半透明記録

もやもや日記

お知らせ

『ツルバミ』YUKIDOKE vol.2 始めました /【詳しくはこちらからどうぞ!】→→*『ツルバミ』参加者募集のお知らせ(9/13) / *業務連絡用 掲示板をつくりました(9/21)→→ yukidoke_BBS/

『未来世紀ブラジル』

2011年01月30日 | 映像

1985年 イギリス

監督:テリー・ギリアム
出演:ジョナサン・プライス/ロバート・デ・ニーロ/イアン・ホルム/キム・グライスト


《あらすじ》
20世紀のどこかの国。情報局の小官吏サムの慰めはヒーローになった自分が天使のような娘と大空を飛ぶ夢想に耽ることだった。ある日、書類の印字ミスから善良な靴職人が大物テロリストと間違われて処刑されてしまう。後処理のため未亡人のアパートを訪れたサムは、そこで夢の中の娘に出会う……。
『バロン』『12モンキーズ』の奇才テリー・ギリアム監督がイマジネーション溢れる映像で悪夢のような世界を描いたカルト的人気の伝説的作品。


《この一文》
“このほうがいい。
 身ひとつでどこでも行ける。
 書類に縛られるのはまっぴらだ。 ”





まるで狂気の世界。何度観ても凄い映画だ。この気持ちの悪さは何度味わっても慣れることができない。気が、変になりそう……。


《テリー・ギリアム祭り》第3弾というわけで、『Dr.パルナサスの鏡』『バンデットQ』に引き続き、傑作『未来世紀ブラジル』を観てみました。私がこの映画を観るのは多分これが4回目か5回目かと思いますが、何度観ても強烈な印象を与えてくれますね! あー、気が重くて夕飯が喉を通らなそうだよ!(食ったけど!) いかん、葬式の場面のことはもう忘れるんだ…! うぐぐ……ぐぉぉ!

気持ち悪いけど、しかし、やっぱり格好良い映画だなぁ! 薄暗い【情報局】も不気味でいい感じだし、タトル(ロバート・デ・ニーロ)もよく分からんけどイカしてるし、役人が終業時にみなロングコートに帽子を被ってぞろぞろと出て行くところなんかもカッコイイ。そう言えば、いつも思うんですけど、あの【情報局】の人たちが使っている「端末機」はめちゃくちゃ格好良いですよね。ああいうの、欲しいなぁ。ああいうモニターだったら、そしてああいう昔のタイプライターみたいなカタカタしたキーボードだったら、すごくいろいろ捗りそう!…みたいな(気分的に)(気のせいだろうけど)。
ま、しかし、格好良いけど、やはりとても恐ろしく不気味な物語であります。


これはまるで、なかなか目ざめることができない悪夢のような世界です。毒々しいまでに鮮やかに描かれる、そこらじゅうが狂気に満ちた世界。ブラックユーモアの面白さはもちろんありますが、同じようにブラックユーモア連発の『バンデットQ』がファンタスティックで明るい雰囲気なのに比べると、この『ブラジル』のほうはほとんど笑えません。私はとにかく、めちゃくちゃ恐ろしい。怖い。マジで怖い。


主人公のサムは【情報記録局】に勤める小官吏である。彼自身は家柄も良く頭脳も明晰であるにもかかわらず、退屈で平凡なこの【記録局】の仕事に満足していた。ところが、亡くなった父が有力者であったこともあり、サムに対してもやはりその出世を願う母親の手回しによって、知らぬうちに【情報剥奪局】へ昇進することになる。サムはいったんはその昇進を断ったものの、偶然その実在を知った「夢の女」ジルの身元を知る権限を得るために【剥奪局】に転属することに決める。


この物語には恐ろしいところがいくつもありますが、まずはあらゆる物事が書類によって管理されていて、書類に書かれた情報こそが絶対であって事実はそれに合わせてねじ曲げられるのが普通であるということ。書類の印字ミスでテロリストと間違われ、人違いであるかどうかを問われる以前に処罰を受けてしまう暗黒社会。書類さえ整っていればあとは万事オールクリアー。なんか実際にもどっかで聞いたことあるような状況ですが、いやはや恐ろしすぎますね。

また、そういった管理体制に反抗する勢力によるテロが頻発しており、街のあちらこちらで突然に爆発が起こり、被害にあったレストランには怪我人が続出しますが、その脇では一家が何事もなかったかのように食事を続行していたりするという、人々の社会に対する徹底的な無関心がうかがえるのも恐ろしいところです。ここに加えて恐ろしいのは、テロリストの姿がハッキリとは描かれないこと。どうやらそういう勢力が存在するらしいことしか分かりません。で、それに対応する体制側のトップの姿も描かれないところも、さらに恐ろしい。世の中の仕組みが本当はどのようになっているのだかが、極めてアヤフヤ。これまた実際にどっかで聞いたことあるような恐ろしさですね。

さらに、身体の表面的な美しさに異常なまでに執着する一方で、インテリア無視で建物内部を縦横無尽に走る太い配管の存在には無頓着であるような人々の歪んだ美意識なんかも恐ろしくてたまりません。サムのお母さん(とその友達の女性)の整形マニアっぷりは、いつみても、本当に、恐ろしくて恐ろしくて、もうダメって感じです。で、終盤あたりのお葬式のシーンのグロさはもうトラウマものですよ。あー、ここは何度観てもグロイわぁ。うわぁ……今までだってこのシーンを忘れたことはなかったけど、あらためて観ると、うへぇ…ぐわぁ……整形技術が悪だと言うつもりは毛頭ありませんが、なにごとも行き過ぎはよくないということなんでしょうか。

と、上にあげた3つの恐ろしい点については、私は以前から恐ろしいと思っていたのですが、今回久しぶりに見直してみて新たに恐ろしいと感じたのは、主人公のサムの狂いっぷりでしょうか。どうしてだかこれまでは気がつかなかったのですが、よく見ると、この人、かなりおかしいんです。めっちゃ怖い。けど、この「おかしさ」が重要なのかもしれませんね。観客にはサムの挙動が「おかしく」見えると思うのです。特に、夢の女ジルとの出会いの場面なんかではそれが顕著でありました。


サムは、書類の処理ミスによって誤って処刑されてしまった靴職人の家を訪れて、その未亡人に取り過ぎた費用(この世界では罪人は自身で刑罰にかかる諸経費を支払うことに決まっている)を小切手で返却しにいくが、そこで彼はいつも夢のなかで自分に助けを求めている美女の姿を発見する。彼女は靴職人の部屋の上階に住むトラック運転手ジルだった。ジルは、靴職人の逮捕が誤認であることを目撃し、それを役所に訴えようとしており、そのことによって彼女もまた逮捕されようとしていることを知ったサムは、どうにかして彼女を助けようとするが――。


夢で会った女を愛して、それに姿がそっくりな現実の女をも愛する。そして彼女のピンチを救いたくて奮闘するサムですが、やることなすことが裏目に出てしまいます。サムのジルに対する態度は、初対面でいきなり愛を打ち明けたり、被害妄想でトラックを暴走させたりするなど、最初のうちこそ不気味なほどに挙動不審なものですが、物語が進むにつれそれは次第に薄らいでゆきます。これは、サムが官僚的世界の気持ち悪さから脱却しつつあることをあらわしていたのでしょうか。そうかもしれない。今まで気がつかなかったな。

もうひとつ今回気がついたことは、サムの部屋の暖房が壊れて修理を頼んだら、もぐりの修理屋タトル(デ・ニーロ)が現われて違法修理をしてくれるのですが(勝手に修理するのが違法であるところがまた恐ろしい)、正規の修繕サービスの人間は修繕するどころか逆に部屋中をめちゃくちゃにしてしまうところが恐ろしい。そしてこの正規の修繕サービスの二人組は、何やら全身透明なビニールで覆われた作業着を着ている。おやおや、またまた「透明ビニール」だよ……。こないだ観た『バンデットQ』でも、暗黒城の悪魔達はこの透明ビニールで覆われた部屋で作業してるんですよね。なんだか知りませんが、ギリアム作品においては、この「透明ビニール」は悪のイメージらしい。な、なぜ…? どうしてなの??
それから、家事を自動でやってくれるメカに対する嫌悪感も、『バンデットQ』に引続き、ここでもやはりみられました。冒頭で寝過ごしたサムが、自動装置によって用意されているはずのコーヒーとトーストを口にする場面で、不具合があってコーヒーもトーストもいい加減な状態で出されてくるという。『バンデットQ』では、悪魔たちがやたらとハイテク派だったんですよね。あと、テレビのショー番組に対しても批判的な感じ。このへんについては、なんとなく面白いので、いずれもうすこし深く考えてみたいところです。



というように興味深い点はいくつもありますが、何と言ってもこの映画の最大の見所は、やはり「夢」の描写。物語のところどころに、サムの夢が、その現実とリンクする形で何度も挿入され、この夢の描写はとても幻想的で強く印象に残ります。鎧兜に槍を装備した巨大なサムライと戦ったり、地中から生えてくる2本の腕に足を掴まれたりしながらも、檻にとらわれた美女を救おうと、夢のなかのサムは戦います。夢と現実が何度も交差するうちに、どちらが夢で、どちらが現実なのか分からなくなるようです。そして、あの結末。(以下の1段落、ややネタバレ注意)

どちらが夢で、どちらが現実なのか。
この物語の主題は、この「夢」ということでもありましょうが、なかなか目を覚ますことのできない悪夢のような現実を描いた作品であるとすると、サムがその現実のなかで最後に見た「夢」は、閉ざされた悪夢的世界から彼が脱出するための唯一の手段であり、その夢のなかにあって、彼はあるいはようやく救われたとも言えるのでしょうか。どうなんだろうか。そう考えたいけれども、しかし、それにしてもこの後味の悪さよ……。恐ろしすぎるぜ、ほんと。あー、もうダメだ。。。




今のところ観たことのあるテリー・ギリアム作品のなかでは、この『未来世紀ブラジル』が最も素晴らしいというのが私の意見です。気持ち悪いだの恐ろしいだの言いつつも、なんだかんだで何度も観てしまう。そして何度観ても、そのたびごとに発見があり、考えさせられることがあるんですね。こんなに素晴らしい映画なのに、DVDが廃盤になりがちなのは何故なのだろう。おかしいなぁ。ま、私はもう持ってるからいいんだけどさ。この現代社会の抱える歪みに鋭く迫った名作だと思うのだがなぁ。…そのために、かえって世の中に出回らないんだったりして……なんつって。はは、そんな恐ろしいことがあるはずないよね?

ジョージ・オーウェルの小説『1984』との類似を指摘されたりもするらしい本作ですが、実際いくらか『1984』にインスパイアされて作ったと聞いたような気もしますが、私はザミャーチンの『われら』にも似ていると思いましたね。「恩人」とか思い出しちゃうかんじ。あと、あの結末の感じも『われら』っぽい。要するに、ものすごく私の好きな種類の物語で、それが素晴らしい映像になっているというわけですから、私はこの『未来世紀ブラジル』を、たぶんそのうちまた何度か観直すことでしょう。面白い。面白いですよ!



さっき軽く調べたところによると、『バンデットQ』『未来世紀ブラジル』『バロン』は「夢」にまつわる3部作なんだそうです。えっ、じゃあ『バロン』も観なきゃだわ! 大昔にテレビで放送されていたのを観た記憶はおぼろげに(かなりおぼろげに)ありますが、内容はほとんど覚えてないので、近いうちにちゃんと観てみようと思います。結構楽しかった印象があるんだけど、どうだったかなー?