友人の上司と食事に行った時の話、友人が私の話を上司にしたところ、そんなおもしろい人間だったらぜひ会いたいということで、一緒に飲みに行くことになった、土曜日の夜、その上司の方のよく行く結構しゃれた居酒屋に行って話をしたのだが、その上司とはかなり意気投合した。
私は飲めないので食事だけではあったが、その歓談もたけなわにはいり、上司も上機嫌で「君みたいな人間がうちの会社にいたらいいのに」とお褒めの言葉を、しかし実はその時非常に気になることがあった。
それはその上司の服装だ、グレーの帽子とチェックのTシャツ、たぶん一般的にこういう人をおしゃれだというのだろう、しかしその格好は昨日テレビで見たチンパンジーの格好とまったく同じなのだ、そして思わずこう言ってしまった。
「ところでその○○さんの格好、昨日テレビで見たチンパンジーと同じですよ」
その時はひきつりながら「わははははっ」とうまく受け流していたのが、しかし後日私の友人に「あいつはなんてえ失礼なやつだ」と言っていたらしい。
まあ普段はおとなしく自己主張するようには見えないので、そんな失礼なことを言いそうにはないのだが、しかし私のことをよく知る人間は、ああ彼なら言いかねないと思うだろう。
もうブログを見ている人ならわかるが、私は結構言いたいことを言う自己主張が強いタイプだ、ある人はこんなこと書いて、ここの住所と電話番号がのっているのにこわくないのか、おまけに写真までのっているじゃないかと言うが、そんなことを気にしていては書けない、いやうっかり書いてしまうのだ。
このクラブはどちらかというとアウトロー臭い人間を敬遠し、入会させないようにしているのだが、実は本当のことを言うと、いろいろなタイプの人間がここに来て、ボクシングを楽しむことで生きることが楽しくなり、生活が向上するようになってくれればいいと願っているのは事実で、そういう受け皿のひろい、ボクシングフィットネスクラブであることを願っていることも事実である。
しかしそのことをするためには、今の群れでは、そういう人間を巻き込んで変えていく力がない、確かにここにはしっかりした社会人が多いが、しかしまだまだこのクラブの理念というものが浸透していないし、キャリアが浅い、うさんくさい人間やアウトローくさい人間を入れたらまわりに迷惑がかかってしまい、今度は逆に社会人の真面目な人が来にくくなる、群れに力がないと、ひとりうさんくさい奴を入れて、そこに居心地を感じたらその仲間がひとり、ふたりと入ってくる、たとえそういう奴らがあいさつをして、敬語らしき言葉を使っても、しかしはっきり言って内面がかわらなくては意味がない、ジムの中でちょっとした犯罪がおこると言うのは、その指導者に問題がある、おそらくボクシングのことしか考えられない、その集団をどういう群れにするかという、組織のことを考えていく力と能力がないのだろうと思っている。
前にも言ったがその群れの中心に、どういう人間が集まるかということは大事なことだ、私は若くてそこそこできる経験者が来ても、はっきりと「君をボクシングでは評価はしない、むしろここは社会で活躍している人が多いから、そういう人たちから学べ」と言っているが、指導者が、言葉を大事にし、しっかりした言葉を持って発信していたら、おのずとしっかりした人たちがまわりに集まってくると信じている、そういう群れを養い、その群れに集う子供や若い人が、そういう人たちから影響をうけて、将来に向けてしっかりとした目標と向上心を持ってくれたらと願っているのだが、私はこういう健全であろうとする群れが、さらに社会人に癒しの力を与えるとも信じている。
ここにはボクシングの賞状のようなものは決して飾らない、そんなものは意味がない、そんなものに固執していては先細りだからだ。
マイナースポーツのくだらない肩書きをちらつかせて、自分を大きく見せるよりも、もっと自分の足りなさに気づき自分を磨かなくてはダメだ。
こういう小さい世界でしか生きていない人間は、いかに自分がバカかと気づいていない愚かな奴もいるが、非常にみじめだ、しかし本当にその群れを健全に養いたいのならば、指導者自らがしっかりとした言葉を持たなくてはならないだろう。
その指導者が真面目に子供に勉強しろと言えるかどうか問うて見たらいい、言えないようではその人間が何もやってこなかったということ、子供にそういう大事なことが言えないような奴が子供にあたえる影響などたかだか知れている、へたをしたら悪影響を及ぼすこともある、子供のボクシングなんかまさにそうだが、小学校や中学校にボクシング部をつくりますなんて言って、それが通るかよく考えてみたらいい、こういうことを平気でするからアウトローくさいスポーツとかバカスポーツだと揶揄されるのだ、これこそまさにその無知さが暴走したと言ってもいい、これからは親もよく考えて、こういう奴を相手にしないという厳しい態度もこれからは必要だ。
一回や二回まけたぐらいでやめたとなるようなボクシングを教えたくはない。
ボクシングをすること自体が楽しいことで、そのボクシングのやり方にも個人差があり、そのひとりびとりのスタイルというものを尊重し、長いあいだ趣味として楽しく、そのことで仕事の効率が上がるようなボクシングのあり方を目指したい。