皆川博子さん、『薔薇忌』

 『薔薇忌』、皆川博子を読みました。

 目次は、「薔薇忌」「禱鬼」「紅地獄」「桔梗合戦」「化粧坂」「化鳥」「翡翠忌」となります。
 この短篇集は、芝居にたずさわって生きる男女それぞれの物語から成っています。舞台の上で他人になりすます役者たちと、それを様々な方向から幇助する生業に就く者たち。或いはそれはもしかしたら、虚と実の妖しい二重性にとり憑かれ、その中毒から抜け出せなくなった人々…と言い換えても良いのかも知れません。
 虚を演じることと実を生きることとが、どうしようもなく分かちがたく重なり合っていく。虚と実とがその領域を侵し合い、隙あらば入れ代わろうとしてさいなみ合う様を描く筆致は、時に華麗に、時に凄惨に残酷に、そのあわいにあるものを掬い上げていきます。闇の中のたった一本の蝋燭の灯を眩く感じるのにも似た、矛盾と魅惑に充ちた眩暈感は皆川作品ならではです。  
 
 舞台に立ち、いつも別人を演じる女優は、いつしかいにしえの“寄り座し”と同じ存在に成り果ててしまう宿命なのかもしれない。演じるということの本質に限りなく迫り、極めてしまったなら、虚と実の間にあるはずの確かな境界線が見い出せなくなってしまうのかもしれない。皆川さんの幾つかの作品には、そんな風に境界線を見失った彷徨い人がしばしば登場する。そして時には、生者と死者さえ易々と入り混じってしまう。
 この短篇集の表題作「薔薇忌」は、物語の語り手と聞き役になる劇研の後輩との会話の部分が多くを占め、その会話で話が進んでいくのですが、そのノンシャランな喋り方がよかったです。
 薔薇は格別。薔薇には薔薇のためだけの場所がある。
 (2007.6.18)

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