あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

西田税ノ抱懐セル國家改造論 竝 其ノ改造實現ノ手段方法

2018年11月06日 05時53分25秒 | 暗黑裁判・二・二六事件裁判の研究、記錄


西田税


西田は、
「 被告人ノ抱懐セル國家改造論、竝其ノ改造實現ノ手段方法ニ就テ述ベヨ 」
という質問に対して、滔々とその抱負を述べる。

本調書は通常の調書の形式と違って、
表題付きの項目を立てた、むしろ論文に近いスタイルの特異な構成となっている。

表題
 一  私ノ抱懐スル理論及手段ノ要領
 二  改造理論ノ根本ニ就テノ一考察
 三  實現手段ノ根本ニ就テノ一考察
 四  實現時期ニ就テノ一考察
 五  改造實現ノ要領ニ就テ
 六  實現期ニ對スル判斷ニ就テ
 七  「 テロ 」 ニ就テノ一考察
 八  過渡期ニ於ケル行動ノ方針ニ就テ
 九  最近諸事件ニ表ハレタル改造運動ノ一大傾嚮ニ就テ
 十  最近ニ於ケル諸事件ト私ノ關係ニ就テ
十一 私ノ生活態度ノ一端ニ就テ

・・・以下、主要個所の抄録、
一  私ノ抱懐スル理論及手段ノ要領 

私ハ、北一輝著日本改造法案大綱ニ示サレタル
 理論對策 ト其ノ實現手段トニ共鳴シ、之ヲ基準トシテ居ルモノデアリマス。

二  改造理論ノ根本ニ就テノ一考察
  ・・・省略・・・

  實現手段ノ根本ニ就テノ一考察
私ハ、改造ハ全體生命ノ進化途上ニ於ケル躍動デアリ、本能的營ミデアルト申シ上ゲマシタ。
換言スレバ全體思想--社會思想--國家意思ノ發動デアリマス。
法案ハ、
此根本ニ依ツテ國家意思ノ發動トシテノ 『 クーデター 』 ヲ採用スル事ヲ宣明シ、
日本ノ改造ハ天皇ト全國民トノ合體ニ依ルモノニシテ、
國民ノミデハナイコト、
天皇ニ指揮セラルル全國民ノ運動ナリト云フコト、
日本ノ意思ハ全國民ノ輔佐セラルル天皇ニ依リテ發動スルモノナルコト
等ヲ明白ニ主張シ、解説シテ居ルノデアリマス。

四  實現時期ニ就テノ一考察
經濟生活ヲ營マザル人間ハ死者デアル如ク、
經濟ハ社會生活ノ全部デハアリマセヌガ、最モ重要ナル部分デアリマス。
改造或ハ亡國ヲ直接動因スルモノハ、實ニ此經濟力ノ破綻、從ツテ財政ノ破綻デアリマシテ、
之レ古今東西ノ興亡史ヲ一貫スル大事實デアリマス。
此國家財政ノ破綻、即經濟組織ノ老廢化ハ、其ノ原因多々アリマスガ、
結局ハ内憂外患ノ逐次深刻化スルニ從ヒ、國民負担力ノ衰弱化ト共ニ國家収入ハ減少化ヲ來シ、
然モ各種支出消費ハ激増スルト云フ事態ヲ招來スルニ依ルノデアリマス。
又此時期ハ國民朝野共ニ國難打開ヲ言動スル譯デアリマシテ、
茲ニ始メテ全體生命ノ躍動ガ起ル事ニナルノデアリマス。
ソシテ遂ニ政府ヲ中心トシテ、打開ノ講究ガ行ハレ始メル事ニナルノデアリマス。
實ハ此所迄ノ動キヲ見ナケレバ、今日ノ統一國家ニ於ケル極メテ複雑化シ、
且 微妙ニ動ク所ノ組織、特ニ其ノ骨幹タリ、動脉タル經濟財政ノ改造ニ着手スル事ハ、絶對不可能デアリマス。
即 組織ノ改造ハ組織自身ノ解體以外ニナイノデ、
此原則ニ於テ、國家改造ノ時期ハ其ノ財政經濟ノ破綻期ヲ以テ時期トスルノガ、
古今ノ大事實デアリマス。

五  改造實現ノ要領ニ就テ
世間ニハ、今次事件ハ宛モ私ノ方寸ニ出ヅル革命行動デアルト思ツテ居ル者モアルト思ヒマスガ、
不肖無智ナル私ト雖、未ダ其所迄迷ハズ、盲セズ、狂セザルモノデアリマシテ、
其ノ様ニ思フ世間ノ人ニ對シテ、妄斷スルヲ休メヨト申シタクナリマス。

六  實現期ニ對スル判斷ニ就テ
( 日本の現状分析の結果、国家財政はまだ維持、持続できる余地が相当あり、外患も退勢の傾向にあると判断した上で、)
之ヲ要スルニ、機縁尚致ラズ、未ダ熟セズト云フ狀勢ニ在ルノデアリマス。
即、先覺者の先憂期ヲ未ダ脱シテ居ラナイノデアリマス。
世上現前ヲ如何ニ施設スベキカノ究明論議ヨリモ、
人事ノ系統ナドガ主ナル論題デアルト云フ現狀デアリマス。
結局、未だ實現可能ノ天ノ時期ニ非ズト判斷シテ居リマス。

七  「 テロ 」 ニ就テノ一考察
國家ニ國防精神存シテ陸海軍ヲ常備シ、
時ニハ砲火ニ訴フル事アル限リ、
國家ガ刑罰ニ死刑ヲ採用スル限リ、
人類ノ 『 テロ 』 ハ止ムヲ得ザル現象デアリマス。
唯私ハ、我陸海軍ガ王帥デアリ、神武不殺ヲ理想トセル如ク、
個人ノ 『 テロ 』 ハ夫レ以上ニ愼ムベキデアルト信ジ、
孫子ノ曰ヘル 『 百年之ヲ用フベカラズ、一日モ備ナカルベカラズ 』 ヲ理想トスルモノデアリマス。
而シテ、『 テロ 』 ハ人類生活ニ於テ起ル現象デアツテ、
世上妄斷スル如ク所謂改造運動上ノ特異ナ現象デハアリマセヌ。
否、寧ロ改造運動ニハ、却テ有碍ノ結果ヲ齎もたらス事ガ多イノデアリマス。
私トシテハ、物心ツイテ以來實ハ腕力ニ訴ヘタ經驗ノナイ性質モアリマセウガ、
『 テロ 』 現象ハ否定シナイガ、
私自ラハ先ヅ採用セザル方針ヲ公私ともニトツテ居ルモノデアリマス。

九  最近諸事件ニ表ハレタル改造運動ノ一大傾嚮ニ就テ
所謂三月事件以來續發セル大小各事件ハ、何レモ大同小異ノ性質ノモノデアリマシテ、
近時國家改造運動ト云ヘバ宛モ悉ク斯ル事件ノ如キ方式行動ニ依ルベキモノデアリ、
又依ラザルベカラザルモノデアルカノ如ク宣傳セラレ、兎角ノ論爭ガ爲サレツツアルノデアリマスガ、
斯ル一大傾向ヲ齎ラシ來ツタ原因動機ハ、果シテ何所ニアリヤヲ探求究明セネバナラヌト思ヒマス。
( 三月事件、十月事件、血盟団事件、五 ・一五事件、神兵隊事件等を概観した上 )
右ノ各種事件ヲ通観致シマスト、
三月、十月ノ兩事件ガ
如何ニ其ノ後ノ各事件ヲ行動方針ノ上カラ誘導シ、暗示シ、啓蒙シ、模範ヲ示シテ居ルカガ判明致シマス。
殊ニ、三月事件ニ於テサウデアリマス。
帝都ノ大騒亂、軍人軍隊ノ私用、至尊ニ對シ奉リ改造ノ強要ヲ結果スルヤリ方、
爆弾 ・毒瓦斯等ノ民間交附等然リデ、
而モ陸軍上層部、中央部ノ軍人等ニ斯ル大破壊、大騒亂、大不敬ヲモ敢テ辭セズトスル者少ナカラズ居ルコト、
及 斯ノ如キ重大ナル陰謀行動ヲ爲シタル者ガ、何等ノ制裁ヲモ受クル事ナク、
寧ロ逆マニ壯語シ、横行シ、營進シツツアルト云フコトガ
如何ニ軍部及民間ノ改造主義者ヲ刺戟シタカハ、
想像ニ餘リアルモノデアリマシテ、
是非ヲ批判シツツ不知不識裡ニ實現形式ヲ
彼ノ如キモノデアルコトニ自ラ決定スルノ風潮ヲ、見ルニ至ツタノデアリマス。
個人ニ於テモ出發ガ大切デアル如ク、社會モ社會運動モ亦同様デアリマス。
一般改造主義者ハ固ヨリ、改造反對論者迄モ一様ニ、
此兩事件ノ形式ヲ以テ改造實現ノ典型的ナルモノデアルカノ如キ暗示ニ陥ツテ了ツテ居ルノミナラズ、
夫レ迄ハ殆ド此方面ニ無意識ニ近ク、無自覺ニ近カリシ陸軍部内、
殊ニ靑年將校階級ニ与ヘタ無韻ノ影響ハ極メテ深刻ナルモノガアツタト信ジマス。
( 中略 )
以上ノ諸點、此一大傾嚮ヲ生ジタ理由、動機ニ附テハ、
特ニ深甚ナル御留意ヲ御願ヒスル次第デアリマシテ、
今次事件ノ中心者等亦其ノ代表的ナモノデアリマス。

十  最近ニ於ケル諸事件ト私ノ關係ニ就テ
十月事件
當時對露對満問題デ友人ノ紹介ヲ受ケタ橋本大佐 ( 當時中佐 ) ト時々會見シテ居リマシタガ、
八月下旬ニ漠然タル抽象的ナ方針ヲ聞キ、考慮ヲ約シタ程度ニ於テ此事件ニ關係シテ居リマス。
前年ノ 『 ロンドン 』 條約問題紛糾當時ハ私ノ意見ニ從ツテクレ、
僅ニ海軍次官面詰ノ程度デ平靜自重シテ居タ海軍ノ藤井中尉ハ、
今度ハ肯ゼズ、井上日召ト共ニ益々硬化シ、自ラ大川周明ト會見シタリシテ居リマシタ。
私ハ橋本大佐 及 野田又男 ( 當時近歩三附中尉--三月事件參加 ) カラ海軍側參加ヲ依頼サレ、
當時歩三ニ轉任上京シタ菅波中尉等陸軍ノ將校ヨリモ依頼セラレ、
『 オブザーバー 』 デ聯絡係ト云フ様ナ變ナ立場ニ立チマシタ。
其ノ頃マダ明白デハアリマセヌガ、靑年將校群ヲ以テスル重臣襲撃位ニ聞イテ居リマシタ。
柳條溝事件勃發シ、
皇軍既ニ南北満洲ヲ轉戰シ、前途如何ニ爲リ行クカ判ラナイ時、
軍部ハ重臣其ノ他ノ勢力カラ異常ナ壓迫ヲ受ケ、
満洲事變ハ軍侵略主義ノ陰謀ナリト云フ様ナ空氣ガ見ヘタ時、
一面私ハ満洲事變ハ改造ノ前奏曲ナリト信ジマシタノデ、勃然義憤ヲ發シ、
從來迷惑気味デアツタ十月事件ニモ、内容ニ依ツテハ人肌抜ク決心ニナツタノデアリマス。
然ル処、其ノ後近歩二田中大隊、近歩三野田中隊、近歩四森中中隊等ガ立ツト云フコト、
聯隊旗ヲ持出シテ二重橋前ニ集ルトカ、陸軍省 ・參謀本部 ・警視廳等ヲ占領スルトカ、
皇軍相撃タザル如ク中間ニ幕僚ガ立ツテ盡力スルトカ、大川周明ガ詔勅案文ヲ起草シテ居ルトカ、
殺人勲章ヲヤルトカ、誰が大臣ダ、誰ガ戒嚴司令官ダトカ、少將以上ハ塵殺シニスルトカ、
實彈ハ豊橋ノ佐々木大佐ガ持參スルトカ云フコトガ耳ニ入リ、
私ハ事ノ意外ニ驚キ、橋本ニ對シ随分反對忠言シ、又陸軍靑年將校側モ變ナ空氣ヲ生ジ、
結局十月十六日午後私ハ橋本中佐ト會見シ、
計畫内容ガ一切不明デアルカラ若イ人ニ依頼サレテ一度内覧シタイト申述ベ、
十七、十八日ノ両日ハ休日ノ事トテ十九日午後ヲ約シテ別レマシタガ、
其ノ夕刻カラ彈壓ガ始マリ、一切其ノ儘ニナツタノデアリマス。
私ハ此ノ事件ニ依リ熟々考慮反省シタモノデアリマシテ、
其ノ後虚實取交ゼ私ニ種々ナル中傷壓迫ガ集リマシタガ、
之等ノ悉クニ對シ其ノ眞相ヲ明カニスレバ私ノ態度モ自ラ明カトナリマスカラ、
千萬人ト雖モ我行カンノ固イ決心ヲ持ツテ臨マントシマシタガ、
一率ニ一切ヲ噛ミ殺シテ雲霧完全ニ消散シテ、
明カニ自覺シタ 『 一乗道 』 ニ黙々トシテ這入ツタノデアリマス。
五 ・一五事件
井上蔵相遭難後海軍ノ古賀中尉ガ來訪シ、
『 黙ツテ居レヌカラ第二ノ犠牲ニナリタイ。尤モ、アナタガ同意シテ下サラナケレバ考ヘ直シマスガ 』
ト云フ趣旨ノ事を申シマシタノデ、私ハ反對シ再考ヲ促シテ置キマシタ。
三月下旬約三週間餘ノ檢束ヲ解カレテ歸宅シマスト、
海軍將校ト士官候補生トガ怪シイト云フ事デ、或先輩カラ注意ヲ受ケ、且大蔵大尉モ心配シテ居リマシタ。
大蔵ガ憂慮ノ餘 古賀ヲ説得ノ爲訪問スルニ際シ、私ハ會ヒタイ事ヲ傳言シテ置キマシタ処、
四月上旬ノ或休日ニ古賀中尉ハ上京來訪シマシタ。
同中尉ハ、關東、東北各地ノ農民モ動クト話シ、決行スル旨ヲ語リ、私ニ同意ヲ求メマシタガ、
私ハ絶對反對ナル旨ヲ述ベテ反省ヲ求メ、結局改メテ聯絡スル事ヲ約シテ別レマシタガ、
遂ニ消息ナク五月十五日ニ至リ、行動ヲ阻碍スルモノトシテ私ハ川崎長光ニ襲ハレタノデアリマス。
尤モ、其ノ當時何故私ヲ襲フニ至ツタノカ、其ノ理由ハ不明デアリマシタガ、
果然其ノ背後ニ三月事件 ・十月事件ノ首脳ノ一人大川周明アリ、本間、頭山等アリ、
次ノ神兵隊トモ一脈相通ジテ居ル事ガ判ツタノデアリマス。
・・・五 ・一五事件 ・ 西田税 撃たれる

十一 私ノ生活態度ノ一端ニ就テ

私ノ同志ニハ、『 テロ 』 反對主義ニ立ツ狭心社同志諸君ノ如キモアリ、
大體ニ於テ五 ・一五事件迄ハ、
中央政界ニ於ケル高等政策的政治運動ヲ主トシテ爲シ來ツタモノデアリマスガ、
五 ・一五事件以後ハ在家信者運動ニ眞劍ニナリマシテ、
今ヤ農村 ・都市、中央 ・地方ヲ通シテ、
或ハ郷軍關係トシテ、或ハ農民運動、勞働運動、大衆團體運動トシテ關係致シマシテ、
徐々ニ且孜々トシテ進ンデ來タモノデアリマス。
何レモ命令服從關係デナイ事ハ、既ニ申上ゲタ通リデアリマス。
無組織ノ組織トモ申シテ居リマシタ。
軍人方面デハ、時々急進過激ナ事ヲ持歩ク人モアツテ、幾分ザハツイテ居リマシタ。
村中等モ苦心シ、
時々私ニ對シマシテ 『 命令的ニ統制シテハ如何デアラウカ 』 ト云フ様ナ、
相談的ナ依頼的ナ事ヲ申込マレタ事モ二、三度ハアツタト思ヒマスガ、
私ハ方針トシテモ斯ル処置ハ反對デアリマスノデ拒否シマシタガ、
此ノ場合ハ懇談理解ノ方法デ平靜ニ歸スルコトヲ得テ居ツタノデアリマス。
齋藤内閣總辭職當時と思ヒマス。
栗原中尉等ガ、戰車隊ヲ中心トシテ不穏ノ形勢ニ在リ、村中、磯部等モ多少之ニ引ズラレテ居タラシク、
大蔵大尉ハ之ニ反對シ私ニ打明ケマシタノデ、同感デアツタ私ハ、
明白ニ記憶致シマセヌガ栗原等ノ有志三、四名ト會見シテ、
『 世ヲ騒ガセ、自ラヲ亡ボス結果ヲ見ル計リノ過誤デアリ、必ズ失敗ニ歸スルノデアルガ、
 覺悟シテヤルナラバ制止スル筋合デハナイガ、何ヲ騒ギ立テルノカ。
御互ヒデソンナ騒ギヲスル間ニ、將校團一體運動デモヤツテハ何ウカ 』
ト云フ趣旨ノ事ヲ申シ、結局事無キヲ得タ事モアリマシタ。
然ラバ、實現期ニハ如何ニ行動スルカト申シマスト、
既ニ申上ゲマシタ様ナ事態ニ於テ國家ノ生命 及 制度組織ノ根本ニ觸レル重大ナル國策問題、
特ニ財政經濟關係ニ附 政府纏ラズ、國論亦動クノ時アリトセバ、或ハ斷乎自ラ挺身スルカモ知レマセヌ。
喩ヘテ鳥羽伏見ノ一戰ト私ガ申シマスノハ、此事デアリマス。
唯祈ル所ハ、順調ニ進ンデ大權権ノ發動トナルコトデ、
此國家的進軍ニ臣下ノ一兵士トシテ從軍スル事デアリマス。
夫レ迄ハ啓蒙デアリマス。

・・・昭和11年6月2日付第二回被告人訊問調書
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被告人ノ抱懐セル國家改造理論竝其ノ實現ノ手段、方法ニ就テ述ベヨ
公訴狀ニハ、
私ガ今回ノ事件ノ主動者トシテ行動シ、蹶起部隊ヲ指導シタカノ様ニ書カレテアツタノデアリマス。
昨日モ鳥渡申上ゲマシタガ、
今回ノ事件ノ人達ガ日本改造法案大綱ヲ基調トシ、
之ヲ實現セムガ爲ニ蹶起シタカ何ウカハ私ノ知ル所デハアリマセヌ。
彼等トノ平生ノ關係及事件中或程度ノ接触ヲ保ツタ故ヲ以テ左様ニ考ヘラレルト云フ事ハ、
事實ノ眞相ヲ誤ル虞レガ多分ニアルト存ジマス。
私ノ至ラヌ所モアリ、不徳ノ致ス所デモアリマセウガ、
世間ノ噂、デマニ根拠ヲ置イタ観察ハ迷惑デアリマス。
( 中略 )
私ハ北ノ日本改造法案大綱ヲ
十六、七年信ジ、考ヘテ、之ニ基イテ研究シ、解釋シ、行動シテ來タモノデアリマス。
改造法案ナル書物ハ一般ニ廣ク出シテ居ル譯デモナク、從ツテ一般ニ讀マレタ書物デハアリマセヌ。
改造法案ニハ、
日本ノ改造ハ天皇ト全國民トノ合體ニ依ツテ成リ、
然モ天皇大權ノ發動ニ依ツテ改造ハ進行サレ、
之ヲ全國民ガ輔佐シ奉ルモノニシテ、
決シテ國民ノミニ依ツテ改造スルモノデナイコト
及天皇ノ改造實行ニ對スル輔佐ハ、在郷軍人ナルコトヲ明記シテアルノデアリマス。
現役軍人ヲ以テ國内ノ改造ニ使用スルト云フ事ハ、
ロシア、ドイツノ如キ國柄ナラバイザ知ラズ、日本デハ絶對ニ罷リナラヌ所デ、
外國ヨリノ侵略 及 國内ニ於ケル改造妨碍者ノ警備ニ任ズベキモノナルコトヲ特筆大書シテアリマス。
要スルニ日本ノ改造ハ、
天皇ヲ中心指揮者シ仰ギ奉リ、國民ハ各其ノ立場立場ニ依ツテ動クノガ改造法案ノ趣旨デアリマス。
又戒嚴令ヲ布ク事ハ、説明ニモアル通リ、
天皇ノ改造方針、改造斷行ニ對シ邪魔スル者ガアレバ、
之ヲ排撃スル様ナ必要ノアル場合ニ布クノデアツテ、
帝都ヲ擾乱シ、以テ戒嚴令ニ導クガ如キハ絶對ニ反對デアリマス。
次ニ、國家ノ大勢ヲ改造ニ導ク爲ニハ如何ニスレバ宜イカ、ト云フ準備行動ノ問題ガアリマス。
改造ノ實現方法ト其ノ準備行動トハ自ラ違フノデアリマシテ、準備行動トハ國民ノ自治國民運動デアリマス。
改造法案ニハ、
擧國一人ノ非議ナキ國論ヲ定メ、全日本國民ノ大同團結ヲ以テ終ニ天皇大權ノ發動ヲ奏請シ、
天皇ヲ奉ジテ速ニ國家改造ノ根基ヲ完フセザルベカラズト記サレテアリマス。
一人ノ非議ナキニ至ル事ハ理想境ナルモ、之ニ近イ所迄行カナケレバ改造ハ出來マセヌ。
一人デモ多ク理解スルニハ、夫レダケ改造ガ容易ニ出來ル譯デアリマス。
國民ニハ各職能アリ、軍人ハ軍人、學生ハ學生、官吏ハ官吏、勞働者ハ勞働者ト云フ風ニ、
各其ノ立場ニ於テ自覺シ行動スルノデアリマス。
軍隊ダケガ蹶起シテ改造ヲ斷行シヤウト考ヘルノハ、誤ツテ居リマス。
私ハ軍隊ダケデヤルトカ、軍隊本位デヤルトカ考ヘマセヌ。
改造運動ハ國民ノ間ノ凡ユル立場ニ起ツテ、始メテ改造ガ出來ルノデアリマス。
國民生活ノ困苦、内憂外患等ヨリ、國民ノ間ニ改造シナケレバナラヌトノ氣運ガ醸成サレテ來ナケレバナラヌノデ、
此氣運ト國民ノ改造運動トガ御互ニ凭もたレ合ツテ、改造運動ハ逐次進展スルノデアリマス。
言ヒ換へマスト、改造運動ハ新陳代謝運動デアル。
有機體トシテノ新陳代謝ガ内部ヨリ起ルノガ、即チ改造デアリマス。
芽ガ出ナイノニ葉ガ落チタノデハ、自然ノ理屈ニ合ハナイ。
此様ナ國家ハ滅亡スルノデアリマス。
葉ガ落チル時々ハ、既ニ次ノ芽ガ出ル様ニナツテ居ナケレバナリマセヌ。
端的ニ申シマスト、經濟組織ト内部崩壊デアリマス。
經濟組織ガ未ダ活力ヲ以テ國家社會ヲ賄まかなツテ居ル間ハ、改造ハ出來マセヌ。
内憂外患ガ起リ、現在ノ經濟組織デハ之ヲ救フニ不適當デアルト云フ事ガ國民ノ間ニ理解サレ、
之ヲ如何ニスベキカノ根本方針ガ定マリ、已ムヲ得ザル時期ニ到來シタ改造運動ハ、改造時期ヲ促進シマス。
即チ、芽ヲ出ス準備ガ十分出來テカラナラバ、葉ハ落チテモ宜イノデアリマス。
( 中略 )
北ガ時ノ内憂外患ヲ憂ヘテ日本改造法案大綱ヲ書イテカラ、最早十七、八年ヲ經過シマシタガ、
國民ガ此内憂外患ヲ自覺スル様ニナルト改造運動ハ促進サレル譯デ、
先ヅ其ノ態勢ヲ整ヘル必要ガアルノデ、無理ヲシテハ決シテ改造ハ出來マセヌ。
而シテ我國民ニ對スル改造ニ附テノ啓蒙運動ハ、改造法案ノ建設論ガ主デアリ、
又此建設論ノ大眼目ハ私有財産ノ限度制デアリマス。
現在ノ資本主義經濟機構ニ對スル議論ハ相當喧マシク叫バレル様ニナリマシタガ、
之ニ代ルニ如何ナル經濟組織ヲ持ツベキカ、
即チ其ノ建設方法ニ於テハ、五里霧中ニ迷ツテ居ル様デアリマスガ、
改造運動ガ塾シテ來レバ朝野共ニ研究シ、議論ガ行ハレル筈デアリマス。
五里霧中ニ迷フ様デハ、未ダ改造ノ時期ニ達シテ居リマセヌ。
ダカラ、此建設原理ヲ國民ノ間ニ成ルベク廣ク理解サセタイノガ、私ノ使命デアリマス。
みだりニ人ヲ殺ス爲ニ、人ト交ツテ來タノデハアリマセヌ。
人ガ蹶起セムトスルヲ抑止シテ來タ次第ハ、昨日申上ゲタ通リデアリマス。
私ハ、斯ル根本方針ニ立ツテ改造法案ヲ信ジ、之ヲ實行ニ移シテ來マシタ。
世間周囲ヨリ有形無形ノ干渉、壓迫ガ甚シクナレバナル程、自分ノ信念ヲ大事ニ育テ、
國家ノ上ニ花ヲ咲カセタイト云フ氣持デ國民運動ニ力ヲ入レテ居ツタ際、今回ノ事件ガ勃發シタノデアリマス。
私ハ、今回ノ事件ニ幾多ノ關係ヲ持チマシタガ、或種ノ型ニ嵌メタ様ナ關係デ動イタノデハアリマセヌ。
二、三年前ヨリ苦勞艱難シツツ、勞働運動ト在郷軍人ノ關係ニ於テ國民運動ヲ進メテ來テ居ルノデ、
不肖ナガラ靑年將校ノ十人ヤ二十人ヲ當テニシテ改造運動ヲヤラウナドトノ無茶ナ事ハ考ヘテ居リマセヌ。
今回ノ様ナ事件ガ起ルノハ時代ノ現象トシテ認メザルヲ得ナイ事デ、
仮ニ青年將校等ガ改造法案實現ノ爲ニ蹶起シタトシテモ、
事件其ノモノト如何ナル關係ガアルカ距離ノアル事デアリ、
今回ノ事件ヲ眺メテ、
私共ノ改造方針ハ其ノ様ニヤルニ在ルノダト考ヘルノハ間違ツテ居リマス。
( 中略 )
現下ノ國内一般ノ大勢ヲ洞察サレテ今回ノ事件ヲ観テ頂ケバ、
彼等ハ決シテ日本改造法案ノ實行ヲ目指シテ蹶起シタノデハナイ事ガ判明スルト思ヒマス。

被告人ハ、
被告人ノ改造法案ニ對スル解釈竝実行ニ附テノ考方ナドニ附、
被告人ニ接スル者ニ對シテ説明シタ事ガアルカ

特ニ人ヲ集メテ話シタ事ハアリマセヌガ、個人個人ニハ機會アル毎ニ説聽カセテ居リマシタ。

今回ノ事件ニ蹶起シタル靑年將校等ニ對シテハ如何
今回ノ事件ノ中心人物、
即チ村中、磯部、安藤、香田、栗原等ニ對シテハ數年來ヨク話シテアリ、
栗原ノ如キ過激性ノ者ニハ特ニヨク話シテ遣リマシタ。
斯様ニ論シテ來タカラコソ、私ノ考ガ彼等ニヨク判ツテ居ルノデ、
今度モ私ニ抑止セラレ、又ハ抑止セラレル事ヲ思ツテ勝手ニ計劃ヲ進メ、
勝手ニ蹶起シタノデアリマス。

被告人ノ改造意見ガ果シテ村中、磯部其ノ他ノ者ニ判ツテ居タトスレバ、
今回ノ如キ行動ニハ出ラレナカツタダラウト思ハレルガ如何
彼等ハ、私ノ考ハヨク判ツテ居タガ、肯入レラレナカツタノデハナイカト思ヒマス。
私ヨリ話ヲ聽ケバ成程サウダト判ツテ居テモ、
他所デ別ナ事ヲ耳ニスルト又考ガ變ルト云フ風デアツタノデハナイカト思ヒマス。
即チ、彼等トシテハ理屈ハ西田ノ言フ通リダガ、
自分達ニハ實踐ハ出來ナイト云フ氣持デ、
今度デモ私達ニハ敬遠主義ヲ採ツタノデハナイカト思ヒマス。

被告人ノ言フ所ハ、
実践ノ伴ヒ得ナイ理屈、換言スレバ直接行動ニ陥リ易イ理屈デハナイカ

或ハリクツ通リニハ行カヌカモ知レマセヌ。
又理屈ハ一ツデモ、實踐ト云フ事ニナルト各人ノ性格ニ依ルト思ヒマス。
・・・第二回公判 ( 昭和11年10月2日 )