久生十蘭、『湖畔・ハムレット』

 俄かに読んでみたくなった久生十蘭、ふらりと立ち寄った近くの書店の棚にて待ち伏せされていた。ので、さっそく私の小さな本棚に移り棲んでもらうことにした。縁である。

 『湖畔・ハムレット 久生十蘭作品集』を読みました。
 

 一等読んでみたかったのは「ハムレット」だが、「湖畔」も相当に面白いらしいという情報があり、ほくほくと期待を高めて読んだら、いや本当にどちらも面白かった! 話自体が面白いのはもちろんのこと、地の文を味わっているだけでも、くつくつくつ…と嗤えてきた。あくまでも真面目腐った語り口なのに、如何ともしがたいちょっぴり哀れな滑稽さが漂うのだ。
 「湖畔」は、かなり印象的な冒頭からある男の1人称で語られていく、かなり奇妙な物語だった。厳格な封建的地盤で育てられた“俺”は、狷介さという鎧をまとって自分を覆い隠している。そしてその真の姿と言えば、愛おしい存在を素直に慈しむことすら出来ない、重度の不器用ものと言ったところか。湯治先で出会い一目で恋をしてしまった少女を、首尾よく己の妻にしたものの…。 
 ただしこの作品、最後まで読んですごく引っかかるところがある。あれはつまり…むにゃむにゃだよねぇ。

 本命の「ハムレット」を後回しにして「玉取物語」へと読み進み、タイトルの意味が分かったところで激しく脱力しつつ、終始ひくりひくりと嗤いながら読む。冒頭でさっそく出てくる“ふ〇〇”の意味が十秒間ほど思い出せず、そんな自分にも脱力した。

 「鈴木主水」「ハムレット」と読み進み、やはり「ハムレット」で呻る。うんうん唸る唸る。元の「エンリコ4世」とどれだけ重なる内容なのかは全くわからないけれど、翻案であることなどもすっかり忘れて、この物語を堪能した。
 敗戦後一年目の高地の避暑地にて、霊性を帯びた深い表情を持つ60歳ばかりの老人の姿が、人々の目と好奇心を惹いていた。大正式のスタイルをして、500年も前にすたれた英語を使いホテルでの昼食の注文をするその老人の素性とは…?
 彼のつきそいをする男が、人々に請われて語り出した老人の過去。真の狂気と、自己防衛の為の騙りの狂気との間を行き来した、日本のハムレット。いったい彼の身には何が起こったのか…。語り手の祖父江が性格学を修めていて、相手の人相から性格類型がわかってしまうという設定も、なかなか面白い彩りであった。

 後は「奥の海」なんて好きだったけれど、傑作とされている「母子像」は…これは辛かった。これってつまり、親は子供を裏切るけれど子供は決して親を裏切らないし、裏切れない…という話の究極形かな…と思う。こんな話も書いてしまうのか…(溜め息)。多彩な一冊だった。

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