アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ、『余白の街』

 マンディアルグ、短篇集を3冊読んだのでお次は長篇。『余白の街』の感想を少しばかり。

 “まるで自分が全能になったみたいだ、なぜならこの恵まれた束の間の猶予期間のあいだは彼にとって何ものも意義を持たないからだ。” 49頁

 終始、物憂い読み心地。そして内容もとてもかったるいのだが、どうしてどうして嫌いになれようか…ここにうずくまる悲哀の色を。と、そんな気持ちで読んでいた。ひたひたと、滲んでくる。

 男に残された余白の日々。残滓の猶予期間。つまるところそれは、薄れゆく幻にしがみつき続ける為の、そのためだけの儚い遊戯の日々でもあった…。
 甘い腐臭に惹かれるがまま、最愛の妻を欺いてバルセロナの淫売街へとやってきたシジスモンは、その旅先で妻の死を知らせる手紙を受けとる。その時から、唐突過ぎて残酷な死に直面することを拒んだ彼は、手紙を読み通すことなく全てを保留にし、自ら“透明な泡”に閉じこもる。そして淫蕩な街の通りから通りへと、男を収めた“泡”は転がっていく。かけがえのないものを失った男は、何事も起こらず何も変わっていないかのように振る舞おうとするが、所詮己自身を騙し通すことなどままならず、故にどこまでも死を引き連れてさ迷い歩くのだった――。

 毒々しい女の性が溢れかえり、安値で売り買いされる街。彷徨の中シジスモンは、妻のセルジーヌを思い出させる娼婦フア二ータを見付けるが、偽りの逢い引きは幻を抱くような虚しい戯れに終わる。愛しい女を思って徐々に募っていく喪失の痛みと、どこまでもつきまとう嫌悪する父親の不気味な影に、弱らされていく“泡”の結界…。
 絶望することに抗うシジスモンの孤独と、バルセロナの青空の下でかき消されてはあらわれる古い夢の空間の、哀しい美しさが忘れがたい。あわあわと幽く、光に解けてしまった。

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