土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

光明寺、法然さん渾身の古刹です。

2019年09月19日 | 京都の古寺巡り





(2019.09.15訪問)




久々に京都西山古道を走っています。西山三山という三名刹が古道沿いに法灯を競っています。光明寺、善峯寺、楊谷寺。今日はそ
の一つ青もみじの光明寺を訪ねます。このお寺「平家物語」で熊谷直実と平敦盛の一騎討ちで有名な熊谷直実の出家譚が絡むお寺で
す。参拝者が少ないオフシーズンの今、緑いっぱいの境内から「青葉の笛」でも聞こえてこないかなァ。




            ▼ここは浄土宗発祥の地。







            [ 光明寺 ]
            ●山号 報国山(ほうこくざん)
            ●院号 念仏三昧院 (ねんぶつざんまいいん)
            ●寺号 光明寺(こうみょうじ)
            ●宗派 西山浄土宗 (せいざんじょうどしゅう)
            ●開山 法然上人 (ほうねんしょうにん)
            ●開基 蓮生法師 (熊谷直実)
            ●開創 建久九年(1198年)
            ●本尊 阿弥陀如来立像
            ▲京都府長岡京市粟生西条ノ内26-1 075-955-0002
            ▲拝観料 境内自由
            ▲拝観時間 9:00~16:00
            ▲http://www.komyo-ji.or.jp/
            ▲阪急京都線長岡天神駅より阪急バス光明寺行10分、光明寺より徒歩5分





▼総門。一間四脚高麗門、切妻造、本瓦葺。天保十六年 (1845年) 建立。







光明寺縁起
宗祖法然上人が43歳の時、日本で最初に念仏の産声を上げられた立教開宗の地であります。法然上人が24歳の時、叡山を降り、こ
の粟生野の里、村役の高橋茂右衛門宅に一夜の宿をお借りになりました。その時、茂右衛門夫婦は、上人の大衆が救われる道を求め
ての旅である事を聞き、「まことの教えを見いだされましたならば、先ず最初に私共にその尊いみ教えをお説き下さいませ」と請願。
承安五年(1175年)3月、浄土宗を開かれた上人は約束の通り、この粟生野の地で初めて念仏の法門を説きました。文治元年(1185年)
熊谷蓮生法師(熊谷次郎直実)が法然上人を訪ね、弟子となり法力房蓮生と名付けられ、数年修行後、吉水を離れ、静かに念仏を称え
られる地を求めて、建久九年(1198年)に、上人ゆかりの地、粟生広谷に寺を建て、法然上人を勧請して入佛落慶法要を営み、開山第
一世と仰ぎ、自らは二世となり、上人から「念仏三昧院」の寺号を頂きました。これが光明寺の発祥です。





▼総門をくぐるとすぐ左に小堂、閻魔堂です。小窓から覗くと……、







▼真っ赤な閻魔さん。







▼閻魔堂の扁額です。







▼本堂目指してレッツゴー!
 総門を入ると道が二手に分かれています。総門の正面から本堂に向かっている坂道が表参道通称「女人坂」です。
 左手の道は秋になると鮮やかな紅葉のトンネルになる通称「もみじ参道」。







▼いい感じの参道石段、緑の最盛期にはグリーントンネル。







            ▼石段上がりきったところに法然上人がいらっしゃいます。
             法然上人誕生八百五十年を記念して昭和五十七年(1982年)建立。

       





▼鐘楼。

 





▼光明寺本堂の御影堂。本尊法然坊源空像(張子の御影)
 堂々の御堂、桁行五間、梁行五間、入母屋造、本瓦葺、総欅造、三間向拝付。宝暦三年 (1753年) 再建。







▼御影堂扁額です。







▼御影堂外陣と内陣の仕切り、内陣へは入れません。







▼内陣須弥壇には本尊のお前立ちだと思いますが定かではありません。

     





▼御影堂。堂前右の松は昭和天皇が皇太子時に光明寺を訪れられ、お手植えになったものです。







▼御影堂隣に阿弥陀堂。このお寺の本尊阿弥陀如来立像が祀られています。
 桁行三間、梁行三間、入母屋造、本瓦葺、総欅造、一間向拝付。寛政十一年 (1799年) 再建。







▼阿弥陀堂正面、全面障子戸です。







▼これでもかと言わんばかりの荘厳がキラキラです。







▼キラキラを通して見る須弥壇。本尊阿弥陀さんと脇侍が見えますネ。

               





▼本尊阿弥陀三尊。像高2m、木造。蓮生さんが琵琶湖堅田の浮御堂から背負って持ち帰ったと云う伝承があるそうです。
 右観音菩薩、左勢至菩薩。

                       




            ▼本尊阿弥陀さんです。立像にありがちな硬さがなく、衣紋の流れや柔らかさは実に自然、
             蓮花にお立ちですがただ足元が見えないのが残念。お身体全体はもっと黄金に輝いています。

           





▼阿弥陀さんのお顔。お顔に比して螺髪が大きく頭部全体がカツラのような印象。若かりし阿弥陀さんかな。







            ▼御影堂裏手に円光大師法然さんの廟がありますが……、







▼実はお参りすることができません、一般は立ち入り禁止になっているんです。







▼テッペンには御廟、納骨堂、勢至堂があります。







            ▼境内には巨木ビャクシンが控えています。樹高15m、樹齢4〜500年、天然記念物。







▼渡り廊下では……、







▼吊燈籠が優雅に揺れています。







▼勅使門。前後唐破風付の四脚門、檜皮葺。







▼書院玄関。書院、方丈は拝観出来ません。







▼玄関から覗いてみました。







▼庫裏です。







▼法然上人袈裟懸松。







▼法然上人火葬跡。
 遺骨は弟子たちがそれぞれ分かち持ったという。1234年法然の弟子源智は、大谷の地に知恩教院大谷寺、後の知恩院を建立
 し、法然の遺骨を廟堂に安置したと伝わります。







▼境内から後山を望むと紺碧の空が広がってました。






それにしてもこのお寺「もみじ寺」として有名らしいですネ。何度か訪ねているのですが、売りのシーズンは訪ねたことがありませ
ん。一つに紅葉期は人人人と人で溢れかえるそうで、どうしても二の足を踏んでしまいます。錦秋紅葉期はもうすぐそこに、相当の
人出覚悟の上で皆さんどうぞ!

光明寺 オ シ マ イ 。

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Jun)
2019-09-23 20:43:46
こんばんは

お寺さんを見学する場合、全部に興味を持てれば良いのですが、私の場合どうしても建造物に目がいって(別に建築に興味がある訳でもないのですが)、仏像を拝見するのを忘れることが多いです。
仏像が内陣にあって格子などでよく見えないお寺さんが多いのも理由になりますが。やはりお近くで拝見したいですね。鶴林寺の観音像みたいに、ガラス越しでも良いから、すぐ目の前でじっくり拝見したいです。
それにしても、見事な須弥壇ですね。光り輝いていますね。職人の仕事の見事なこと! 私は神社メグラーですが、神社にはこう言う光り物が少ないので、お寺さんの繁栄された時代を想像して、さぞや昔は賑やかであったろうと思います。現在は静かに瞑想でもする方が相応しい場所になっていると思いますが。

神社メグラーとして、一昨日は山里にひっそりと鎮座する謎の神社に行ってきました。国の重要文化財指定なのですが、御祭神がどなたなのか謎なのです。一番古い記録は500年前の建築とありますが、実際はもっと古いでしょうね。
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Unknown (hidepon)
2019-09-25 16:10:54
Junさん、こんにちは。
お寺によっては、拝観にオープンなところ、親切なところがあると思えば、
拝観に制約だらけ、また妙に外陣や内陣が広く、須弥壇が奥にあり本尊がほとんど拝見できないお寺等、
いろんなお寺があるもんですネ。
ボクなど常々、仏像はお堂の須弥壇に祀られ間近で拝するものだと理解しているのですが、
宝蔵や収納庫などで見せられることの多いのにも違和感を覚えます。

Junさん、謎の神社の正体判りましたか? 興味津々ですネ。
いつもコメントいただきありがとうございます。
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