莫言、『酒国 』

 莫言を読むのは久しぶりで、これが3作目。『酒国 ―特捜検事丁鈎児の冒険』の感想を少しばかり。

 “一杯また一杯、奈落の底にまっ逆さまに落ちて行くかのように、風の音さえ聞こえない。彼らが痛飲する間に、盛んに湯気をあげる彩り鮮やかな主菜が次々と車輪のように転がり込んできた。” 38頁

 流石の面白さだった。兎に角泥臭いし、何とも独特な喧しさに溢れているけれど、語りの力強さに呑まれてしまう。そも、主人公丁鈎児(ジャック)が酒国へと赴くことになる、その任務の内容からして異様過ぎて不気味で、そんな初っ端から掴まれて目を離せなかった。そして、ジャックの物語と並行して、作家莫言と小説家志望の院生季一斗との往復書簡、彼が書いた短篇小説…と交互に読ませていく構成も、現実と虚構がせめぎ合うような様相を強めていく。

 特捜検事丁鈎児の腰砕けな活躍ぶりと好対照なのが、粗暴な女性運転手や、季一斗の岳母袁双魚夫人(アンチエイジング美女!)の強烈さだった。とりわけ、代々の燕採りの家に生まれた岳母の話を、季一斗が物語としてまとめた『燕採り』のインパクトは凄くて、忘れがたいし考えさせられる内容だった。
 中国の食の文化は、ただ貪欲なだけでもなく、底知れない恨みの土壌に根付いているのだろう。だからこそ、調理学院特別調達所で掲げられる欺瞞の理屈にも、ひょっとしたらあり得そう…などと思わせられてしまうのだ。ロバ料理のフルコースを出す豪華レストランの経営者、小人の余一尺の存在も、グロテスクな設定の中でひときわ際立ち、食に対する業の深さと結び付いて印象的だった。
 縷々述べられる酒への拘りにも関心はあったものの、気を抜いたらそれこそ悪酔いしそうな読み心地。

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