思想史家の渡辺京二さんが逝ってしまいました。名著『逝きし世の面影』で、外国人の目を通し江戸期の日本人の心優しさや風景の美しさを伝えます。終始幸せな気分が続く稀有な本です。「日本には貧乏人は存在するが貧困は存在しない」という評価に何と心が癒されたものでしょう。しかし近代化でこうした日本人の優しさが全て消えてしまったかといえばそうではありません。私がNY市役所に駐在していた時の、こんなエピソードを一つ。
1990年のある日、市長室の担当者が白い封筒を持って私の部屋に来ました。「Mrシマヅ、こんな手紙が届けられたが日本語なので分からない。なんて書いてあるのか」。「ニューヨーク市長さま」と宛名が封筒に大きく書かれた手紙は、読み通してみるとこんな内容がしたためられていました。
私ども夫妻は、楽しみにしていたニューヨークに初めて来ました。しかし緊張していたものの荷物をなくしてしまいました。パスポートも失い絶望していたところ、翌日ホテルにその鞄が届けられたのです。鬼が住むと言われたこの街でこんなこともあるのだと、夫婦で涙して喜びました。そしてこのニューヨークの親切な人への感謝をどう表わしたらよいかと話し合い、ニューヨーク市長さまにお礼の手紙をしたためました。本当にありがとうございました。
内容を知った担当者は、日本人は何て丁寧なんだと驚き、これは市の広報誌に載せようと鼻歌で帰って行きました。そうなのです、「逝きし世の面影」はまだまだ日本人の心に残っているのです。
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