徒然地獄編集日記OVER DRIVE

起こることはすべて起こる。/ただし、かならずしも発生順に起こるとは限らない。(ダグラス・アダムス『ほとんど無害』)

第15節 札幌戦/元天才サッカー少年の町

2021-05-24 14:07:00 | SHIMIZU S-Pulse/清水エスパルス

<過ぎてしまった試合はどんな意味を持っているのか。悔いるためのものなのか、落ち込むためのものなのか。全て成長していくためのものだと思うし、そうしていかないといけない。 (片山瑛一 0523)

<たくさんのエラーを起こしているので、それを認めて、受け入れて、なんとしても成長する以外にないと思います。> (ミゲル・アンヘル・ロティーナ 0522)

<鹿島戦の負け方は自分たちが怖がっていて、プレーすることに対して恐怖を感じていたシーンがいくつかあった。まず自分たちからしっかり仕掛けて、自分たちの出せるものをしっかり出した上で結果を受け入れる。それができれば負けることがないだろうと話しました。そう信じていた>(マッシモ・フィッカデンティ 0515)

昨日、Instagramに投稿された片山のコメント、一昨日、為す術もなく敗れた札幌戦後のロティーナのコメント、そして先週、内容的にも格的にもゲームプラン的にも完勝した清水戦の後のフィッカデンティ監督(名古屋)のコメント。言っていることは大体同じである。現状を受け入れて、全力でトライし、成長し続けろということだろう。

清水というクラブは長い間ポテンシャルで語られてきた。あのオシムでさえ、健太時代に対戦した時に「清水には良い若い選手がいる、それをコンセプトとして示す事は良い事」というようなことをコメントしていた。もちろんサポーターもそれを良しとしてきた。結果を残し続けるユース、ジュニアユースも含め、清水というクラブには確かなポテンシャルがあるのだから、そこには希望があり、クラブには未来があるだろうと。

清水・静岡は天才サッカー少年が育まれる町で、天才サッカー少年が集まってくる町でもあるのだが、しかしJリーグというプロサッカーリーグは天才サッカー少年たちが集まったリーグで元天才サッカー少年というだけでは生き残れない世界である。毎年のように残留争いに巻き込まれる、史上に残る大量失点を繰り返すうちに清水は小さくまとまったクラブになってしまっていた。

天才サッカー少年は競争し、成長し続けてプロサッカープレーヤーとして生き残らなければならない。

しかし清水は放っておいてもそもそも天才サッカー少年の町なのだから、実に愛情溢れる生温い土地柄ではある。2015年に降格した時、つくづく思ったのは「周囲の大人が悪い」だった。愛情(愛憎)とサッカーをする環境はたっぷりとあるのだが、それは競争し、成長する環境にはなかなかつながらない。札幌戦の後に何人かの清水サポーターが、「彼らも染まってしまった」とツイートしていた。清水を変化させるために加入したのに、清水に染まってしまったというわけだ。これには笑った(笑えない)。

シーズン前の大型補強は単に「補強」というよりもクラブが本気で競争する環境を整えているという印象を強く持ったし、その方向性は間違っていないと思っている。とりあえず今バトンはプレーヤーに渡されているのだから、全力で競走して欲しいと思う。そうでなければロティーナの責任なんて問えるわけがない。元天才サッカー少年で終わるなよ、ということである。

まだまだこれからです。