多和田葉子さん、『飛魂』

 やっと読むことが出来た。『飛魂』の感想を少しばかり。

 “もしも煙をたいて虎を消そうとするならば、虎は消え、身体中の皮膚から冷ややかなサヤマチ草の芽が無数に伸び出て、この世の中からは音がなくなるだろう。煙をたかなければ、虎は毎日来るようになる。” 8頁

 素晴らしい読み応えだった。凄い、なんて凄い…と、幾度となく胸がふるえる。圧倒され立ち竦みそうになる傍から、しだく勢いで連なった言葉の力に、どっ、どっ…と押し出される按配で、のめり込んで耽溺した。特異な設定の妙味も相俟って、面白いように翻弄されるのも快感だった。
 物語の舞台は、いつの何処とも知れず。語り手でもある主人公の梨水は、書の師亀鏡が名を響かせる寄宿学校へと向かう。寄宿学校のある場所は、数百年前には、やはり亀鏡という名の虎使いの女が住んでいたという。そこで入門を許された子妹たちは、外界から隔絶され、ただ“虎の道”を究めるための日々を送る。
 全360巻の“虎の道”の原典の内容など、詳らかにされないことが多いままに、不思議な物語は語られていく。梨水をはじめ、煙花、紅石、指姫、朝鈴、粧娘、桃灰…と、子妹たちの名前は読みも定められないが、目に快い。随所に置かれた様々な造語の奥行きにも、心魅かれた。

  絡んでは解れる言葉の連なりがいつしか渦を成し、のぞき込むとくらくらする。亀鏡を取り囲む子妹たちも、女虎使いを中心にしてぐるぐる回り続けるうちに、次第にバターのように溶け合っていく。一人異質な梨水だけが、それをうち眺めているのだが…。それもまた見事な展開だった。
 他4篇は再読。よい機会になった。
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