佐々木丸美さん、『沙霧秘話』

 ふむ、古い小説が続いている。 
 今年復刊が続いた佐々木丸美さんですが、文庫で刊行されたのは“館”三部作のみ。タイトルだけでなんとなく「読んでみたいなぁ」と思っていたこの作品は、なかなか出てこないので古本で入手しました。佐々木作品は4冊目となります。

 『沙霧秘話』、佐々木丸美を読みました。
 

〔 山奥の旧家にひっそりと生きる沙霧。母親はある日、忽然と姿を消したという。一方、漁村の網元の家で働く自然児の沙霧。村に流れついた母親は10年前に世を去った。少女たちの心に恋が芽生えたとき、出生の秘密は明かされ、信じがたい運命が2人を結びつける。北国の自然を背景に、秘められた宿命の絆と幼い恋の行くえを綴る哀切の長編ロマン。 〕

 独特な作風だなぁ…と、何度読んでも感じ入ってしまいます。この作家さんにしか書けない世界がそこにあって、決して褪せることなく孤高に耀いている。不安定な瑕をそのままに残して…いや、その瑕こそが魅力か。
 あぶくのように湧き上がる言葉たちを、そのまま書きとめているだけのような地の文章は、まるで自動手記みたいです。こんなに体言止めを使いまくっていて、それでも可憐な優雅さを失くさないのは、やはり品格でしょうか。
 そしてストーリーは、「生き別れの双子ものか?」と思わせておいて実は…というところが流石です。 

 語り手となる登場人物は二人、その一人は、旧家のお嬢さん・沙霧の世話役になった二十五歳の看護婦。そしてもう一人は、小さな海辺の村で網元を頼って暮らすお転婆な少女・沙霧。二人の沙霧をつなぐ運命とは…?
 短い作品ですが、佐々木ワールドのエッセンスが詰まっているのではないでしょうか? とても美しい幻想譚です。 

 北国の自然の描写が、とても印象的でした。命の秘密を知ろしめす海の気配が、物語を読み進むとともに作品全体に満ちてきて、ラストのほろ哀しさを包み込んでいるようでした。

〔 海は騒ぎ心も騒ぎ二人の青春の幕開けとなる。何があろうと沙霧は沙霧、愛はひとつ。まだ見えぬ明日を手さぐりすれば波の音は詩う。とぎれとぎれの子守唄にあわせながら。遠い昔の緑の牢獄、遥かな里よ隠れ里よ、あなたの血はここに生き、その悲願は息づいています。 〕 69頁

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