軌道エレベーター派

伝統ある「軌道エレベーター」の名の復権を目指すサイト(記事、画像の転載は出典を明記してください)

(解説)STARS-Cのミッションと意義

2016-12-28 19:35:54 | 研究レビュー
(この記事は、宇宙エレベーター協会ホームページと重複します。ていうか、このブログ用に書いたものを向こうに転用したのですけどね)

 皆様ご存知の通り、初の軌道エレベーター(宇宙エレベーター)の実験衛星「STARS-C」を載せた輸送機HTV(こうのとり)は12月9日にH2Bロケットで打ち上げられました。さらにその後、ISSの日本実験棟「きぼう」から軌道上に放出。現在地球周回軌道上を公転しています。
 この事実はメディアにも取り上げられましたが、この小さな衛星が、軌道エレベーターと何の関係があるのか? 何ができれば「成功」と言えるのか? 意外とわかっていない方も多いのではないでしょうか。各メディアが報じるニュースも、その辺を今一つ理解していないような内容が多い。そこで今回、包括的に解説したいと思います。



1.概要と意義
 STARS-Cは、発表資料等の言葉を借りると「宇宙エレベータ(ー)実現に向けたテザー進展技術実証衛星」です。「テザー」は「ケーブル」と同義と理解してください。名称は "Space Tethered Autonomous Robotic Satellite-Cube" の略で、公募により「はごろも」という愛称が付けられました。二つの超小型衛星が軌道上で分離し、間に100mのテザーを伸ばします。軌道エレベーターを実現する技術を確立していく上で、これに何の意味があるのでしょうか?
 軌道エレベーター建造を、川に橋を架ける作業に例えるなら、「誰も渡ったことのない川に橋を架けたいが、橋脚を立てようにも川の深さも流れの速さも未知数。どうなるかやってみないとわからない。まず小舟を出して、小さな柱を試しに立ててみよう」といった感じでしょうか。この小舟がSTARS-Cであり、柱を立てられるか、立てた小柱がどんな影響を受けるかを調べるのが今回のミッションです。そしてテザーを伸ばすという行為は、軌道エレベーターの実際の建造の際に、最初の段階で行う作業になると予想され、いわば「建造本番」では、これを下端が地上に届くまでずーっと伸ばし続けるわけです。つまりSTARS-Cのミッションは、軌道エレベーター実現のための最初期の条件を見出す、基本中の基本の実験と言えます。ミッションの成功条件とでも言うべき目的は

 (1) テザーを100m展開させること
 (2) テザーの展開を制御すること
 (3) 展開させたテザーと衛星の振る舞い(挙動)を把握すること

 ──以上のデータの獲得・解析が挙げられます。

 実はSTARS-Cの前に、「STARSプロジェクト」として、同様のテザー展開衛星「KUKAI」(2009年打ち上げ)、「GENNNAI」(2014年同)が軌道投入されていますが、電力不足でテザーの伸展データが得られないなど、いずれも「テザー衛星として信頼性あるデータ取得までには至っていない」(静岡大)状況であり、何よりも軌道エレベーターの実験として銘打ったミッションは、世界でも最初となります。
 今計画は2014年に政府の諮問機関・日本学術会議の「学術の大型研究計画に関するマスタープラン」に採択されたもので、プロジェクトには静岡大学のほか日本大学や大林組、協会主催の「宇宙エレベーターチャレンジ(SPEC)」の常連「チーム奥澤」、そして宇宙航空研究開発機構(JAXA)などが参加しています。


2.機体概要とミッション

 STARS-Cは、1辺10cmの立方体が二つ(親機と子機)くっついているのが初期状態です。親子はそれぞれ太陽電池パドルを装備しているほか、ケブラー製テザーを伸ばすリール機構、地球磁場を利用した姿勢制御機構「磁気トルカ」、GPSやカメラ、ジャイロなどを内蔵しています。大まかなミッションは次の通り。

 (1) 国際宇宙ステーション(ISS)からの放出
 (2) パドル展開と親子分離
 (3) テザー伸展
 (4) テザーを伸ばした状態での軌道周回とデータ取得

 以下、ミッションの各フェイズを詳説します。

(1) ISSからの放出
 STARS-Cは12月19日に軌道上に放出されました。「きぼう」には超小型衛星放出機構「J-SSOD」が取り付けられるようになっており、STARS-Cなど超小型衛星を打ち上げ前にJ-SSODに箱詰めにしたものをセットし、バネの力で放出されます。ちなみに放出機構には50kg級の衛星用もあります。角度はISSの後方、下向き45度で放出されます。このため軌道傾斜角(地球赤道面に対する軌道の角度)はISSと同じ51.6度で、ISSより少し下から追随するような軌道に乗ったことになります。これはSTARS-Cだけでなく、ほかの放出衛星にも共通する軌道要素で、長期的にはISSの軌道と交差するのですが、JAXAによると、放出された衛星は100~250日程度で、交差前に大気圏に再突入するとのこと。
 
(2) パドル展開と親子分離
 親機と子機は、それぞれ側面に太陽電池を備えているほか、10cm×20cmの電池パドルを展開します。そして、親子の結合を保つテグスをニクロム線で過熱して切断し、バネの力で分離してテザーを展開します。分離後の親子の位置はGPSで測定するほか、親機と子機で異なるアマチュア無線電波を発信し、受信した電波の差からも推定できるとされています。



(3) テザー展開
 上記の手順で分離した親子の間で、テザーを100m伸ばした状態で安定させます。これがうまくいくかが本ミッションの最重要事項と言えるでしょう。なぜそれほどまでに重要かつ困難なのか?

■リバウンドの問題
 一言でいうと、「宇宙には足場がないから」です。宇宙空間の軌道上では、何をしても反動がそのまま返ってきて、「踏ん張れない」のです。波のないプールで2艘のボートうちの一つに乗っていたと想像してください。もう1艘を手で押したら、反動で自分の方も反対方向に動いてしまいます。さらに2艘が紐でつながれていたとしたら、長さの限界まで2艘が離れると紐がピンと張って、今度は反動で2艘がお互いに引っ張られたりします。 STARS-Cもテザーを伸ばす反動で、親機と子機の間にこのような現象(リバウンド)が生じ得ます。このため、STARS-Cはリバウンドの回避策として、テザーの伸展速度を制御し、初速2m/sから徐々に減速させていくことを予定しています。リバウンドせずにテザー展開を終了させられれば「ミッションサクセス」とのこと。

■コリオリの問題
 今一つの問題にはコリオリが挙げられます。仮にSTARS-Cが、きちんと地上の方向(下)に対して直立するような状態で分離できたとして(ここでは親機の位置を「上」と仮定します)、分離してテザーが伸びていくにつれ、親機は西側に、子機は東側に流れていきます。位置エネルギーが運動エネルギーに変化する、すなわちコリオリの力でこのような現象が起きます。これにより、軌道エレベーターの建造初期の段階では「エレベーターが横に寝てしまわないか?」という現象が、課題の一つとして指摘されています。



 テザーを長く伸ばせば、全体に働く重力傾斜(地球の引力と軌道上公転の遠心力による位置エネルギー)がコリオリの力に対して勝り、茶柱が立つように安定していくと考えられているのですが、そうなるまできちんと伸ばせるかも、STARS-Cにとっての一つのハードルと言えます。そもそも最初の結合状態で回転運動をしていますので、磁気トルカで向きを上下に安定させるまでの過程も、クリアしなければならない課題です。
 開発に携わった方々の試算では、テザーを展開しきれば、2.5×マイナス10^4N(ニュートン=力の単位で、1Nは1kgfの質量に1m/s^2 の加速度を与える力)の重力傾斜が作用し、コリオリを解消できるとしています。
 こうした課題はISSからの放出時の初期状態にも相当左右されるはずであり、未定・未知の要素も多く、まさに「やってみないとわからない」から挑戦するわけです。

(4) テザーを伸ばした状態での軌道周回とデータ取得
 上記(1)~(3)を経て、機体は「軌道周回モード」に移行し、親子の軌道上の運動、そして何よりもテザーの挙動のデータを取得していきます。ここからも、きちんと上下方向を保った姿勢で地球を周回できるかが問われます。
 JAXAでの記者会見で静岡大の山極芳樹教授が述べたところでは、分離前に姿勢を制御して安定するまでに約1か月。分離とテザー展開は数分で終わり、その後1か月ほど観測・解析を続けた後に大気圏に再突入する見込みで、放出後の衛星の寿命は2か月程度になるそうです。ここで得られるデータは、研究の発展と将来の実現に向けて参考にされる、貴重な数値となるでしょう。

 
3. 終盤イベント
 今回のSTARS-Cには一般市民が享受できる余興があります。一つは親子の位置関係を測定するための電波を、アマチュア無線で誰もが受信できることで、コールサインは親機が「JJ2YPS」、子機は「JJ2YPL」です。そしてミッションが成功しようとしまいと、最後は大気抵抗で高度が落ち、再突入して燃え尽きるわけですが、最後に余興として、再突入の様子を光学観測することを、一つのイベントとしてアピールしています。上記の「GENNNAI」のミッション時と同規模の全国的な観測体制を今回も整え、観測したいといい、「二つの物体がそろって流れ星になる様子は珍しいはず」と山極教授。その時の位置が日本上空になるとは限りませんが、可能であればぜひ観測したいものです。


4. 結び
 以上詳説してきましたが、宇宙エレベーター協会を立ち上げてから8年。当初は世間はまったく相手にしてくれなかったことを考えると、宇宙空間で実験を行う時がこんなに早く訪れるとは思ってもいませんでした。しかもそれを日本が実施するとは。STARSプロジェクトでは、展開したテザーの間を小型のクライマーが行き来する「STARS-E」も開発中で、完成が待たれます。
 超小型衛星による小規模な実験ですが、STARS-Cが実際に打ち上げられたことは、理論が公の実行動に昇華した一つの転換点であり、大きな一歩として「軌道エレベーター史」において外せない出来事になることでしょう。これを機に、研究がさらに進んでいくことを祈るばかりです。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 軌道エレベーター実験衛星「S... | トップ | よいお年を »
最新の画像もっと見る

研究レビュー」カテゴリの最新記事