「スキャンダル良妻賢母」と言うドラマがある。
最近DVDをかりて見ているのだが、意外とこれがおもしろい。
韓流ドラマや映画は昔は低予算で学芸会に毛が生えたようなものばかりでおもしろくないというイメージがあったが、しかし今はかなりお金をかけ、俳優や女優の質などもあがって面白くなってきているのでおどろいたのだが、たぶんこれぐらいやればブームになってもおかしくないと思うが、特にコメディはお勧めで、時々日本人からみて時々文化そのものが、コメディじゃねえのかと思うこともあるが、とにかくギャグと言うかジョークのセンスは日本人よりも間違いなく上だと思っている。
さてこのスキャンダルと言うドラマであるが、これは4人の女性と生き方を描いたドラマで、主人公のグッキと言う女性が、子育てや夫との関係などに悩み、最終的には夫との関係を切り捨てて自分の人生を切り開いていくという物語である。
この物語に主人公とその夫との関係がぎくしゃくして、ついにはその夫ヨンピルが浮気に走ってしまい、その浮気をといただされ彼が開き直った時に言うセリフがある。
それは自分は彼女といるといらいらしてうまくいかない、そして浮気に走った最大理由は彼女が抽選でマイホームが買えなかったことを悔み、そこから自分の人生はおかしくなったというのだが、自分の人生が家をかえなかった時から、かわったというのである。
日本人から見れば何をそそんなことでと思うかもしれないが、しかし何しろ家を大切に考えるお国柄、家を買うと言うことはその人のステータスや家長としての責任を果たす上では重要なことがらである。
朝鮮語で家のことをチプと言うが、彼女のセリフにはよくチプとかチビという言葉がしばしば出てくるのだが、このことからも彼女らが常日頃から家と言うものを意識していることがわかると思う。
さらにこれは半ば都市伝説的なことであるが、うちの親戚のおじさんと家の話になったことがあるのだが、彼がマイホームを持つと言うことは、いかに難しいかと説明する時に、辞書で成功者をひいたらまず最初に家を持っている人と出てくるなどと言うことを言っていたのだが、しかしこれはでたらめにせよ都会でマイホームを持つことがあこがれであり、いかに難しいかと言うことを物語っているのではないだろうか。
向こうのドラマと日本のドラマを比べて決定的に違うなあと思うことは、悩み方である。
悩み方と言っても喜怒哀楽を表しやすい民族なので、そこだけでも日本人とは感覚がかなり違うのだが、日本では主人公などが悩んでいたら友達とか相談相手がいてそういう存在の役割が大きいのだが、しかし彼ら彼女らは徹底的に悩み、時には病んでしまうのではと思うぐらい悩み続け、また捲土重来のごとく立ちあがってくるのであるのだが、これは彼ら彼女らは非常に感情のコントロールの仕方がうまいからだと思っている。
そりゃあ喜怒哀楽が激しいので日本人から見れば、いささか感情的のように思えるかもしれないが、しかしそれらは彼ら彼女らのモードのようなもので、そのことでうまく自分たちの特に負の感情と言うものを、ハンプリなどにも見られるようにうまく吐き出すことでコントロールしているようにさえ思えるのである。
まあ私の付き合いだけではかるものなんだが、向こうの人間はストレスが感じられない。明るい人間が多い。
しかし時にはすごく暗い歌をたっぷり感情を込めて歌ったり、悲しすぎる映画を見て涙する。ドラマなどでも恋人がルキミアなんていうようなしらじらしい設定をしていて、もう泣かせてやろうというのが見え見えであるが、こういう姿はまさしくその負の感情をうまくコントロールしている姿である。
よく欧米人がコレアンは米国的だと言う人がいるのだが、おそらくこれは欧米人が言葉で自分の思いをはっきり伝えるのにたいして彼ら彼女らは感情や態度ではっきりと伝えるからであろう。
人間は必ず悩みをかかえている。しかしいささかニヒリズム的ではあるが、究極的にはその悩みを本当の意味で人とは共有することはできない、人間なんて人のことよりもむしろ自分の虫歯のいたみをおさえることのほうが大事で、中途半端に人にわかってもらおうとするから悩み続けるかもしれない。
しかし悩むから人間で、少し無責任な発言かもしれないが、人間悩みぬいた先には絶望はない、なぜなら雨が降った後には晴れるように特別な場合をのぞいては必ず解決策があると思っている。
特に若いうちは悩むことをおそれていては成長しない、悩むことをおそれて人と同じことをしたり、群れたりするがしかし若いうちは、特にそういう悩みを希望に変えていく力があるのだから大いに悩めばいいと思っている。
主人公のグッキは夫の不倫、子育てそしてついには離婚へと発展し、悩みに悩み続ける。ドラマの中には幾度となく彼女が感情を吐き出す部分があるのだが、けれどもその悩みつづけた結果彼女の新しい生き方を見いだすのである。
私は思う人間は悩むことが必要だ、しかしその悩みには開き直ることが必要であり、その開き直りと言うか、切り替えはその感情のコントロールがうまくできないとうまく悩めないのではないかと思っている。
そういう意味で言うと日本人は悩み方がへただ。しかしむこうの人間はこの感情のコントロールが上手で、悩みを力に変えている。
私は研究していないのでわからないが、たぶんこういうことは気の学問に関係しているのであると思うのだが、彼らの哲学的な思想をもう少し詳しくしらべて心理学に役立てることも可能ではないかと思っている。
あと彼ら彼女らの思想の中に情(ジョン)という考え方があるが、これは「加速スキャンダル」という映画によく表れている。
都市化が進み、国際化されつつある現代のソウル、人々の生活や文化がかわりつつあるが、しかしかわらない彼ら彼女らの感情がその近代化する都市を舞台に表現されている心あたたまるストーリーである。
特に決勝戦の舞台でジョインが歌うGift(ソンムル)という歌は感動的で涙を誘う。
http://www.youtube.com/watch?v=EdplT2zIegI&feature=rec-LGOUT-e
here come to Park boo young Gift
最近DVDをかりて見ているのだが、意外とこれがおもしろい。
韓流ドラマや映画は昔は低予算で学芸会に毛が生えたようなものばかりでおもしろくないというイメージがあったが、しかし今はかなりお金をかけ、俳優や女優の質などもあがって面白くなってきているのでおどろいたのだが、たぶんこれぐらいやればブームになってもおかしくないと思うが、特にコメディはお勧めで、時々日本人からみて時々文化そのものが、コメディじゃねえのかと思うこともあるが、とにかくギャグと言うかジョークのセンスは日本人よりも間違いなく上だと思っている。
さてこのスキャンダルと言うドラマであるが、これは4人の女性と生き方を描いたドラマで、主人公のグッキと言う女性が、子育てや夫との関係などに悩み、最終的には夫との関係を切り捨てて自分の人生を切り開いていくという物語である。
この物語に主人公とその夫との関係がぎくしゃくして、ついにはその夫ヨンピルが浮気に走ってしまい、その浮気をといただされ彼が開き直った時に言うセリフがある。
それは自分は彼女といるといらいらしてうまくいかない、そして浮気に走った最大理由は彼女が抽選でマイホームが買えなかったことを悔み、そこから自分の人生はおかしくなったというのだが、自分の人生が家をかえなかった時から、かわったというのである。
日本人から見れば何をそそんなことでと思うかもしれないが、しかし何しろ家を大切に考えるお国柄、家を買うと言うことはその人のステータスや家長としての責任を果たす上では重要なことがらである。
朝鮮語で家のことをチプと言うが、彼女のセリフにはよくチプとかチビという言葉がしばしば出てくるのだが、このことからも彼女らが常日頃から家と言うものを意識していることがわかると思う。
さらにこれは半ば都市伝説的なことであるが、うちの親戚のおじさんと家の話になったことがあるのだが、彼がマイホームを持つと言うことは、いかに難しいかと説明する時に、辞書で成功者をひいたらまず最初に家を持っている人と出てくるなどと言うことを言っていたのだが、しかしこれはでたらめにせよ都会でマイホームを持つことがあこがれであり、いかに難しいかと言うことを物語っているのではないだろうか。
向こうのドラマと日本のドラマを比べて決定的に違うなあと思うことは、悩み方である。
悩み方と言っても喜怒哀楽を表しやすい民族なので、そこだけでも日本人とは感覚がかなり違うのだが、日本では主人公などが悩んでいたら友達とか相談相手がいてそういう存在の役割が大きいのだが、しかし彼ら彼女らは徹底的に悩み、時には病んでしまうのではと思うぐらい悩み続け、また捲土重来のごとく立ちあがってくるのであるのだが、これは彼ら彼女らは非常に感情のコントロールの仕方がうまいからだと思っている。
そりゃあ喜怒哀楽が激しいので日本人から見れば、いささか感情的のように思えるかもしれないが、しかしそれらは彼ら彼女らのモードのようなもので、そのことでうまく自分たちの特に負の感情と言うものを、ハンプリなどにも見られるようにうまく吐き出すことでコントロールしているようにさえ思えるのである。
まあ私の付き合いだけではかるものなんだが、向こうの人間はストレスが感じられない。明るい人間が多い。
しかし時にはすごく暗い歌をたっぷり感情を込めて歌ったり、悲しすぎる映画を見て涙する。ドラマなどでも恋人がルキミアなんていうようなしらじらしい設定をしていて、もう泣かせてやろうというのが見え見えであるが、こういう姿はまさしくその負の感情をうまくコントロールしている姿である。
よく欧米人がコレアンは米国的だと言う人がいるのだが、おそらくこれは欧米人が言葉で自分の思いをはっきり伝えるのにたいして彼ら彼女らは感情や態度ではっきりと伝えるからであろう。
人間は必ず悩みをかかえている。しかしいささかニヒリズム的ではあるが、究極的にはその悩みを本当の意味で人とは共有することはできない、人間なんて人のことよりもむしろ自分の虫歯のいたみをおさえることのほうが大事で、中途半端に人にわかってもらおうとするから悩み続けるかもしれない。
しかし悩むから人間で、少し無責任な発言かもしれないが、人間悩みぬいた先には絶望はない、なぜなら雨が降った後には晴れるように特別な場合をのぞいては必ず解決策があると思っている。
特に若いうちは悩むことをおそれていては成長しない、悩むことをおそれて人と同じことをしたり、群れたりするがしかし若いうちは、特にそういう悩みを希望に変えていく力があるのだから大いに悩めばいいと思っている。
主人公のグッキは夫の不倫、子育てそしてついには離婚へと発展し、悩みに悩み続ける。ドラマの中には幾度となく彼女が感情を吐き出す部分があるのだが、けれどもその悩みつづけた結果彼女の新しい生き方を見いだすのである。
私は思う人間は悩むことが必要だ、しかしその悩みには開き直ることが必要であり、その開き直りと言うか、切り替えはその感情のコントロールがうまくできないとうまく悩めないのではないかと思っている。
そういう意味で言うと日本人は悩み方がへただ。しかしむこうの人間はこの感情のコントロールが上手で、悩みを力に変えている。
私は研究していないのでわからないが、たぶんこういうことは気の学問に関係しているのであると思うのだが、彼らの哲学的な思想をもう少し詳しくしらべて心理学に役立てることも可能ではないかと思っている。
あと彼ら彼女らの思想の中に情(ジョン)という考え方があるが、これは「加速スキャンダル」という映画によく表れている。
都市化が進み、国際化されつつある現代のソウル、人々の生活や文化がかわりつつあるが、しかしかわらない彼ら彼女らの感情がその近代化する都市を舞台に表現されている心あたたまるストーリーである。
特に決勝戦の舞台でジョインが歌うGift(ソンムル)という歌は感動的で涙を誘う。
http://www.youtube.com/watch?v=EdplT2zIegI&feature=rec-LGOUT-e
here come to Park boo young Gift