軌道エレベーター派

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軌道エレベーターが登場するお話 古典(1) 星ぼしに架ける橋

2022-07-31 10:27:28 | 軌道エレベーターが登場するお話

星ぼしに架ける橋
チャールズ・シェフィールド
(1979年 邦訳は1982年 早川書房)


 今回から、20世紀にリリースされ、今では簡単には目を通せない古典的作品を、いくつか扱います。このコーナーは、ご覧いただく方がなるべく入手可能な作品を選んできたのですが、軌道エレベーター史から外せない作品であるということで、原点に回帰して紹介しようと思います。まずは原点中の原点である本作を。

 本作はアーサー・C・クラーク氏の「楽園の泉」と共に、長編小説としては初めて、軌道エレベーターの実現をメインテーマとした作品です(軌道エレベーターが単に登場するだけなら、小松左京氏の「果てしなき流れの果に」「通天閣発掘」の方が10年以上早く、世界初ですが)。しかし「楽園の泉」が今も読み継がれているのに対し、本作ははるか昔に絶版。その背景考察も含め触れていきます。

あらすじ
 若き工学者ロブ・マーリンは、建築に関する優れた能力を見込まれ、宇宙開発の主役となってきたロケットに代わるシステムとして、軌道エレベーター「ビーンストーク」の建造を引き受ける。マーリンはビーンストークの実現に邁進する傍ら、自分の両親が殺害された事件の真相にも迫っていく。


1. 本作に登場する軌道エレベーター
 本作では、赤道上のキト(現代のエクアドルの首都)の北部に、全長約10万5000kmのビーンストークを建造します。この名は「ジャックと豆の木(Jack and the Beanstalk)」にちなんだものですね。
 太陽系規模の流通網を握る大富豪のダリウス・レグロは「ロケット王」として知られながらも、実はロケットの非効率性や環境負荷を嫌っており、主人公マーリンに目を付けます。マーリンは、頑丈なケーブル素材を切れ目なく生み出せる「スパイダー」を開発してパテントを有しており、それを生かして巨大な橋を造った実績がありました。ロケット依存からの脱却を目指すレグロは、軌道エレベーター建造にはスパイダーが必要と考え、マーリンにビーンストークの実現を要請します。

 このビーンストークなんですが、宇宙空間で基本構造を仕上げてから、地球に降ろして地面に突き立てるという、ぶっ飛んだ方法で造られます。手順は次の通り。
 
 (1) 地球-月系のラグランジュ点(重力中和点)の一つ、月の公転軌道上にあるラグランジュ4(L4)で、ビーンストークの主要部分を形成
 (2) 出来上がったら、これを地球に降下させる。降下に従いながら地上に対して直立する向きになるよう制御
 (3) (2)の途中で、地球周回軌道上に移動させておいた小惑星をビーンストークの末端でキャッチし、カウンターウェイトとしてそのまま固定
 (4) 地上には直径400m、深さ5kmの穴が掘られており、ビーンストークの先端が降りてきたら穴にはめ込む
 (5) 穴にはまったら急いで土砂を埋め戻して固定
 (6) 静止軌道上に待機させていた発電衛星や作業ロボットなどがビーンストークに取り付き、エレベーターのシステムを構築













--こんな感じ。全体を支える「負荷ケーブル」の主成分は珪素で、総質量は10億t。小惑星を主な材料源に、ケーブルをスパイダーで紡ぎ出して造ります。最終的にはグラファイトや金属などで超伝導ケーブルも敷設した混合体になるとのこと。
 巨大な柱が空から飛んできて、ずどーんと地上の巨大な穴にはまるというのは、さぞや壮観でしょうね。キトの穴に固定後、揺り戻しによる振動はわずか1日で収束してしまいました。
 作中にはこのほかに、地球以外の惑星上や、太陽系の惑星間にもビーンストークを建造する構想も、セリフの上だけですが登場します。
 
 以上、良くも悪くも、軌道エレベーターを扱った作品としての、これが本作の最大の特徴であり個性です。その是非については、次節で触れたいと思います。


2.「豆の木」と「泉」
 作者のチャールズ・シェフィールド氏とクラーク氏は、本作と「楽園の泉」という、軌道エレベーター建造をテーマにした作品を、ほぼ同時期に世に出しました。天界へと昇る「豆の木」を描いたシェフィールド氏と、軌道エレベーターによって人々が宇宙へ進出する様を湧き出る「泉」にたとえたクラーク氏。両作に「スパイダー」など共通するキーワードも登場することから、本書の解説ではこれを「シンクロニシティ」(偶然の一致)としていますが、私にはそうは思えません。

 両作が発表された1979年の少し前あたりから、軌道エレベーターの研究論文が西側世界に登場し始め、両氏はそれに触発されました。自由世界での研究動向が、これをテーマにした小説を生み出す土壌を前もって育んでいたのであり、作品の出現はむしろ必然でした。
 シェフィールド氏は「楽園の泉」のことを聞き、「オレもこんなものを書いてるよ」とクラーク氏に内容を送ったそうです。そこでクラーク氏はコメント(本作に収録)を公表し、シェフィールド氏を称揚しつつも、ビーンストークの建造方法を「身の毛もよだつものであり、わたしには成功するとは信じられない」と延べています。実際、本作の造り方はかなり無理があると思われます。
 
 軌道エレベーターの建造方法は、静止軌道からケーブルを上下に伸ばして地上に到達させるブーツストラップ式が基本中の基本構想といえます。「楽園の泉」も然り。しかし本作の主人公マーリンは「静止軌道から建造を始めたのでは、ケーブルがかなりの長さに伸びた時、不安定になります。位置の小さなずれが指数関数的に増大するでしょう」とブーツストラップを一蹴。L4での建造を提案します。
 確かに、ケーブルの伸張に応じて、主にコリオリによって各部がまちまちに挙動し、安定しないというのは、ブーツストラップが直面する課題の一つです(この問題については「STARS-Cのミッションと意義」の(2)をご参照ください)。しかしこれはケーブルを制御しつつ一定以上に伸ばし、「コリオリ力<ケーブルにかかる重力」になると解消すると考えられています。
 この上なく動的な「豆の木」と静的な「泉」、両者の造り方は一種の対立構図を成すようにも見えます。その意味では、是非はともかく、ビーンストークの造り方はオリジナル性にあふれています。

 ただ、10憶tあるビーンストークを、月と同じ距離があるL4の軌道から離脱させるだけでも約9800兆Nの力が必要なはずで、また10万5000kmもの長さを持つ質量の移動は一つの質点(全質量がそこに存在するとみなして計算や座標設定を行う点。事実上の重心と見なしてよい)として軌道を導き出せず、よっぽど不安定だと思われます。
 加えて言うと、地球に接近して直立するにつれ、重力でビーンストーク本体が伸びるはずですが、この点には触れられていません。

 しかしそうした疑問以上に、ビーンストークの最大の問題は、建造プロセスに冗長性がまったくない「一発勝負」であることです。小惑星を固定しそこねると「速度を増しながら地球を巻きはじめ」、地上に固定できなければ「ケーブル全体が投げられた石のように月の向こうへ飛んでいって」しまう(これは間違いだと思われる)。うまくいかなかった場合のリカバリーや次善策をまったく考えていない。一度失敗したらもうオシマイだと作中でも認めています。
 成功しても、ビーンストークの先端部が大気圏に突入する際には「マッハ3くらいで運動」していて、着地時には減速し、「時速100キロ以下で降りてくる」とのことで、10憶t×100km/hの慣性質量が地面に衝突するなんて、まるでコロニー落としではないか。
 
 これに対し「楽園の泉」では、エレベーターをつなげる地上基部の第一候補が確保できず、別の選択をしたり(実にドラマチックな展開で、結果的に第一候補地になるのだが)、途中のトラブルで建造がストップしたりと、幅を持たせた造り方をしています。
 プロセスに冗長性がないというこの1点だけでも、建造の妥当性には「楽園の泉」に軍配を上げざるを得ない。

 そしてビーンストーク建造のための交渉や法的なすりあわせ、広大な土地や空間を専有する問題やコストといった、政治的・社会的な課題の解決は、本作には一切出てきません。全部レグロが金と権力で解決済みで、マーリンは建造だけに集中しています。
 この点も、軌道エレベーターを造るということが、人類社会にどのような影響を与え、どんな障害があるのかを総合的にシミュレートした「楽園の泉」に比べて物足りない点です。

 「楽園の泉」は、こうした障害を乗り越え、軌道エレベーターを実現させようとする過程の面白さと、老いてもなお挑戦する主人公の情熱が醍醐味です。一貫して軌道エレベーター建造を軸に、人物劇や芸術性もうまく載せて感動的な展開にしており、残念ながら本作は、完成度で遠く及ばないというのが私の感想です。


3. ストーリーについて
 以上のように、軌道エレベーターの建造モノとして物足りなさやツッコミどころが多く、「楽園の泉」と明暗を分けてしまった本書ですが、生き残れなかった理由はそこではありません。
 ようするに、小説としてあまり面白くないんです。そんなものをプレゼントするなと文句言われそうですが、結局はそれに尽きる。

 本作はビーンストーク建造と、マーリンの出生にまつわるミステリーが並行して展開します。マーリンは、飛行機事故で母親が死亡した直後に産み落とされ、彼はレグロと関係を持ったことで知り合った数人から、両親が殺害された真相を知ります。
 ビーンストークは事件と無関係なまま、致命的なトラブルなく淡々と進んで完成し、物語の八ぶんめたりで終了。クライマックスは、両親の命を奪った殺人犯とマーリンの対決に紙幅を割いています。
 このせいで、二つの話が中途半端に同居する小説になってしまっています。どうして余計なサスペンス要素なんか入れたんだろうなあ。。。( ´Д`)
 マーリンの人物像も、飄々とした天才肌で魅力に欠ける。物語に緊張感をもたらさず、ビーンストークが出来たらほとんど興味を失ってしまう。
 マーリン以外の登場人物の心理描写は私好みで、人間の二面性などを描いていて興味深いのですが、残念ながら物語の面白さにまったく貢献していない。
 こうした背景から、本作は書店から消えていきました。誠に残念ですが、むべなるかな。

 しかし本作が上梓された時代は、軌道エレベーターのアイデアそのものが浸透しておらず、研究成果もわずかだったため、建造方法も定説化していない状況でした。
 そんな中で、独創性に満ちた建造方法を提案した本作は、軌道エレベーターの研究史に残る思考実験として、やはり一見の価値を有している。仮に建造アイデアが似たようなものなら個性が際立つこともなく、もっと存在感が薄れていたことでしょう。
 その意味で、軌道エレベーターが登場する作品の草分けとして、決して歴史から外せない1作でもあるのです。小説としてはあまりお薦めできません。しかしそれでも本作は、軌道エレベーターを語るなら目を通すべき「幻の必読書」です。

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