(2015.05.16訪問)
さて魅入られたように毎土曜日雨模様の中、比叡山延暦寺へ。
弘法大師空海さんと並び称される伝教大師最澄さん開基の比叡山延暦寺は、比叡山全域を境内とする広大な
寺域のお寺です。先週は高野山、今週は比叡山と両雄が眠る両山は今日も雨、特に今日の雨はシトシトそぼ
降り、ガス状の霧靄が覆っては消える一見森厳な山塊の神秘的景観を呈し、濡れながらも山岳寺院を巡って
いる実感を受けます。
延暦寺へは数度訪ねていますが、東塔地域ばかりで西塔、横川地域は知りません。
よって今日は東塔はパス、大和路号は先ず西塔へ向かっています。
▼参道から見る、あの弁慶が担いだという「にない堂」
[ 比叡山延暦寺 ]
●山号 比叡山(ひえいざん)
●寺号 延暦寺(えんりゃくじ)
●開基 伝教大師最澄(でんきょうだいしさいちょう)
●開創 延暦七年(788年)
●宗派 天台宗総本山(てんだいしゅう)
●本尊 薬師如来立像(秘仏)東塔根本中堂にお祀り
▲入山料 東塔、西塔、横川の三地域共通入山券700円 駐車場無料
▲拝観時間 東塔地区 8:30~16:30 (12月、1月、2月は時間は変わります)
西塔、横川地区 9:00~16:00 (12月、1月、2月は時間は変わります)
▲滋賀県大津市坂本本町4220 Tel.077-578-0001
▲http://www.hieizan.or.jp/
▲1994年「古都京都の文化財」としてユネスコ世界遺産に登録
▲JR「京都駅」からJR湖西線「比叡山坂本駅」江若バス「ケーブル坂本」ケーブル「延暦寺駅」徒歩8分
京阪「三条京阪駅」から京阪京津線「浜大津駅」京阪石山坂本線江若バス「ケーブル坂本」ケーブル「延
暦寺駅」徒歩8分
京阪「出町柳駅」から叡山電鉄「八瀬駅」八瀬ケーブルロープウェイ「比叡山頂」シャトルバス「延暦寺
バスセンター」徒歩0分
▼渡り廊下を挟んで左常行堂、右法華堂。
[比叡山延暦寺縁起] 延暦寺HPより抄出
この山を本格的に開いたのは、伝教大師最澄上人でありました。最澄は延暦七年(788年)薬師如来を本尊とす
る一乗止観院(現在の総本堂、根本中堂)を創建して比叡山を開きました。最澄が開創した比叡山は、日本の
国を鎮め護る寺として朝廷から大きな期待をされ、桓武天皇時代の年号「延暦」を寺号に賜りました。
▼弁慶が担いだにない堂渡り廊下。
法華堂、常行堂という同形二堂が桁行四間、梁間一間、唐破風造の廊下で繋がっています。
▼法華堂(重文)。四種三昧のうち法華三昧を修す普賢菩薩を本尊とするお堂です。
桁行五間、梁間五間、宝形造、栩葺、正面一間向拝付。文禄四年(1595年)建立。
▼常行堂(重文)。四種三昧のうち常行三昧を修す阿弥陀如来を本尊とするお堂です。
桁行五間、梁間五間、宝形造、栩葺、正面一間向拝付。文禄四年(1595年)建立。
▼釈迦堂への参道をふと振り返るとにない堂の渡り廊下が見てる間にガスに包まれてゆきます。
▼釈迦堂参道石段。
▼参道を下る途中左に恵亮堂。
▼恵亮堂。大楽大師恵亮を祀っています。
恵亮は平安前期の天台宗僧で大楽大師と呼ばれたそう。円仁から三部大法の灌頂を受け、清和天皇を護持。
清和天皇(惟仁親王)が惟喬親王と立太子を争った時大いに清和天皇を護持、洛東の妙法院で亡くなる。
▼円戒国師寿塔。
近江国坂本西教寺を再興、天台真盛宗の開祖真盛の生前塔。
▼釈迦堂が見えてきました。相当ガスってるようです。
▼釈迦堂(重文)。本尊釈迦如来。西塔の本堂、転法輪堂、西塔中堂とも呼ばれる。
内陣は一段低い土間、土間中央に宮殿があり、本尊を安置する。根本中堂と同じ形式。
桁行七間、梁間八間、単層入母屋造、栩葺形銅板葺瓦棒付。
承和元年(834年)二代座主円澄が創建、延暦寺最古建物。
元亀二年(1571年)の織田信長の焼き討ちにより焼失、文禄四年(1595年)豊臣秀吉の命により三井寺園城寺
の弥勒堂を移築。
▼樹々を通して釈迦堂を見ると…。
▼釈迦堂外陣。右側が内陣。「内陣に向かって写真は駄目ですよ」と念を押されました。
▼ますますガスが降りて来ました。
▼釈迦堂前庭に坊主頭の作務衣集団が何やら説明を聞いています。
▼坊主頭の集団は左側通行で整然とにない堂へ向かって行きます。
集団は仏教大学の学生諸君でありました。研修に来てるそうです。
▼釈迦堂前の杉の大木。
▼手水舎。
▼一瞬の静寂。
▼鐘楼もガスに包まれています。
▼十二脚の堂々の鐘楼。にもかかわらずいささか可愛い梵鐘が。
▼研修修行道場の近くに若山牧水の歌碑。
比叡山の 古りぬる寺の 木がくれの 庭の筧を 聞きつつ眠る
▼釈迦堂の左奥からのぼり参道が付いています。
▼相輪橖へ続く参道。
▼途中2mはあるでしょうか十一面観音石仏がポツンと。
▼若々しいお顔、笑みが漏れているようですネ。
▼なおも参道が続きます。
▼道しるべが立つ辻に出ました。左の路を辿ります。
▼ガスに包まれる相輪橖(そうりんとう)(重文)。
多宝塔の相輪部を立てた塔。
塔高10.70m、青銅製、法華経、大日経を納めてるそうです。
先ほどの辻に戻り、真ん中の杣道を行くと。
▼これまた小さなお社がポツンと、六所社です。
もう一度辻に戻り右の杣道を行くと行き止まりの小さな平地に、
▼弥勒石仏。
信長の比叡山焼き討ちによる損傷で相当酷いことになっています。
像高205cm、比叡山石仏で最古、鎌倉時代初期。
それでは拝観受付まで戻り比叡山一の聖域、最澄さんご廟浄土院へ参りましょう。
浄土院は東塔地域に属するそうですが。
▼拝観受付前の参道を下ったところに椿堂。
本尊十一面千手観音菩薩。桁行三間、梁間三間、宝形造、銅板葺、一間向拝付。常坐三昧(坐禅)道場とし
て使用。
▼お堂前に小さな鐘楼。
▼細い路を行くとやがて聖域への参道に。
▼参道中途に蹲踞、孟宗の水口から聖水が、早速清めさせていただきました。
▼聖域浄土院の門前です。境内へはここからは入れません。
▼立派なお堂、浄土院拝殿。
▼お堂前面。
▼お堂扁額。
▼法華経石塔。
▼弘仁十三年(822年)入寂した伝教大師最澄さんが、深閑とした清浄の中に埋葬されたご廟。
▼ご廟には「伝教」の文字が。
▼延暦寺西塔地域のお参りはここまで。この参道石段を上り大和路号が待つ駐車場へ。
▼釈迦堂のご朱印です。
延暦寺祖の静かな祈りの聖域に立ち、一瞬とは云え敬虔な気をいただいて、次の訪問は延暦寺中興の祖、
良源さんが眠る横川地域を目指します。
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