バーベリ 木村浩訳
(集英社『ロシア短篇24』所収)
《この一文》
“ 聖像画家アポレクの賢明ですばらしい一生が、古いぶどう酒のように、私の頭にのぼった。あわただしく踏みにじられたノヴォグラト=ヴォルインスクの町の、鉤のように傾いた廃墟のなかで、運命は、世人の眼から隠れていた一冊の福音書を、私の足許に投げてよこしたのだった。そのとき、私は汚れない後光の輝きにつつまれて、アポレクに見ならうことを誓ったのだ。そして内に秘めた悪意の心地よさを、人面(づら)をした犬どもや豚どもへの苦々しい軽蔑を、黙々と心を燃やす復讐の焔を――私はこの新たな誓いの犠牲にささげたのだ。 ”
上に引用したのは、この短篇の冒頭の一段落ですが、ここからして既に私は衝撃的なほどに強い印象を受けてしまいました。ほんの短い物語で、とくに大きな事件が描かれるわけでもなく、なんでもないささやかなお話であったと思うのに、ここにはなにか蜂蜜のように滑らかにきらめく、まぶしい、溢れるようなものがありました。私の胸に充ちてくる、輝きを放つこの熱いものは、たしかに私が常に探し求めているそれそのものであります。
解説によると、このバーベリさんは、短篇作家として名高いそうです。なるほど、それはすごくよく分かりました。簡潔で、しかも色鮮やかなイメージが、次から次へと目の前に現われます。これはすごい。映画を観ているようだった。
この「聖像画家アポレク」は、ある時ノヴォグラトの町に不思議な二人組がやってきて、一人はアポレクという名の聖像画家、もう一人はその親友で盲目の手風琴弾き。アポレクは、町の住人であるびっこの改宗者を使徒パウロとして、両親不詳で大勢の子供を生んでは捨てたユダヤ娘をマグダラのマリヤとして描き、その仕事のために教会からは瀆神者とされておどされ、以後30年に渡って争うことになる。しかし、アポレクはそんなことを気にもせず、屈託なく酒に酔っては放浪する。というお話。
とくになにごとも起こらない物語です。しかし、なんだか異常な魅力に溢れていました。
この一文もまた、心に沁み入ります。
“「司教さま」と、故買をやっているびっこの墓番ヴィトルトが言った。
「おなさけぶかい神さまは、なにを真実とご覧になっておられるか、
このことについて無学なわしらに教えてくださる方がおりますか?
あなたさまはただけなしたり、怒ったりされておりますが、わしらの
誇りを満足させてくれるアポレクさんの絵の中にはあなたさまのお説
教よりもっと多くの真実があるのでは?」 ”
人がただ生きる、この世界はそのままで美しい。そんなふうに思いたくなるような、たしかさと逞しさとがあったように思います。素晴らしい短篇! こんなに短いのに、本当にすごいな!
さて私はイサーク・バーベリはまだほとんど読んだことがないですが、所有する本のいくつかにこの人の作品が収められていることに気がつきました。なんでも集めておくもんだ。読みたいと思った時に、それがすぐそばに既にあるなんて最高ですね。手当たり次第に買い集めてきた私ったら、ほんとうに偉かったわ。
早速『現代ソヴェト文学18人集』という新潮社のシリーズに『オデッサ物語』を発見しました。これについては前々から読んでみようと思いつつ、私には合わないかもしれないなんて心配していましたが、それは大きな誤りであったと今回めでたくもわかったので、そのうちに読みます。
バーベリ情報、ありがとうございます!
群像社の『オデッサ物語』はうっすらと記憶にありましたが、『騎兵隊』のほうは知りませんでした!
中公の世界の文学はときどき見かけますよね。これまではうっかりしていたので、今度見たら買います!
情報をどうもありがとうございました~♪(´∀`*)
バーベリ、面白いですね☆