千早茜さん、『魚神』

 いつの間にか、部屋は薄暗くなっていた。 
 斜めにさしこむ僅かな光の元で、痺れるような余韻の中をたゆたう。音の届かない水底にまどろみ、しばしの夢に溺れていたみたいだった。

 『魚神』、千早茜を読みました。
 

 物語の舞台は、ヘドロの臭いに溢れ本土からは見捨てられ、遊女屋街としけた漁ぐらいしか収入源がない島である。捨てられる子供などは珍しくもなく、白亜とスケキヨもそんな姉弟だった(本当の姉弟なのかどうかを確かめる術もなかったが)。そして二人は婆に拾われた時から、成長したら上玉として売られていくことが決まっていた。
 お互いが違う人間であることにすら、はじめは気付かないほどに、彼らは鏡のように近く寄り添っていた…。

 物心がついたときには既に、隣に完璧な半身としての他者がいた。白亜にはスケキヨが、スケキヨには白亜が。二人は名を呼びあうことで自分を知り、互いに触れ合うことで実体を発見した。それは、愛よりも凄まじい絆かも知れない。そっくり同じ魂を分け合う存在。そんな存在がいること自体、ありふれた幸せも不幸せも超越しているようにさえ思われて、彼らがあまりにも他の人たちとは違うので胸が痛かった。 
 狂おしいまでに互いを必要とし求め合う、そんな二人を引き裂いた残酷な島の掟。それは、その島に生まれてきた以上誰一人として逃れることの出来ない、従うしか生きる術のない掟だった。だがその結果、まるで二人を引き裂いたことへの贖いのように、おびただしい血が流されることになる。 

 幻想と官能にみちた、とても美しく怖ろしい世界だった。耽美な内に秘められた、血みどろで破懐的な部分に強く惹かれた。甘美な毒が全身をめぐるようで、素晴らしかった。

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