嶋津隆文オフィシャルブログ

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憧れの宇和島城、登城のしんどいことしんどいこと

2016年01月21日 | Weblog

【宇和島城】

この数日は四国に出張です。主は土佐の牧野富太郎記念館へ、植物画家の太田洋愛についてのヒアリングです。しかし全国的なあの大雪。南国土佐も例外ではなく、あせり続けた行程でした。にも拘らず二日目も佐川町へ向かい、牧野富太郎の生家をしっかり訪問したのです。

思いのほか調査研究の収穫の多く、気持ちが大きくなったこともあり、最終日の昨日は宇和島に足を運びました。伊達家の威光と高野長英の隠れ家を目の当たりにしたいとも思ったからです。

いやいや松平春嶽らとともに幕末の四賢侯の一人とされる伊達宗城もさることながら、宇和島伊達家の、仙台伊達家との本家争いを巡る400年来の相克など、歴史の醍醐味をいっぱい堪能しようと考えたのです。

あいにくの大雪です。しかし宇和島の趣のある城下町の風情にそそのかされて、意を決し早朝に天守閣を目指しました。昨年巡った備中の松山城、津山城、天空の城(朝来の竹田城)のなどとの横並び意識もありました。

しかし積もった雪のせいか、一年たった加齢のせいか、宇和島天守の高いこと高いこと。20分もかからなかったものの、つくづく往時の登城のしんどさを思い知らされたものでした。

江戸時代、侍は週3日の勤務といわれ、かつまた天守まで集まる機会はほとんどなかったと言われます。老若問わず幾段もの階段を登り下りするのは大変です。天守閣の稼働率はどんなものか。後で博物館でじっくり調べてやろう。そう愚痴っぽく呟きながら宇和島城を後にしたものです


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