ジャネット・ウィンターソン、『オレンジだけが果物じゃない』

 どうなのですか、この表紙…。『オレンジだけが果物じゃない』の感想を少しばかり。

 “もちろん忘れてはいなかった。でもわたしは知っていた。母は『ジェイン・エア』の結末を、勝手に作り変えていたのだ。” 126頁

 
もっと身につまされる母娘の話かと思い少々構えていたのだが、面白く読めた。
 狂信的な母親に将来は伝道師になるよう決められ、幼いうちから徹底的に仕込まれる…という特殊な境遇に育ったジャネット。自分が学校でどんなに浮いた存在であっても、教会のことだけを考えていればそれでよかった。だが、一たび教会の教えへの疑問が芽生えてしまった時から、少しずつ何かが変わり、彼女を守っていた世界が手のひらを返したように、苛酷な様相を呈し始める…。
 物語が進むにつれ、母親への変わらぬ慕わしさと裏切られた思いとに、ジャネットの心は引き裂かれていく。そうして話はどんどんきつい内容になってはいくものの、決して暗く沈んでいかない、沈みそうになっても何度でも浮上してくる…そんな強さと明るさが、全篇を貫いている。

 様々な寓話や幻想的な物語の断片がところどころに挿入されてくる、それらがとても印象的だった。何か打ちのめされそうな事が起こるとその都度、一旦物語化をする。そして物語の中に自分自身を置いてみることで、全体を外側から眺めてその意味を考え、それから改めて自分の中に受け入れる…。心の治癒力、とでも言おうか、痛みや揺らぎを整理して宥めようとする心の作用が、具に伝わってくる。そんなことを繰り返しながら、前を向いて歩みを止めないジャネットの姿に、胸を打たれた。

 兎に角、あきらめないこと。学校の創作コンテストで賞を取ることを目指し、めげずに入魂の力作を作り続ける件がとても好きだった。イースターの卵の工作では、ワーグナーの見せ場を素晴らしい出来ばえに作り上げ、パイプクリーナーでは『欲望という名の電車』を作り、ジャガイモを彫っては『ニューヨークのクライスラー・ビルの前に立つヘンリー・フォード』を会心の作に仕上げた。そりゃあそれは確かに浮くよなぁ…と思いつつ、どうしてそれらでは駄目なのか納得出来ないジャネットの奮闘が、ほろりと可笑しくて愛おしかった。

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