計算気象予報士の「知のテーパ」

旧名の「こんなの解けるかーっ!?」から改名しました。

羽越線の列車脱線 40トンを横転させる力

2014年11月29日 | 山形県の局地気象
 冬が近づいています。師走になると思いだすのが、羽越本線の脱線事故です。山形県の局地気象を専門とする技術者としても、局地気象を知る事の重要さを強く認識したものです。


 私が故郷である山形県米沢市に帰省するときは、いつもJRの米坂線を利用します。羽越本線とは途中の坂町駅まで一緒なので、この事故を知った時は正直、驚きました。冬の季節風が非常に強く吹き付ける場所なので、それなりの対策は施されているとは思いましたが、大きな課題が浮き彫りになりました。これがどんな事故だったのか、改めて確認してみましょう。

・2005年12月25日19時過ぎ、北余目駅~砂越駅間で列車が脱線。
・列車は秋田発新潟行の「特急いなほ14号」で6両編成。
・2両目から脱線し、最終的に全車両が脱線。その内、3両が転覆。
・脱線時の運行速度は100km/h前後と推定。
・先頭車両の乗客5名の尊い命が失われ、32名が重軽傷。
・事故当時、暴風雪・波浪警報が発令中であった。

 実際にどれだけの風が吹いていたのかと言いますと、酒田測候所によるとこの時間帯の最大瞬間風速は21.6m/sで、近くに設置してあったJRの風速計でも最大20m/s前後、と非常に強い風だった事が判ります。

 それでは、事故当時の状況という事で、まずはこの日の気圧配置を見てみましょう。こちらは事故当日の朝9時と、翌日の朝9時の気圧配置です。日本海上から前線を伴う低気圧が接近・通過しているのが分かります。これに伴って、25日の夜には寒冷前線が通過したことが判ります。

 

 続いて、事故現場付近の観測地点である酒田の観測データを時系列で見てみましょう。横軸が時刻、赤いグラフは気温、青いグラフは気圧です。下の緑が風向・風速の観測データです。


 おおよその事故の発生時刻である19~20時の間を境に、風が南西寄りから北西寄りに向きを変え、しかも気温が急に下がっていきました。事故の時間帯は気圧が最も低かったことを考えても、このタイミングで寒冷前線が通過したと考えられます。

 それにしても、酒田で観測された平均風速は11m/sで、最大瞬間風速が21.6m/sだったを考慮しても、この付近では10m/sから20m/s近い強風が吹き荒れていたという事になります。

 それでは、列車の車両を横転させるような風とは、どれくらいのものなんでしょうか?と言うわけで、特急いなほの車両の寸法や条件のパラメータを設定して、風速Vの横風を受けて角度θだけ傾くとした場合を考えてみます。


 この場合の横風の風速Vは次のような計算式で表すことが出来ます。


 この式に、ネットで調べた車両の寸法などの条件として次のパラメーターを適用すると
 H=3.6[m],h=1.0[m],L=21[m],M=40000[kg],g=9.8[m/s2],ρ=1.293[kg/m3],θ=45[°]

 車両が45°傾くに場合にはV = 47.1[m/s]、すなわち横風が47m/s程度に達している、と言う見解が導かれます。

 実際に、事故の後で、山形県警察が大学の研究室に依頼した風洞実験の結果によりますと、この列車は風速40m/s以上の突風に襲われたと推定されておりますので、やはり現場では40m/s以上の猛烈な風が吹き荒れていたのだろう、と思います。

 ここで気になるのは、観測値とのギャップです。気象観測では10m/sから20m/sですから、ダブルスコアで違ってきます。従って、広い範囲で見ると10m/sから20m/sの風でしたが、事故現場のごく狭い範囲で40m/sもの突風が発生した、と考える事が出来ます。

 それでは、何がその突風をもたらしたのか?もう一度、思い出したいのは、「事故当時は寒冷前線が通過中」であるという事です。そして、寒冷前線に伴う雲は・・・積乱雲です。実は、これが厄介なんです。真夏に遠くから見る積乱雲は、青空のキャンバスに描かれた芸術にも思えるのですが、その真下では落雷や突風、激しい雨など、様々な現象を伴っています。

 この事故の場合も、寒冷前線に伴う積乱雲がダウンバーストや竜巻のような突風をもたらしたものと考えられます。


 この積乱雲の影響は時空間スケールが狭い範囲に限られるので、予測が難しい現象です。早い段階でその存在を察知して、逐次動きを監視する必要があります。この事故を受けて、現場付近ではレーダー観測網が強化されたようです。

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