中井英夫、『悪夢の骨牌(かるた)』

 いつかは読もうと思っていた中井英夫の暗黒に、とうとう染まってみた。大変大変、私好みの連作集であった…!
 『悪魔の骨牌』、中井英夫を読みました。
 

 光を乱反射させながら、ころころと色を変えながら、どこまでも転がりつづける硝子なのか水晶なのか…美しい珠を、延々追いかけさせられるような作品集だが、それがお腹の底からぞくぞくと楽しい。ぱたんぱたんと裏返っていく仕掛けに何度も翻弄されるのも、楽しいったら楽しい。…だなんて、浮かれている場合ではない内容だったけれど。 
 解説にもあるように、まるで百物語のようなお膳立てで始まる第一話「琉璃の柩のこと並びに青年夢魔の館を訪れること」。この作品を読んだ時点で、大変に好みである…と感じ入った。そして、第二話の「ビーナスの翼のこと並びにアタランテ獅子に変ずること」で、一話目での一切合財をことごとく見事に覆されてしまったので、おおおお…!と、ただただ呻いた。それがまた快感だった(…変態)。

 ところで「とらんぷ譚」というのは、副題なのかしら? まるでエッシャーのようにねじれた作風に、とても相応しいタイトルなので感心した。いったい次に何がくるのか、次のカードは何が出るのか…? その、次のカードがめくられる瞬間まで、言葉で積み上げられていたものが、いっきにくずおれていく美しさと言ったらどうだろう。そしてめくってみた時の衝撃と、予測のつかない展開へのあらたな期待と驚喜と言ったら…。私はただの容れものになり、ひたすらそれらに満たされているような按配だった。嗚呼…。
 そして後半は、戦後の色濃い影が長く作品世界にまで伸びてくるので、まさにそういう時代の作家だったのだなぁ…と、改めて思った。

 
 今私の手元には、KAWADE道の手帖の「中井英夫」がある。表紙の著者近影がすこぶる渋い。 
 なるほどこの御方が、手渡された一輪の薔薇をすっ…と襟のところに挿したなら、それは本当に映画のワンシーンのように映るだろう。てか、映ったのですね。

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