半透明記録

もやもや日記

『アンティゴネー』

2005年12月13日 | 読書日記ーその他の文学
ソポクレース作 呉 茂一訳(岩波文庫)


《あらすじ》
『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』とつづいたオイディプス王一家にまつわる悲惨な運命を描く悲劇の終幕。父王オイディプスの死ののち、故郷テーバイに帰った娘アンティゴネーは、王位をめぐる抗争のすえ祖国に弓を引いて倒れた実兄ポリュネイケスを葬ろうとして、埋葬の儀を厳しく禁ずる叔父の新王クレオンと対立する。


《この一文》

”でも、どんな神々の掟を犯したというのでしょう。どの神さま方に、この不運な私が、まだおすがりができましょう。どの方のお救けを呼び求めたらいいのです。だって、まったく、道を守る心ばかりに、道にはずれたと言われるのだから。それにしてもだわ、ともかく、こうなることが、神さま方のご嘉納なさるものでしたら、仕置きを受けて自分の咎を、私もきっと覚ることでしょう。でも、もしこの人たちが間違ってるなら、道にはずれた裁きに私を処刑するより、もっともっとひどい目を、この人たちがいつか見などはしませんように。    ”




大筋としては、前回読んだ『オイディプス王』と同じような展開でした。今回転落するのは、アンティゴネーの叔父であるクレオンです。クレオンは、決して悪人ではなく、優れた統治者として登場します。「秩序」ということを非常に重んじ、法を犯した者は、血縁であっても決して容赦しないと明言しています。このクレオンの信念には確かに説得力があるのですが、問題は「法」というのが、主に彼の独断によって決定されるものであるというところでしょうか。この人は全然人の意見を聞こうとしません。クレオンは、オイディプス王の二人の息子が争い、互いに滅ぼし合った時、反逆者として死んだポリュネイケスの亡骸を葬ることを禁じます。それに対して、オイディプスの娘であり、兄弟の実の妹であるアンティゴネーはそのお布令に背いてポリュネイケスを埋葬するのでした。このことに怒ったクレオンに対して、アンティゴネーはこんなことを言います。

”だっても別に、お布令を出したお方がゼウスさまではなし、彼の世をおさめる神々といっしょにおいでの、正義の女神が、そうした掟を、人間の世にお建てになったわけでもありません。またあなたのお布令に、そんな力があるとも思えませんでしたもの、書き記されてはいなくても揺ぎない神さま方がお定めの掟を、人間の身で破りすてができようなどと。   ”


興味深いです。私もこのところ、こういうようなことについて考えていたので余計に興味深いです。私はここで激しく共感しましたが、クレオンには全く通じません。クレオンは誰の意見も聞かないで、結局アンティゴネーを生きたまま墓に閉じ込めるという処刑を行います。その後、預言者テイレシアス(竜族の子孫らしい。かっこいい。毎回ここぞ!というところで登場する)の言葉を受けて、反省し、アンティゴネーを出してやろうとするのですが、時すでに遅し。悲劇に次ぐ悲劇が彼を襲う羽目となるのでした。


今回の物語でも、特に誰が悪いというわけではありません。クレオンはあまりにも頑なではありますが、悪人ではありません。ただ彼は自分で決めたことに固執し理性的に物を見る目を失ったために、結局は自らを滅ぼすことになるのでした。運命の恐ろしさ。人間には計り知れない法則。ささいなことがきっかけで引き起こされる大いなる悲劇。ソポクレス、鋭いです。この作品は、紀元前440年くらいに上演されたそうですが、そんな大昔にこんな物語が出来上がっていたなんて、我々にはもうすることなどいくらも残されてはいないのではないかと思わされる偉大な作品でありました。
あとは『コロノスのオイディプス』がシリーズのうち未読なわけですが、岩波書店では品切れになってました。………シリーズものなのに、何故揃えて出さないのか、岩波め~ッ。まあ、これは有名なので、図書館へ行けば、いくらでも借りられるからまだマシか。私が読もうと思う本や好きでたまらない本は、かなりの確率で絶版の憂き目にあっている気がします。誰も読みたがらないような物語を私が好きなだけなのか、私が読みたがるような名作はすぐに売り切れてしまうので手に入らなくなるのか(だとしたらなかなか再版されないのはおかしいか)、もしくは私がひょっとして呪いにかかっているので手にする本、手にする本がつぎつぎと隅へ追いやられて行くのか。たまに憂鬱になります。

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