デイヴィッド・ベニオフ、『卵をめぐる祖父の戦争』

 やはり卵が大好きだからだろうか(そ、それだけでは…)、面白そうなタイトルに惹かれて読んだ一冊。実は初ポケミス。『卵をめぐる祖父の戦争』の感想を少しばかり。

 もの静かで痩せていて料理とチェスが得意な祖父は、18歳になるまえの大戦中に二人のドイツ人を殺している? 物書きのデイヴィッドが聞きだした、祖父の戦争とは一体どんなものだったのか…。
 ナチスドイツとの包囲戦を強いられたロシアはレニングラードでは、美味しそうな卵料理なんぞ人々の妄想の中にすら出てきようもないほどの凄まじい飢餓状態に置かれていた。…のに、1ダースの卵を何としても調達せねばならない苦境に陥ったかつての17歳の祖父は、にわか仕込みの相棒コーリャと共に悪戦苦闘を繰り広げる羽目に。それはもう文字通り、転げまわるほどに。日が昇れば日曜のその土曜日、言い渡された期限は木曜日だったのだ。

 少年だった祖父が祖母に出会い、親友が出来たというその1週間。ドイツ人を殺めたその1週間。それは、たとえ悲惨な戦争中だったとしても、たとえ骨と皮ばかりにやせ細ってしまった主人公だったとしても、あいつぐ冒険と友情と恋をもたらしたという点で何と濃密な一週間だろうか。今目の前にいる相手が次の瞬間にも死ぬかもしれない、それとも先に自分が死ぬのかもしれない…と、常にお互いの命が危険にさらされているという状況の中では、友情も恋もどんな感情も、何だか眩しいくらいに切迫していて、読んでいて時折ハッと胸を突かれるのだった。
 戦争を題材にしてその凄惨さをきっちりと描き出していて、それでもこんなに痛快!な読み応えというのが、とてもいいと思った。小説として、素敵なことだと思った。愉快で痛快な読み応えについてはそこはやはり、美男で口達者で勇敢で下ネタ好きなコーリャの魅力に負うところも大きいと思う。あんな逆境において、誰もがコーリャのようでいるなんて絶対に無理!なことだけれど、彼のような人が一人でも近くにいてくれたなら、どんなに心強いことだろう…とも思う(下品で助平でたらしだけど)。
 もの静かなレフとそんな青年兵コーリャが短い間に名コンビとなり、じゃれてまとわりつくような下ネタ満載のコーリャの饒舌ぶりを、「はいはいはい…」とレフが聞き流すような会話は本当に可笑しくて微笑ましかったりもしたし、そうやって少しずつ彼らが深く知りあっていく様子から、きゅんとして目が離せなかった。人を惹きつける天性の魅力を持つ陽気なコーリャと、口が重くて思索的で弱気にも見えるレフだけれど、例えば文学への志向が二人の距離を縮めていく。その辺りの会話もよかった。
 あと、若かりし日の祖母の登場を心待ちにしながら読んでいたら、想像もつかなかった姿で登場したので、吃驚するやら見惚れるやら。とても素敵な格好良い女性なのだもの。

 ほろり…として、最後には胸が温かくなる物語だった。
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