レオ・ペルッツ、『夜毎に石の橋の下で』

 『夜毎に石の橋の下で』の感想を少しばかり。

 “それにしても何てすばらしい夢だったのだろう。” 107頁

 素晴らしく、すこぶる好みな作品だった。古のプラハという街全体が、儚くも美しい幻想という紗にすっぽり蔽われている様に、うとりうとり…。石橋の下、甘やかに薔薇の香る夜の空気を吸うような心持ちで、耽溺した。優しい詛(のろい)、ローズマリーの可憐さ、天使たちの軋轢、占星術、ルドルフ2世の憂愁、文無しで亡くなる大富豪の存在、恋しい面影、そして復讐も。すべてが見事に綾に結ぼれ合い、目の前で夢みたく閉じてしまったのがさびしいほどだ。

 1589年秋、帝都プラハのユダヤ人街では、子供たちばかりがペストに斃れていた…と始まるこの物語の仕組みは、一話ごとに味わいの変わる連作短篇集であり、また枠物語でもある。さらに、神聖ローマ皇帝の他にも歴史上の人物たちが描き込まれていることもあって、色んな角度から楽しめる。
 一話目の冒頭に登場する二人の芸人(熊のコッペルと阿呆のイェケレ)が、夜更けに墓地に向かいそこに見たのは、宙を輝き漂う亡くなった子供たちの姿だった。驚いた彼らは、高徳のラビを訪ねる…。ユダヤ人街からペストが姿を消すまでの、知られざる顛末にふれる「ユダヤ人街のペスト禍」から、幾つもの話の間で時間の流れは行きつ戻りつし、妖しく翳るプラハの街をたゆたうのだ。一話だけに姿を現す登場人物たちも多彩で、それも魅力だった。
 たとえば、不運なこと極まりないユダヤ人ベルルが首をくくられることになるが、道連れにされる二匹の犬を服従させようとして術をかけ誤る「犬の会話」。宴での恋の鞘当てから決闘へ、決闘後の命乞いから奇妙な行進へ…と意外な展開をする「サラバンド」など、一見ばらばらな話の一つ一つがとても面白い。そして実のところ、企みが深い。

 無能な統治者ルドルフ2世、ユダヤ人の豪商とその麗しい妻、そして高徳のラビの数奇な繋がりに幾度か目眩がした。つまるところ愛ゆえに、愛に煩う物語だったのか…と、その狂おしさに胸が締めつけられる。愛おしく、溜め息をこぼしつ。

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