皆川博子さん、『少女外道』

 胸にかき抱きたくなる一冊、皆川さんの短篇集『少女外道』を読んだ。

 まず、タイトルに撃ち抜かれる。“少女”という可憐で儚げな響きにふらりと唆されても、次に来る“外道”という尋常ならぬ響きにすぐさま突き離されるからだ。ずきりと、或いはぎくりと。そうして、堕ちゆく少女たちに会えるかも知れない――などと心が動いた時にはすでに、妖しき異界への一歩を踏み出している、という訳だ。
 戦争が暗い影を落とすかつての日本の風景の中、異界、といってもそこは、見えるものたちの眸にだけ映る一枚のヴェールをくぐり抜けただけのことなのだろう…。そんな風にしていつも彼らは、誰にも悟らせまいと心に決めた禁忌の想いを胸に閉じ込めて、ふうっと彼岸へすらいってしまうのだ。まるでただ今いる場所をほんの少しずらすだけ…とでも言うように、此岸に飽み疲れた溜息を儚くこぼすように、すでにこの世のものならぬ瞳で、ふうっと。
 狂おしいほどに惹かれてやまない小昏い場所へ、一歩、また一歩と踏み入る傍から、後戻りするための道など足元から崩れ去ってしまえばいいのに…という思いで読み耽った。光を避けて闇に棲むもの、後ろ暗き闇を飼い闇を食むものたちへそそがれる眼差しの深みに、胸がふたがり泣きたくなる。

 歪んだ欲望を奥深くに秘め隠し続けた女性の、長い人生を振り返り櫻との繋がりを綴る「少女外道」。冒頭からひきこまれた「巻鶏トサカの一週間」は、ラストの急降下に背筋がぞくり。死んだものと生き残ったものとの間に横たわる妄念が、お化けになるような話。『巫女の棲む家』を彷彿させる、「隠り沼の」。『にんじん』の引用箇所でも胸がしめつけられ、絢爛な文章で描かれた美しい情景が押し寄せてくるようなラストまで、固唾を呑んで読んでいた「祝祭」。など、七篇。
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