ら族の歳時記

「道が分かれていても人は幸せになる道を選ぶ能力がある。」
能力を信じ、心の安らぎの場を求めて、一歩一歩。

何を望むか

2011-05-08 11:53:47 | Weblog
アホな世界観の話しです。。。。。


かなり前に
「恋愛・結婚を現実にするために
 ラブラブの写真を目のつくところにおいて
 あーなりたい」
と願うとブログに書いて実行した。

それから。。

最近、ネットで
「バツイチの人が再婚しやすいのは
 結婚による幸せを知っているから
 それをもう一度味わいたいからできる」
と書いてあった。
未婚の私の周りは
「そうそう。結婚したあとの幸せが想像できない」
と異口同音にいう。

だから、行けずなのよ私たち。。。。

そう思うと
「ラブラブになって
 その後、なにをしたい??」と
考えてしまう。
彼氏・旦那を作ることが目標で
その後の姿がないことを認識する。

ということは
恋愛も結婚も無理じゃん



だれかのブログで
「以前奥さんを喜ばせようといろいろ考えていたことを
 今は娘を喜ばせようと考えています」
書いてあった。

恋愛して相手を喜ばせようという気持ちを
もったことがない私。
また、何かしたいと誘ったこともない私。
だから、恋愛中の姿が浮かばないのか。。。

恋愛していても
「何かがちがう」といつも思いながら
恋愛している。

相手がしてくれたことに対して返すだけ。
「この前、メールくれたな。
 メールした方がいいかな」

ただ、理想が高いからと思っていたけれど
そういう意味ではないのでは。






昔、「有名大学に入って、私をバカにした彼を
見返してやる」と思っていたことがある。
けれど、
今思えば「有名大学入ってその後どうすんの?」
とその後の姿が見えないし、
大学に入る姿さえも見えていなかった。

実現に遠いな。。
もしまぐれで入れても5月病だったかも。。



昔、「先生とつく職業になりたいの」
ただそれだけ。
ただ、「先生」と人からあがめられることを
望んでいただけ。。。
どんな職業がいいか、なってからしたいことはない。



バリバリのキャリアウーマンになりたいときもあった。
それは常に前に進むため、勉強したり戦うだけ。
出世競争が評価のすべて。
感情ももってはいけないと思っていた。
今思うとロボット。



私は自分の満足でなく
第三者からの評価がすべてだった。


透析に入ったこと、腎移植の登録をしていた。
「時間的制約や食事制限がいやだから」
そのうちに。。
と透析生活に慣れる。
病院と自宅と会社の行ったり来たり。
時間があると寝ているだけ。
そういう生活に満足いてしまう、
また新しい情報を得る余裕もなくなると
「移植して何が変わるんだろう」と思い、
登録更新を止めてしまった。




今。。
私はなにをしたいんだろう。
なにを望んでいるんだろうと考える。


ない。。。
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