半透明記録

もやもや日記

『闇の聖母』

2012年06月16日 | 読書日記ー英米

フリッツ・ライバー 深町真理子訳(ハヤカワ文庫)



《あらすじ》
ド・カストリーズという謎の人物が書いた『メガポリソマンシー』と、クラーク・アシュトン・スミスのものとおぼしき日記。この色あせた二冊の書物を、ダウンタウンの風変わりな古本屋で買い求めたのがそもそものきっかけだった。古ぼけたその日記に記されていた〈ローズ607〉という謎の言葉に魅せられた怪奇作家フランツは、霧に包まれたサンフランシスコを彷徨するうち、やがて恐るべき出来事に巻きこまれていく……。
摩天楼の建ち並ぶ幻想都市サンフランシスコを舞台に、言葉の錬金術師フリッツ・ライバーが綾なす世にも不思議な物語。1978年世界幻想文学大賞受賞作!


《この一文》
“ きみの話を物語や小説のように考えるということについて言えばだ、いいかねフランツ、おもしろい物語であるということは、わたしの場合、それが真実であるということの最高の基準になるんだ。現実と空想、あるいは客観と主観とのあいだに、わたしは区別をつけない。すべての生、すべての知覚は、もっとも強烈な苦痛や死そのものを含めて、窮極的にはひとつのものなんだ。 ”





ようやく読み終わりました。最後の10頁は終わらないんじゃないかというくらいに遅々として進みませんでしたが、どうにか到達。進まなかったのは面白くなかったからではなくて、単に体力的な問題です。雨の季節は疲れるなあ。


さて、フリッツ・ライバーの『闇の聖母』を読んでみました。ライバーはシカゴ出身のSF作家。私はこれまでにこの人の2、3のSF短篇を読んだことがありましたが、古典的な雰囲気のなかに幻想とユーモアを感じさせる作風だったのでとても気に入り、一度長篇も読みたかったんですよね。しかし、この人がアメリカ人だとは知らなかった。なんとなくイギリスの人かと思っていたのですが。

この『闇の聖母』は、SF作品というよりは、オカルト小説でした。発表された当時はものすごく売れたそうで、幻想文学大賞も受賞しています。霧のサンフランシスコ、謎の書物、謎の日記。

主人公フランツはアルコール依存症から抜け出たばかりの怪奇作家、サンフランシスコに住み、どこかの古本屋で偶然に2冊一緒にくくりつけられていた古書を購入する。その中身は謎に満ちていて、フランツはどうにかその謎に迫ろうとするのだが、事態は意外な方向へと彼を導いていき…というようなお話。

いわくありげな古書という題材がいいですね。階下に住む音楽家の恋人、仲の良いアパートの住人たち、人と物とを取り込んで果てしなく巨大化する大都市サンフランシスコ、部屋の窓からビルの隙間に見える丘、双眼鏡、踊る長衣の人影、黒い呪文。読んでいくうちに物語のなかに引き込まれていきます。

結末については、実を言うと、いささか拍子抜けしたところもあるのですが、よく考えるとじわじわと考え込まされるようです。フランツは自分から闇の世界を、不可思議の領域を、死と恐怖のもつ力に魅かれておきながら、同時にそれをひどく恐れてもいるのです。当たり前の反応と言えばそうかもしれませんが、ここでそれを恐れるか、それとも逆に勢いよくそれに飛び込んでいくかで何かがはっきりと分かれてしまいそうですね。ちょっと今は頭が痛くてこれ以上考えられないですが、この結末の持つ意味については、ちょっと考えてみなくては。人は恐れながら、どうしてそれに魅かれてゆくのだろうか。フランツは自分から魅かれていったのか、それともやはり呼ばれて動かされていたのだろうか。オカルトって面白いですよね。



全体的に読みやすく、盛り上がり、実在の作家たちやその作品の名前が出てきたり(ラヴクラフト、クラーク・アシュトン・スミス、ジャック・ロンドン、アンブローズ・ビアスなどなど)、幻想的な都市としてのサンフランシスコの街を行ったり来たりするのはとても楽しめました。フランツが十代で読んだというラヴクラフトの「異次元の色彩」は私も読んだ!(詳細は忘れたけど!)と思ったりして、その作家や作品をよく知っていればなお楽しめたに違いありません。やっぱりそろそろラヴクラフトはまとめて読んでみるかな。あと、ジャック・ロンドンも読みたいな。

ただ、一息に読んでしまえばよかったのに、ブツ切りに読んでしまったためか、本来なら恐怖を感じるべき場面だったかもしれない場面が、どうにも笑えてしかたがなかったです。自分の部屋を出て、遠く離れた丘の上から双眼鏡を覗いてみると、この丘の上にいるのではと恐れていた謎の人物が自分の部屋の窓から手を振ってた、とかね。だめだ、ちょっとおかしい! ハハハハハ!

ああ、でも、フランツが訪ねたバイヤーズという人物はよかったですね。この二人が対話する章、バイヤーズの話す内容はもの凄く面白かったです。実に幻想的。怪しげな、暗い光がぴかぴかと滑らかに輝くようでした。


怪奇と幻想に彩られた一冊。
ライバーの別の作品、魔術が科学にとってかわった暗黒の未来を描いたという『闇よ、つどえ』も読んでみようと思います。






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