魚住陽子さん、『奇術師の家』

 続けて二冊目です。
 『奇術師の家』、魚住陽子を読みました。

 “肩や腕を雨に湿らせたまま鍵をあけ、門を過ぎ、魔法を一つずつ解くように玄関に入る。その時、自分を迎えてくれる家の内部の閉ざされた濃密な気配が唯子は好きだった。その気配のことを冴子は言ったのかもしれない。妻でも女でもない不思議な生きもの。家の内部は唯子の身体と微妙な合体を繰り返してきた。” 115頁
 
 素晴らしい読み応えでした。物語に没頭しつつ、胸の奥がぞくぞくしていました。何て言ったらいいか…。どの話にも共通しているのは、星も月もない闇夜の淵から凍てつきそうな底流をのぞき込むと、水底から硬質な光が滲みだしているのが見える…みたいな、ひりひりとした感覚です。

 収録されているのは 「奇術師の家」「静かな家」「遠い庭」「秋の柩」の4篇、どの作品も好きでした。 
 表題作の「奇術師の家」は、幻想性のある美しい話でした。若かりし昔住んでいた古い家に再び住みだしてからと言うもの、本来の記憶に虚構を織り込ませ混乱させ、遠い日々の中で思い描いた夢の世界へといつしか移り住んでしまった母親、その母親を見つめる娘。
 「静かな家」の主人公は、たぶんもともと人よりも脆弱な自我を守るために、頑なな檻を張り巡らしながら生きている内に、“家”というものさえも己の檻の延長のようなものと錯覚してしまった、そんな女性です。家に守られてさえいれば、生きていける…と。 
 家の内部に充満した濃密な気配の中で、積み上げられていった幾つもの形式が、いつしか繭のように主人公をくるみ込む。繭のなかの蛹は、目覚めることを望まない。  

 隅々まで神経の行き届いた文章はとても美しく繊細で、ときには刃のように底光りして、何度も何度もどきりとさせられました。
 「遠い庭」では、いつもジグソーパズルをしている少女と、子供のいない女性との交流が描かれています。そのジグソーパズルの一つがブリューゲルの「イカロスの失墜」なのですが、とても効果的に作品の中に配されていて、忘れがたい印象が残りました。
 そして「秋の柩」。これは怖かった。ラストで凍りつく…。
 (2007.3.13)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 魚住陽子さん... 中山可穂さん... »