いて将校集会所に急いだ。
集会所には中少尉のほかに
大野勤之助大尉、葛西大尉、佐々木大尉など数名の大尉も顔を見せており、
私は、聯隊長と話し合ったことを、かいつまんで話した。
とくに国境守備の任にある われわれとしては、ソ連の動向を考慮して、
強固な結束のもと、盤石の構えを忘れてはならぬことを強調した。
私は 約三十分間話し合った後、週番指令としての仕事があるので、
将校集会所を出て週番指令室に帰った。
あとできくと、中少尉会解散後、数名のものが聯隊長官舎に押しかけて、
聯隊長といろいろ話し合ったそうであるが、私はその内容はついにきく機会がなかった。

大蔵栄一 著
最後の青年将校
二・二六事件への挽歌
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