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失敗の本質

2011-08-24 06:47:32 | その他

 「失敗の本質」

戦争や歴史に関する本が好きなこともあり、購入したり、図書館で借りたりして読んでいる。
中でも、「失敗の本質」は、米軍の組織行動と日本軍の組織行動とを比較しながら、旧日本軍組織敗戦の本質を分析し纏めた良書である。何時読んでも分析力には感心する。

だいぶ前の事だが、原発事故を発生させた東電組織を旧日本軍組織に照らし合わせて、池田信夫さんが実に分かり易くブログに解説していたものを思い出した。
『本書は防衛大の教官と野中郁次郎氏が日本軍の組織としての欠陥を分析した、戦略論の古典である。
 その特徴を戦争と今回の原発事故を対比して紹介すると、

 1.「戦力の逐次投入」:戦略目的が曖昧なため戦線の優先順位が決まらず、兵力を小出しにして全滅する。
   ・・・最初から海水を注入すれば炉内の圧力上昇を防げたかもしれないのに、1日遅れでベントを始め、水素爆発してから海水注入を始める。

 2.「短期決戦のスタンドプレーを好む指揮官」:太平洋戦争は「敵を一撃でたたけば戦意喪失して降伏する」という主観的な見通しで開戦した。
   ・・・原発事故の起きた翌日に首相が発電所に乗り込んで、ベントが6時間遅れた。

 3.「補給を無視した人海戦術」:太平洋戦争の「戦死者」300万人のほぼ半分が餓死だった。
   ・・・原発の作業員は1日2食の簡易食糧で水もろくに飲めず、夜は雑魚寝。

 4.「縦割りで属人的な組織」:子飼いの部下ばかり集めて意思決定がタコツボ化し、「空気」が支配するため、総指揮官の暴走を止められない。
   ・・・「統合連絡本部」をつくるまで4日もかかり、各省ごとに対策本部が6つも乱立。東電にどなり込む首相を誰も止められない。

 5.「情報の軽視」:第二次大戦で使われた日本軍の暗号は、ほとんど米軍に解読されていた。
   ・・・東電と保安院と官房長官がバラバラに記者会見して一貫性のない情報を流し、首相の演説にはまったく中身がない。

 6.「大和魂偏重でバランスを欠いた作戦」:インパールのように客観的に不可能な作戦を「勇敢」な将校が主張すると、上司が引っ張られて戦力を消耗する。
   ・・・使用ずみ核燃料にヘリコプターで放水する無駄な作戦を「何でもいいからやれ」と官邸が命令し、かえって国民を不安にする。

  残念ながら、民主党政権は日本軍の劣悪な「遺伝子」を受け継いでいるようにみえる。
  類似は他にもあるが、きりがないので有名な言葉で結論としよう:
 「戦術の失敗は戦闘で補うことはできず、戦略の失敗は戦術で補うことはできない」(p.291)』

東電は国が決めた原発設計基準を順守していると報道されており、それが正しければ東電には落ち度は無い。
だが一方、報道されている内容からすると、国家基準そのものにも曖昧さがあったようだ。そして、三陸海岸の貞観地震等をふくめ数度に及ぶ地震発生は事実として存在しているので、東電の設定した設計基準値は低く、責任を問われて当然だと思う。機械物である限り、原発の事故発生は予想されることなので、どれだけを予測値として設定し対応しておくかである。東電の事故調査・検証委員長である失敗学の権威者畑村先生が、どのような調査結論を出すのか注視している。

「失敗の本質」では、各戦闘敗退の理由として物量の乏しさや技術的に立ち遅れていたという日本軍の特色もあるが、日本軍の戦略策定における原則的な考え方や組織上の問題点等が一番の問題だったと分析している。そして、この本で指摘された項目は、何も東電に限定された欠陥ではなく、殆どの現在の日本企業にもあてはまる傾向のようだ。

欧米諸国が領土や植民地獲得に血眼になって戦争を繰り返す中で経済を発展させ機械を工夫していた時代に、日本は江戸時代の鎖国政策の延長上にあって、貧しくとも平和で文化的な生活を営んでいた。この文化を形成する環境の違いが基本的に両者にはあり、そのマインドは現在までも継続している。

「失敗の本質」でも指摘されていることであるが、米軍は戦争を通じて合理的に勝利する方法を学び(例えばタスクフォースは真珠湾奇襲から米軍が考案した)、能力主義に徹した人事等を採用したのに比べ、日本軍は情緒的な判断やその場の空気をどちらかと言えば優先したとある。そして、日本軍の組織行動は現在の企業行動と何ら変わることはなく継続されている。例えば、サラリーマンにとって最重要関心事である人事が、実際は好き嫌いを優先して決められている企業が多いのも事実であることなど、宋文洲がツイッターの中で指摘した「企業の人事も同じだが、好き嫌いを我慢して事で評価しないと猿と同じ」となってくる。

もうひとつ、「失敗の本質」で指摘された、クラウゼヴィッツ『戦争論』の「目的はパり、目標はフランス軍」は、我々が非常に陥りやすい事象でもある。つまり「目的」は、「敵国首都パリ=敵中枢の占領」であり、それを達成するための「目標」は、「前面にいる敵フランス軍の殲滅」ということである。時々、「あまりにも目標達成に拘るばかりに、目標が目的になってしまう事」があったり、「真なる目的がないのに、標語として定められた目標だけが一人歩きする事」がある。

企業の中には「業界No1の技術力」を目指し鼓舞するところを見かける場合がある。
業界No.1に拘るばかり、「業界No.1」が目的となってしまい、業界No.1になるために回収出来ないほどの資金を投入して体力を消耗させる事態に陥り易い。

もっと細かい事例として、戦闘と対比して考えられる二輪や自動車のレースに例えてみよう。
本来最高クラス選手権に勝つ事が目的で、そのために下位の選手権参戦によってマシン開発することが目標であったものが、下位選手権に勝つことに集中してしまい、最高クラス選手権規則とはかけ離れたマシン開発に修正されることがある。あるいは、ライダーを優勝させるレース参戦かマシン開発を優先させる参戦かがよく分からないままにレース参戦するなどは目的と目標が混在化した「二重の目的」であり、「目的はパり、目標はフランス軍」を逸脱した拙い戦略で、気がつかないうちに往々にして陥り易い。

日本軍が多分に情緒や空気が支配する雰囲気の中で結論じみた事に陥っていた事について言えば、例えばチャンピオンになった選手やそれに近いが勝てなくなった選手の処遇がある。チャンピオンになった選手を優遇する事に議論を挟むことはないが、優遇することを優先することでチャンピンを逃してしまう遇を犯し易い。欧米のチームであれば、勝てなくなった選手を交代させる事は極めて合理的な判断だが、日本人だと情緒を優先し周りもそれに呼応してしまう。レースも一つの戦闘であるから、勝つことに冷徹に、あくまで合理的な判断を優先すべきで情緒的思考を考慮すべきではない。

もう一点、「失敗の本質」の中で指摘された「ゼロ戦」、「ゼロ戦」の戦闘能力は世界最強水準であることに疑いはない。「失敗の本質」では、「ゼロ戦」は日本の技術陣の独創というよりか、それまでに開発された固有技術を極限まで追求することによって生まれたイノベーションであると分析され評価されている。

この分析は、戦時中に纏められた冨塚清著の「航空発動機」にも通じ、「制空権獲得という国家の生存目的に追求がある以上、最大の目的は「必勝」の追求である。具体的にいえば、公知の性能工夫の向上を図り、質を落とすことなく多量に生産すること。 従って、新規の発明・考案の採用は十分なる実証による確認を得ずに採用すべきでは無い」とある。

この事象は、レースマシンの開発にも通じ、レースに勝利するためと称して新規の発明や考案を優先して走ることを諫めている。

その「ゼロ戦」も、量産体制で生み出された米軍の「ヘルキャット」の二機編成に、多大な資金を投入して育成したパイロットと機体を消耗させてしまった。戦争は消耗戦であるので、大きな経済的バックアップ(資金力)がないと全面戦争(全面競争)などすべきではない。

更に加えるなら、技術には兵器体系というハードウェアのみならず、組織が蓄積した知識・技能等のソフトウェアの体系の構築が必要と指摘している。組織の知識・技能は、軍事組織でいえば、組織が蓄積してきた戦闘に関するノウハウと言っても良い。組織としての行動は個人間の相互作用から生まれてくるとある。

この指摘から言えば、戦いのなかで蓄積された人的・物的な知識・技能の伝承が最も必要なレース運営組織は経験的に企業グループ内で実質運営されるべきであり、レース運営を外部団体に委託すること等は組織技術ソフトウェアの蓄積から言えば絶対に避けるべき事であろう。往々にして、マシンの開発まではするが、実際の戦いの場であるレース運営を外部委託し、勝てない理由を相互に非難する事例を雑誌等でよく見受ける。
 
考えてみると、真珠湾や東南アジアの首都や石油を抑えても、東南アジアはアメリカの首都ではないから致命傷にはならない。資金力に優り物量を豊富に繰り出すアメリカが反転に転じ日本本土を空襲する時点で、日本の負けが確認できた。日本軍の失敗の本質は、人口で二倍、生産力では数十倍という英米に、全面戦争を挑んだことが全てで、他のいかなる理由も枝葉末節にすぎないと、結論として思える。

日露戦争では、日本はロシアの首都を攻撃すること無しに勝利したが、明石源一郎や高橋是清の工作が功を奏した事や国際世論を日本に味方させた事等も重なり、ロシアの戦意を挫折させたことが主因だと考えられている。日露戦争の勝因を読むと太平洋戦争時における旧日本軍の劣化は否めない。
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