マリオン・ジマー・ブラッドリ、『牡鹿王』『円卓の騎士』

 訳もなく泣きたい気分…。
 至福の本読みでしたもの。しかも、念願の再会ですもの!

 古びてすっかり硬くなってしまった種のような記憶が、新しい水分を得てぐんぐんほころびていくように、遠い時間を越えて解けていく感じが堪らなく快感でもありました。そう言えばこうだった…!とか、時々記憶違いもあったりしてね。いや、それにしても面白かった。極上の物語でした。

 『アヴァロンの霧』、マリオン・ジマー・ブラッドリーを読みました。
 こちらは第三巻の、『牡鹿王』。
 アーサー王とグウェンかな?
 
 そしてこちら、最終巻の『円卓の騎士』。
 
〔 ヴィヴィアンはまた身をかがめて、眠っているモーゲンを抱き上げて愛撫した。「この子は幼いし、わたしもまだ賢女にはなっていないわ。でも、あなたとわたしとこの子は女神の三つの顔よ。わたしたちが三人そろって女神となるの。女神はわたしたちの中におわすのよ」 〕 『異教の女王』61頁

 もともとアーサー王物語はさまざまな説話などからなる壮大な伝説で、一貫したストーリーはないそうです。でも、聖杯伝説や騎士物語とも結びつき、ヨーロッパではとても親しまれている物語でした。例えば有名なエピソードの一つとして「トリスタンとイズー」の悲恋物語も、取り込まれていたりします。
 ちょっと話は逸れますが、絵画の題材として扱われることも多く、私は特にラファエル前派のエドワード・バーン=ジョーンズ が描いた、「欺かれるマーリン」なんてとても好きです。ヴィヴィアンを見つめるマーリンの、やるせない眼つきが堪りません。憔悴してるのかも知れませんが…。

 さて、ではこの『アヴァロンの霧』の魅力と言えば、モーガン・ル・フェイ(モーゲン)の視点から語られていることと、そのモーゲンを始めとして、登場人物たちの緻密な心理描写がされていることでしょうか。 
 何しろモーゲンは、“透視の力と男女の心の中を読み取る能力を生まれながらにして持って”いるので、まだ自分が幼かった頃の事やら、実際に自分の目で見たわけではないことまでも語ってしまう…という離れ業をするのであります。ううむ、流石はファンタジーじゃのう。

 騎士と剣の物語があえて女性の視点から語られていることで、冒険や戦の為に外へ外へと飛び出していく男たちの野望に隠れてしまいそうな、女たちの葛藤や悩み、愛に迷う姿が生き生きと伝わってきます。運命に流されているようで決してそれだけではない、しなやかにたわむ彼女たちの強さにも、胸を打たれます。
 そしてそこに、古い女神信仰とキリスト教の対立が絡んでくるところが、この作品の企みの深さです。 ちょうどこの時代、土着のドルイド教が退けられ、またある部分はキリスト教に呑み込まれていったいったようですが、その対立の真っただ中にあるのがこの作品の世界であり、アーサー王の宮廷なのです。

 アーサー王の宮廷へのキリスト教を影響を、どんどん色濃くしていく張本人が、王妃グウェンフウィファルです。 それに対してモーゲンは、アヴァロンで修業を積んだドルイド教の巫女。 
 グウェンフウィファルは、あまり聡明ではない狂信者のような面を持ちつつ、アーサーの親友ランスロットを深く愛してしまうという女性です。グウェンフウィファルはとても信心深いので、常に不義の罪の意識に苛まれ、アーサー王とランスロットへの愛に、心を二つに裂かれるような苦悩を負います。けれども皮肉なことに、グウェンフウィファルが野蛮な邪教として忌み嫌うアヴァロンの法に従えば、グウェンフウィファルのしていることは、何ら罪にはならないのです。何故ならば、ドルイド教の女神は、“好きな男を選ぶ権利をすべての女に与え”ているからです(この皮肉がまた、ピリッと効いているのですよ)。
 特にこのころのキリスト教が、女であることの原罪を強く説き、女性を抑圧するものであったのに比べて、女神信仰による大らかなドルイド教は、大地との一体化を重んじる女性原理が強い。…このあまりにもかけ離れている宗教同士の相克が、ぞくぞくするような面白さで描かれています。

 あと、モーゲンは本当は糸紡ぎが得意なのに恍惚状態になるのを嫌ってあまりしないのですが、糸紡ぎと魔法って切っても切り離せないんだな~と思って、印象的でした。生活に根ざした女の仕事が、どうして魔法と結びついたんだろう…? そういう細部にまで関心を持てる、読み応えのある作品でした。

 結局物語の最後には、アーサー王が一時の平和をもたらしたブリテンは、再び麻のように乱れる時代へと戻ってしまいます。それでも、それぞれの登場人物たちに心の平穏が訪れたのかな…と思えるラストは、胸がいっぱいになりました。

コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
これっ! (きし)
2008-01-12 23:34:46
面白いのだそうですねぇ。私は全然知らずにいたのですが。
古本屋さんで見つけたら、くらいの気持ちでいましたが、「ぞくぞく」するほど面白いのであれば、本腰を入れねば…。
 
 
 
絶対! (むぎこ)
2008-01-16 07:38:15
面白い、絶対面白いですよね!!!
一番大好きの本の一つです!

横レス・・・すいません
きしさま是非!
 
 
 
>きしさん (りなっこ)
2008-01-16 07:59:08
面白いですよ!
私はこの作品で、ファンタジーの印象も変わったりしましたねぇ…。古い話ですが。
私もブックオフなので、案外古本屋さんで出会えるかもしれませんよ。
 
 
 
>むぎこさん (りなっこ)
2008-01-16 08:01:03
ね! ですよね!! 
ふふふ、知る人ぞ知る…。
私は今度こそ、手放しません!
 
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