山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。

加齢による知能の低下

2023-07-22 10:55:30 | 放送大学

放送大学の単位認定試験の期限が25日に迫っているため、昨日になって放送授業の後半を勉強し始めた。

またまた泥縄式、やばいことに。。。

この土日が勝負じゃ。

・・・

それはさておき、今頃になって勉強し始めた心理学概論の8章(これって前半分?)発達心理学なのだが、年齢による知能の低下ということが取り上げられていた。

ぼんやり、放送のインターネット配信を再生しながら聴いていると、やっぱり人間は25歳くらいをピークに、知能がどんどん落ちていってしまうんじゃ。

ああ、もうダメだ、こんなことなら若いうちに勉強しておくべきだったよ。
自分が好きだった文学作品などいっぱい読んで、論文なんかも書いておくべきだったなあ。。。

もう60歳を越えて頭が働かないんだから、いくら頑張っても無理だな。
記憶力は衰えるし、思考力も無くなるし、ザルのように知識も何も抜け落ちていってしまうんだなあ・・・

最初のグラフでは、20・30・40・50・60・70・80代と知能が下降していく折れ線の様子に愕然。

・・・

ところがである、これって同時期の20代の人から80代の人の群を比較しているのだそうだ。

つまり同じ人間を比較しているのではないそうなのだ。

これを横断的研究といい、その時の若者群から老人群へと年代の違う人々の知能を比較しているに過ぎないのだとのこと。

重要なのは同じ人間を比較しなくてはダメなのだそうだ。

それで、年月をかけて、同じ人間の知能がどのように変化をするかを調べていくと、

最初のグラフほど年齢によって知能が下降していくわけではないそうである。

これを縦断的研究というそうだ。

・・・

つまり、現在80代の人の知能が低いというのは、元々高い人が低くなったわけではない。

その人たちが若いころは教育も進んでいないし、今のような情報社会でもないので、当時同じ内容の知能テストをやったとしても、今の若者と同じような結果は出なかったということだ。

戦後から現代にいたるにつれて人間全体の知能は上がってきているとのことである。
だから世代の違う人を、同時期に年齢別に分けて比較したところで意味がないのだ。

それで、年月をかけて同じ人々の変化の様子を比較したところ、やはり加齢によって知能は低下することに間違いはないのだが、その下降する傾斜はそれほど大きいものではないようである。

ということで、結論は、そんなに悲観してあきらめることはない。

・・・

私が思うところ、年を取るごとに、自分の記憶力は低下し、思考するのもめんどうくさく、どんどんバカになっていく気がしている。

しかし、それ以上に思うことは、どんだけサボってるのかということである。

こんな勉強の仕方では、もし高校生だとすれば、毎日登校拒否して授業も何も受けずに、家で遊んでいたのと同じことである。

練習問題1つ解くこともなく、教科書の1ページを読むこともしない。
これでは落第するに決まっているではないか。

つまり、知能が低下したというよりは、勉強に労力をかけなくなってしまい、できる限り楽をしようとすることがいけない気がするのだ。

努力が足りない。時間を惜しみ、苦労を惜しむことがいけない。

サボってるのがいけないんですよ、アラカンのオバサン。

ちゃんと勉強しろ~~~~~~っ!  と自分に喝。

・・・

だが、もう間に合わんから、次の学期に持つ越すかもな。

今日と明日で15課まで勉強するのは無理~~~~


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