キアラン・カーソン、『琥珀捕り』 再読

 大好きなので再読。『琥珀捕り』の感想を少しばかり。

 “だが、ひとつのものがほかのものへと芋づる式につながっていくのが、オランダというところである。”(138頁)

 じっくりすみずみまで堪能するために…と考えれば、少しずつ読むのがぴったりなのだけれど、あまり時間をかけ過ぎると縺れた糸の絡まり具合が追えなくなってしまうので要注意なのね…という感覚を、久しぶりに思い出した。4年ぶりに読み返してみてもやっぱり、この不思議な小説が私は好きだなぁ…と嬉しく思った。
 初めて読んだ時はただただ、何処までも芋づる式に連なっていく物語たちの途切れぬ長さに目を丸くするばかりだった。でも今回は、長さよりもむしろ見事な広がりにあらためて瞠目した。全ての物語には必ずや、隣接する物語がある…ということ。それらが眼の前に繰り広げられていく様は、まさに職人技による精緻なタペストリーを見せられているようでもあった。そこには世界があまねく写し取られているようなのだ。縫いとめていくのは琥珀の糸。

 琥珀を捕るひとびと、琥珀の髪、琥珀製の吸い口、琥珀玉、琥珀魚、琥珀の宮殿、琥珀の涙、人魚の琥珀像……。文章の至るところに散りばめられた琥珀たちの煌めきに魅了されるがまま、書きとめていったら切りがなくなった。そしてまた、例えば前の方の章ではちらりと名前だけが出てきたある人物が、すっかり忘れていると後半の章の中にひょっこり姿を現してちゃんと物語の真ん中でその活躍ぶりを見せている…などという仕掛けもあって、そこがまた心憎いところでもある(“それはまたの機会に”…でそれっきりになった話もあるが)。
 其処彼処で呼びかけ合うような琥珀たちの煌めきに包まれていることと、離ればなれの物語たちを結びつける見えない糸が細やかに張り巡らされていることで、この一見継ぎはぎだらけの小説は、一つの物語として纏め上げられている。美しくも珍かな一冊に。…そこがとても面白くて素晴らしい。

 ギリシア神話の変身譚やらチューリップ熱やらフェルメール周辺の話は、前回からすっかりお気に入り。今回印象的だったのは、ヤン・ボス氏担当の人魚や水魔関係の伝説や“青いオダマキ”の出てくる冒険王ジャックの物語、贋作者の話…などなど。

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