ジュリアン・バーンズ、『終わりの感覚』

 『終わりの感覚』の感想を少しばかり。

 “人生が長引くにつれ、私が語る「人生」に難癖をつける人は周囲に減り、「人生」が実は人生でなく、単に人生についての私の物語にすぎないことが忘れられていく。” 117頁
 
 とても素晴らしかった。記憶と時間とは、どうにもならないことにおいて最たるもの。記憶を歪めるのは果たして罪なのか、本当のことを知らぬままにしておくことは…? と、途中でしばし立ち尽くした。そして、命ある限りは何処までもつきまとう痛みについて、その痛みと供に歩み続けるしかない人生について、静かに思いをめぐらせる。左程長い物語ではないけれど、無音の場所に身を沈めていくような読み応えがあった。
 最後の最後に明るみにされた真相の重みに対峙しつつ、あらためてタイトルの意味を考えていると、遣る瀬無い悲哀が胸に迫る。けれど、読んでよかった…と心から思った。
 
 生き残りへの自衛本能が備わっていると自負し、注意深く生きてきた“私”アントニー・ウェブスター。この物語は、主人公トニーの学校時代の回想から始まる。高校で得た3人の友人のこと、とりわけ、頭がよくて優秀な、どの教師からも特別扱いされた親友エイドリアンのこと、高校を卒業した後、初めての恋人が出来たいきさつ…。人生の(そして、時間そのものの)スピードアップは、本人が知らぬ間に始まっていた。いくつかのアドバンテージをもらい、いくつかのダメージをくらいながら…。
 不本意な別れも、模範的な死も、トニーに備わった“ある種の自衛本能”によって、心と歴史から締め出され、埋没していった。それが正しかったのか間違いだったのかは、誰にも決められない。でもそれはまた、なんと苦しいことだろう…。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 12月21日(金)... 12月22日(土)... »