高齢者外出介助の会

さあみんなで出かけましょう!

挨拶

2006-02-19 21:20:58 | 外出介助

毎朝であう人なのですが、はじめ、ふとどこかでであったと軽く会釈をしたのが始めでした。はじめのころ変な顔をされたのが印象的でした。「勘違いかな」と思ったのですが、なでか地下道でよくあうのです。私の自宅近くのどこかに勤められているのでしょう。いくら考えてもどこで出会ったのか今も分からないのです。でも始めに挨拶をしたので出会うと知らない顔もなんかできなくて挨拶をし続けました。変な人と思われた期間が過ぎたのでしょうか、このごろはあちらからも挨拶を返してくださるようになったのです。髪の長い方で風のきつい日など髪をなびかせ歩いてこられます。挨拶をし続けると何か親しみが湧くようで結構朝から嬉しくなるのです。この前など、駅のエスカレーターであいました。その方が手を振って挨拶してくださったのです。こんな所でもあうのかと時間がずれれば当たり前のことなのに、私も思いがけず手を振って答えていました。そして、挨拶を受けてくださるようになって、なんか知っているような錯覚からのスタートでしたが、朝から微笑みながら挨拶ができるのは、気分のいいものだと喜んでいる私です。


携帯電話で思う

2006-02-11 21:27:48 | 外出介助

よくさろんに来られるAさんが2週間ほど見えませんでした。案じていましたら、Aさんから主人に先立たれたと連絡があったのです。思いがけないことで、さぞ気落ちされていることだろうと心配していました。「一人に慣れないと」と最近再びさろんに顔を出されるようになりました。去年の誕生日に娘さんから携帯電話をプレゼントされ好奇心旺盛なAさんは、メールを始められたのです。分からないと店まで教えてもらいに行かれる熱心さに感心にしていました。そして楽しいメールは

私に読ませて下さっていました。このたびはAさんをいたわるやさしさにあふれたメールを友達や家族から送られたのを読ませてもらいました。「人様にできるうちは幸せ」と布袋を縫っては出会った人にプレゼントされたりして高齢者のモデルのような生き方をされています。聖書に多く蒔いたものは多く刈り取るとありますが無償の愛が実りとなっているのを思います。今皆さんのやさしさに支えられているAさんに早く元気になってくださいと声のない声援を送っています。


お金と命

2006-02-03 12:01:07 | 外出介助

命がなければ生きることは出来ません。命や健康を維持するにはお金が入ります。でも、と考えると堂々めぐりになってしまいます。命がないと生きれない。食べないと生きれない。お金が無いと食事さえもとることは出来ません。何でこんなことを考えるかと言うとOさんなのですが、働いた事がありません。遺産で生活され減ることを恐れてられるのか、極端な倹約で食事さえも最低限に抑えよく体が持つなあと驚きを隠せません。生きるために働き給料をもらいある本には命を削りとありました。でもそうですね。命と同じでないにしても命に替えてお金を手にしているとするなら。でもと言いたいのです。お金がこの方には命にとって変わっているように思うのです。またでもですが、この方だけでなく一般にもお金が一番の方、人達はやっぱりたくさんおられますし、世間の風潮がそうなっているようです。ドラエモンではないホリエモンもそうですしホテルの東横インもそうですね。姉歯さんもしかりですね。どうしてこうなったのでしょう。懐かしく思い出すのは鉄腕アトムの漫画に未来が描かれすごいと思い夢みていたことです。夢みた生活は実現しましたが人の心がお金に占領されて人に迷惑をかけるという想像力や思いやり、やさしささえもなくしてしまっている。ルールを破ってもお金を手にした者が勝ち、「これは勝ち組み、負け組みと週刊誌でよく目にするようになり私は嫌悪さえ覚えていましたが」。このような未来を願っては居なかったはずです。皆さんどう思われますか?