アーサー・ランサム 岩田欣三訳(「アーサー・ランサム全集5」岩波書店)
《あらすじ》
春休み、ノーフォーク湖沼地方へやってきたドロシアとディックのDきょうだいは、川面に浮かぶティーゼル号へと乗り込んだ。いよいよ船の扱いを勉強できるという期待に胸を膨らませるふたりだが、船主のバラブル夫人には、船を動かすことはできずそれは浮かぶだけで動かせる望みは全くなかった。がっかりするDきょうだいの前に、土地の鳥を守る「オオバンクラブ」会員の少年トム・ダッジョンとその幼なじみの双子の姉妹ポートとスターボード(本名はネルとベス)が現れる。提督となったバラブル夫人に率いられ、ティーゼル号は提督の故郷を目指し出帆する。
《この一文》
”ウィリアムは、引き具をつけられることは、お菓子屋と文明にもどることを意味するのだと判断した。”
今回は、Dきょうだいが主役です。やったー! と思って読み始めたら、実は主役はトム・ダッジョンでした。湖沼地方に生まれ育った彼は、自分の船を持ち、川辺に棲む鳥たちを守る「オオバンクラブ」を結成しています。その土地へは船に乗るためによそから大勢の観光客が集まるため、もめごとを起こさないようにこどもたちにも「よそものとは関わるな」という教えが徹底的にしこまれています。ところが、トムは鳥を守るために「よそもの」ともめごとを起こし、湖沼地方を逃げ回ることになるのでした。
この物語では、トムの敵は、快速艇マーゴレッタ号を派手に乗り回し鳥の巣の平和をかき乱す礼儀知らずの「よそもの」の若者グループですが、Dきょうだいとバラブル夫人も同様に「よそもの」として扱われます。トムは、ティーゼル号の乗組員がいかに良い人々だとは言っても船の知識も潮の知識もない上、結局は「よそもの」だとして信用しません。そういう排他的な彼の性質は、物語の終盤まで、読んでいて楽しいものではありませんでした。私の個人的な感想ですけど。
トムの性質は私の好みではありませんでしたが、物語自体は今回も面白かったです。いつもと違うところと言えば、今回はこどもだけの冒険ではなくて、実際に対立する大人がいて、かれらとの追いかけっこに終始するために、冒険の夢が膨らまないところでしょうか。シビアな状況には、なかなか北極探検のようなロマンの入り込む余地がありません。ドロシアはそれでも頑張っていましたが、彼女の空想は、ティティやナンシイのものとはちょっと性質が違うようです。ティティが楽しい現実をもっと面白くするために空想するのに対し、ドロシアは、物語を面白くするために現実を切り取っているという気がします。ツバメ号やアマゾン号のこどもたちが、前作『長い冬休み』の中で、単調な作業の合間にドロシアの物語をせがんだのは、ドロシアの物語がある程度現実から切り離された純粋な空想の物語だからなのかもしれないと思いました。退屈も、大ピンチも、ドロシアの中ではいつも素敵な物語の断片に変換されてゆきます。逆に言うと、ドロシアにはリアルな危機感が不足気味です。ディックもしかり。もちろん、私はそういうDきょうだいが好きなのです。
人物に関して言えば、ティーゼル号の提督は、バラブルさんという気のいい老婦人で、お供にウィリアム(犬)を連れています。私はこのウィリアムがいなかったら、この船の冒険は面白味のかけらもなく終わってしまったのではないかという気さえしています。だって、トムがあんなんではねえ。まあ、彼が有能なのは分かるんですけども。面白味のある人物と言うには、残念ながら程遠い。双子もせっかく可愛いのに、あまりキャラが活かされてないような感じで、残念でした。Dきょうだいについては言わずもがな。ドロシアの空想力も、残念ながら船を走らせている間は、トムを苦々しくさせるばかりです。ディックは相変らず熱中し過ぎでうわの空。インドア派が船上で活躍する日は遠いのかーー。
ぱっとしない人間たちに対し救世主ウィリアムは、チンという犬種で愛嬌のある風貌をしています。とってもお利口で、威厳さえ感じられる魅力的な犬です。少なくとも私は、このお話ではほとんど出番のなかったDきょうだいの穴埋めを、ウィリアムが十分に果してくれたと思います。というわけで、私の一番のお気に入りは「ウィリアムのはたらき」という章です。一番盛り上がる場面だったと思います。トムのおかげで重く暗雲が垂れ込めていた全編は、これで救われたと思いました。
*****
川をボートで帆走すると言えば、ジェローム・K・ジェロームの「ボートの三人男」を思い出します。あれにも犬が乗ってました。テリアのモンモランシーです。やはりボートでの旅には犬がよく似合います。これも非常に愉快なお話でした。おすすめです。
*****
ウィリアムの他に私が気に入ったのは、「オオバンクラブ」のメンバーの船大工の3兄弟の「死と栄光(デス・アンド・グローリー)号」という船の名前。格好いい! 兄弟もトムに比べると、かなり素直でいい奴らなので、とてもすがすがしいです(←ひどい。一応弁護もしてやると、トムも素直な少年なんですよ。でもクヨクヨし過ぎなんです。考え方が現実的過ぎてつまらないんです。あ、弁護にならないわ)。
ところで、物語全体を通して、私がどうしても気になったのは、邦訳です。主に翻訳ものしか読まない私は、普段はいちいち訳のことを気にしたりしませんが、今回の文体に関しては気になってしかたがありませんでした。というのも、登場人物の台詞において、助詞が省略されすぎているように思われたからです。なにか意図があってこのようになっているのでしょうか。それとも訳者の方のくせでしょうか。あるいは訛りの表現でしょうか。「どのみちぼくはあの船使うことできないんですから」とか。今までは全く気にならなかったのと、大人の発言にはほとんどみられないことを考えると、やはり訛り、もしくは子供らしい口調を表現しているのでしょうか。気になる……。
さて、トムと助詞の省略は気に入りませんでしたが、そして、いつもとは違う味わいでしたが、今回もハラハラさせる展開でとても面白かったです。なんと言ってもウィリアム(犬)のおかげ。おお、英雄よ。
《あらすじ》
春休み、ノーフォーク湖沼地方へやってきたドロシアとディックのDきょうだいは、川面に浮かぶティーゼル号へと乗り込んだ。いよいよ船の扱いを勉強できるという期待に胸を膨らませるふたりだが、船主のバラブル夫人には、船を動かすことはできずそれは浮かぶだけで動かせる望みは全くなかった。がっかりするDきょうだいの前に、土地の鳥を守る「オオバンクラブ」会員の少年トム・ダッジョンとその幼なじみの双子の姉妹ポートとスターボード(本名はネルとベス)が現れる。提督となったバラブル夫人に率いられ、ティーゼル号は提督の故郷を目指し出帆する。
《この一文》
”ウィリアムは、引き具をつけられることは、お菓子屋と文明にもどることを意味するのだと判断した。”
今回は、Dきょうだいが主役です。やったー! と思って読み始めたら、実は主役はトム・ダッジョンでした。湖沼地方に生まれ育った彼は、自分の船を持ち、川辺に棲む鳥たちを守る「オオバンクラブ」を結成しています。その土地へは船に乗るためによそから大勢の観光客が集まるため、もめごとを起こさないようにこどもたちにも「よそものとは関わるな」という教えが徹底的にしこまれています。ところが、トムは鳥を守るために「よそもの」ともめごとを起こし、湖沼地方を逃げ回ることになるのでした。
この物語では、トムの敵は、快速艇マーゴレッタ号を派手に乗り回し鳥の巣の平和をかき乱す礼儀知らずの「よそもの」の若者グループですが、Dきょうだいとバラブル夫人も同様に「よそもの」として扱われます。トムは、ティーゼル号の乗組員がいかに良い人々だとは言っても船の知識も潮の知識もない上、結局は「よそもの」だとして信用しません。そういう排他的な彼の性質は、物語の終盤まで、読んでいて楽しいものではありませんでした。私の個人的な感想ですけど。
トムの性質は私の好みではありませんでしたが、物語自体は今回も面白かったです。いつもと違うところと言えば、今回はこどもだけの冒険ではなくて、実際に対立する大人がいて、かれらとの追いかけっこに終始するために、冒険の夢が膨らまないところでしょうか。シビアな状況には、なかなか北極探検のようなロマンの入り込む余地がありません。ドロシアはそれでも頑張っていましたが、彼女の空想は、ティティやナンシイのものとはちょっと性質が違うようです。ティティが楽しい現実をもっと面白くするために空想するのに対し、ドロシアは、物語を面白くするために現実を切り取っているという気がします。ツバメ号やアマゾン号のこどもたちが、前作『長い冬休み』の中で、単調な作業の合間にドロシアの物語をせがんだのは、ドロシアの物語がある程度現実から切り離された純粋な空想の物語だからなのかもしれないと思いました。退屈も、大ピンチも、ドロシアの中ではいつも素敵な物語の断片に変換されてゆきます。逆に言うと、ドロシアにはリアルな危機感が不足気味です。ディックもしかり。もちろん、私はそういうDきょうだいが好きなのです。
人物に関して言えば、ティーゼル号の提督は、バラブルさんという気のいい老婦人で、お供にウィリアム(犬)を連れています。私はこのウィリアムがいなかったら、この船の冒険は面白味のかけらもなく終わってしまったのではないかという気さえしています。だって、トムがあんなんではねえ。まあ、彼が有能なのは分かるんですけども。面白味のある人物と言うには、残念ながら程遠い。双子もせっかく可愛いのに、あまりキャラが活かされてないような感じで、残念でした。Dきょうだいについては言わずもがな。ドロシアの空想力も、残念ながら船を走らせている間は、トムを苦々しくさせるばかりです。ディックは相変らず熱中し過ぎでうわの空。インドア派が船上で活躍する日は遠いのかーー。
ぱっとしない人間たちに対し救世主ウィリアムは、チンという犬種で愛嬌のある風貌をしています。とってもお利口で、威厳さえ感じられる魅力的な犬です。少なくとも私は、このお話ではほとんど出番のなかったDきょうだいの穴埋めを、ウィリアムが十分に果してくれたと思います。というわけで、私の一番のお気に入りは「ウィリアムのはたらき」という章です。一番盛り上がる場面だったと思います。トムのおかげで重く暗雲が垂れ込めていた全編は、これで救われたと思いました。
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川をボートで帆走すると言えば、ジェローム・K・ジェロームの「ボートの三人男」を思い出します。あれにも犬が乗ってました。テリアのモンモランシーです。やはりボートでの旅には犬がよく似合います。これも非常に愉快なお話でした。おすすめです。
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ウィリアムの他に私が気に入ったのは、「オオバンクラブ」のメンバーの船大工の3兄弟の「死と栄光(デス・アンド・グローリー)号」という船の名前。格好いい! 兄弟もトムに比べると、かなり素直でいい奴らなので、とてもすがすがしいです(←ひどい。一応弁護もしてやると、トムも素直な少年なんですよ。でもクヨクヨし過ぎなんです。考え方が現実的過ぎてつまらないんです。あ、弁護にならないわ)。
ところで、物語全体を通して、私がどうしても気になったのは、邦訳です。主に翻訳ものしか読まない私は、普段はいちいち訳のことを気にしたりしませんが、今回の文体に関しては気になってしかたがありませんでした。というのも、登場人物の台詞において、助詞が省略されすぎているように思われたからです。なにか意図があってこのようになっているのでしょうか。それとも訳者の方のくせでしょうか。あるいは訛りの表現でしょうか。「どのみちぼくはあの船使うことできないんですから」とか。今までは全く気にならなかったのと、大人の発言にはほとんどみられないことを考えると、やはり訛り、もしくは子供らしい口調を表現しているのでしょうか。気になる……。
さて、トムと助詞の省略は気に入りませんでしたが、そして、いつもとは違う味わいでしたが、今回もハラハラさせる展開でとても面白かったです。なんと言ってもウィリアム(犬)のおかげ。おお、英雄よ。
でも引用文を読んでみて、確かにこんな感じだったなぁと。
わざとなんでしょうねぇ。
結局なんだか最後まで、トムはDきょうだいや提督を「仲間」とみなしてなかった気がしますよね。
やっぱり「仲間」感がこのシリーズのいいところのような気がするので、少し残念でした。
今までのシリーズの中では、私はあまり好きではない1編です。
いつもだったら、Dきょうだいももっと活き活きとしていられるんでしょうけれど。まあ、彼らは色々なことに初心者で、教えてくれる人間の数も限られていたから、仕方がなかったのかもしれません。
やはり、トムがもうすこしティティやナンシイのように大らかだったら、物語はもっと楽しく読めたかもしれませんねー。
実は一度、神宮輝夫先生にお目にかかり、親しくお話させていただいたことがあります。
そのときに「先生の翻訳でノーフォークものを読みたいのですが」と言ってしまいました。
先生ご自身、意欲はお有りなのですが、著作権(翻訳でもそういうのかな?)の関係で、勝手なことはできないのだとおっしゃっていました。
残念。
やはり、神宮さんの翻訳のほうが読みやすいんですね。でも、これまでにも岩田さんの訳のを読んでるのに、今回に限ってこんなに気になったのは不思議です。やっぱトムのせいか……。まあでも、私は今回のお話はいつもとは少し違いますけど、違うものと思えば、これはこれで気に入りました♪