レーモン・ルーセル、『アフリカの印象』

 今年、最初に読んだ本が『ロクス・ソルス』だった。それですっかりご満悦になったので、こちらの作品も。

 『アフリカの印象』、レーモン・ルーセルを読みました。
 

 そこは、この地上のどこにもないアフリカだった…。夢の中にしか存在しえない異国から、抽出された濃厚な印象があふれだす。まるで、目の前に、それはそれは見事に精緻なタペストリーを広げられ、すみずみにまで隙間なく描き込まれた驚異の模様に、目を丸くして見惚れているような按配だった。非日常の言語空間に彷徨いこんで、なんて楽しい時間を過ごしたことか…! ああ、本当に楽しかったよ。

 こんな小説もあるのか…とは、『ロクス・ソルス』を読んだ際の感想でもあるが、またあらためて思わずにはいられなかった。子供の頃に心奪われた、万華鏡の眺め。小さな筒の奥の千変万化な模様だけに集中して、他の感覚が遠のいていくあの感覚を思い出した。今いる場所さえ忘れ、自分の全てがただ見入ってしまう。余計なことは何も考えず、次から次へとめくるめくイメージに驚嘆することばかりを、繰り返していた。一つ前の残像に後ろ髪を引かれつつも、すぐにまた新しい驚きに捕らわる。快感。

 この作品の構成は、凡そのところはわかっていた。後半に用意されている物語を、わくわく心待ちにしながら読み進んだ。
 ポニュケレ国の皇帝にして、ドレルシュカフ国の王タルー七世の聖別式。その祝祭を賑やかす様々な見世物や、風変りな処刑。あくまでも平易な言葉で綴られていく乾いた文章が描くそれらは、あまりにも奇妙奇天烈過ぎて、具体的に思い浮かべるのが困難になることもしばしばだった。時にはこちらの想像力が追いつかなくなってしまうのだが、そんな箇所で頭を捻るのさえも愉快だった。
 そして後半に入ると時間が逆戻りをして、その聖別式や処刑に至るまでの経緯や、淡々と紹介された様々な仕掛けについての種明かしと、それらに纏わる物語などが縷々書き連ねられる。それまでの内容が相当に荒唐無稽だったからと言って、この種明かし編に常識的な説明や説得力は期待できない。が、訳のわからなかった事物が繋がり合い、一連の物語に収まっていく過程には、驚きの連続で思わず知らず深々と嘆息した(おお、『ロメオとジュリエット』の未知の場面とは…!)。
 思いもよらぬエピソードの数々。幼き日々の悲恋もあれば、奸佞の者たちの人目を欺く邪な恋もあり、野心と裏切り、そして冒険の数々…。それらの中に時折そこはかとなく漂うのが、何とも言えずチャーミングな滑稽さだったりするので、一度魅了されると本当にとり込まれてしまう世界だった。

 解説によればこの作品は、地口や語呂合せを発想の出発点とした特殊な方法によって、創作されているそうだ。日本語に訳された時点で、そのことについてはさらに分かりにくくなっているが、この不思議な魅力を持つ作品が言語遊戯から生み出されたという話は、大変興味深いものだった。それからもう一つ、人物の内面を一切描かないという徹底振りにも、胸が空くような爽快さがあった。
 どこにもないアフリカに思いを馳せて、想像力をぶるんぶるん…と働かせる。ふう、愉しかった。 

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