雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

誕生日プレゼント

2015-03-03 07:20:44 | 発想$感想

 

☆昨日は82歳の誕生日だったのだが、朝一番に Facebook にこんなノートをアップすることでスタートした。

https://www.facebook.com/notes/%E5%8F%A4%E8%B0%B7%E9%8C%AC%E5%A4%AA%E9%83%8E/%EF%BC%98%EF%BC%92%E6%AD%B3%E3%81%AE%E8%AA%95%E7%94%9F%E6%97%A5%E3%82%92%E8%BF%8E%E3%81%88%E3%81%A6/956681067675861?pnref=lhc

 

 

 直ぐ、多田憲正さんからのお祝いのメッセージが届いたのだが、次々に『誕生日おめでとう』のメッセージが続いて、タイムラインには200を超す、メッセージを頂いて、どうしていいのか?

本当にビックリして、為す術もなく、ただただ観ていただけだった。

 

本当に皆様、有難うございました。

みなさまの暖かい、励ましの言葉に力を得て、82歳のこの一年も精いっぱい頑張って生きたいと思います。

 

 

★昨日の誕生日の1日は、午前中は買いものに行った。

誕生日祝いに、家内が靴を買ってくれた。

 

  

 

 最近は、靴と言ってももっぱら、運動靴である。

運動靴が、軽いし歩きやすいし、大体今行くところは、運動靴でも大丈夫なところばかりである。

この写真の右に写っている靴は、2年ほど前アメリカで買ったものだが、ちょっと底が傷んできたので、この際新しいものを買うことにした。

今日買えば、誕生日ということで10%値引きだというのである。

同じレベルのアシックスの運動靴を買って貰った。

 

82才にもなると、ホントに買うモノが無くなってしまうのである

かっては、靴でも時計でも、ちょっといいものをという気があったのだが、今はそんなものよりは、毎日気軽なもののほうがいい。

あまりいい時計などしていると、どうも合わなくて、2000円前後のモノを買ってそれを使っている。

いい時計も、あるにはあるのだが、殆ど使わないものだから、電池が切れてしまったりしている。

 

    

 

この靴で、また2年ぐらいは大丈夫だろうと思っている。

 

 

 

 もう一つ、先週から水泳を復活したので、プールにに行く時の小銭と サービスカードが入るような小銭入れのちょっと大きめのモノを探して買ってくれた。

こんな小銭入れは、普通では大き過ぎるのだろう。

一つだけ残っていて値下げにもなっていて、一応は皮なのだが、600円だった。

 

大した、バースデープレゼントでもないのだが、今の生活では、これくらいが一番欲しいものだし、ちょうど手ごろなのである。

値段は、ともかく結構満足しているのである

 

  

★午後からは、勤めをを辞めて自由になった 1999年6月からの日記をひっくり返して、それ以降の毎日をチェックすることを、始めた。

それからの15年間、一番身近なのだが、一番記憶が頼りないのである

旧いことは案外確りと覚えているのだが、最近のことが解らないのは、年寄りの常である。

認知症予防のためにも、確りと思い出してみたいと思っている。

昨日の内に2000年までの1年半ほどが纏った。

 

そのうちに、自分のために、記録に残しておきたいので、このブログにも書きとどめておくことにしたいと思っている。

82歳の第1日目は、そんなことからスタートした

 

 

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82歳の誕生日を迎えて

2015-03-02 06:03:54 | 発想$感想

3月2日、誕生日である。

82歳になる

自分がこんなに永く生きるとは決して思っていなかった。

なのに今現実に生きている。

そして、不思議なくらい、今は健康なのである。 

然し、もう10年はともかく、20年は生きられないのかなとも思う。

だから、1年、1年大事に生きたいと思っている。

 

1933年(昭和8年)に生を受けて、1937年まで、子どもから成長して学生生活を終えた24年間

1957年(昭和32年)から会社生活を終えた1999、5月末までの42年間のサラリーマン生活

●そして2015年を迎えている15年間の退職後の自由な生活。

人生この3つの期間に分けられるのだが、一番最後の退職後の自由な生活が一番オモシロそうである。

 

考えてみると学生生活、とサラリーマン生活はある意味単純だったのかも知れない。

確かにいろんなことがあったのかも知れぬが、

結婚して子どもが出来て、家を建てて そのローンを返して、一番金が欲しい時は金がなくて、子どもたちが就職して、金が要らぬようになってから、幾らか貯金も出来てという、世の中の人たちとあまり変わらぬ人生だったようにも思う。

カワサキの二輪関連の事業に運よく巡り合ったので、普通一般の勤め人の人たちとは違った自由なサラリーマン生活ではあったとは言えるのだが・・・・

それに比べて、2000年代に入ってからの15年間は、

一言で言うと『これは自分のやりたいことをやりたいように生きてきた』と言えるだろう。

 

健康であったというより、健康になったし、間違いなく今の方が15年前より体力があるように思う。

15年前は、足腰が痛くて整形外科に通っていた。その医者に勧められて、ストレッチをやりかけて、もう10年以上になる。

この15年風邪を引いたこともない。柔軟性は物ごころついてから、今が一番柔らかい。

今年になって相撲取りと同じように『また割り』が出来るようになった。

 

やりたいことがやれている

バラの栽培も、やり始めて10年以上になる。 バラは1年中やることがあるのがいい。

 

 

子どもの頃から好きだった魚たち、とりわけ鯉を飼うことも出来た

残念ながらコイヘルペスに罹って全滅してしまったが、結構楽しむことが出来た。

 

 

小旅行にも行けたし、娘がアメリカにいるお陰で、会社にいたころとは違うアメリカも経験できた。

NPO The Good Times という考えもしなかったNPO法人を創って、Good Times を追っかけている。

 

●こんなことが出来てるベースは、インターネットに出会ったからである

現役の頃は、一切パソコンなど触っていない。

お陰さまで、ブログも、ツイッターも、Facebookも、パンダ碁も、毎日楽しんでいる。

 

★今年になって、 地域活性化を目標に、NPO The Good Times の特別プロジェクトとして、燦々SunSun を立ちあげた。

    http://www.thegoodtimes.jp/sunsun/

このプロジェクトのお陰で、今まで出会わなかった人たちとお会いする機会が増えた。

82歳を迎えて、これからはこんな新しい世界の方たちとの交流に、新しい刺激を頂きたいと思っている。

 

Furuya. Let the Good Times roll !     

古谷に出会う人たちがグッドタイムになるようなそんな生き方が出来ればいいな と思っている

 

 

★それともう一つ、

1999年6月1日から始まった、新しい自由な生活の出来事を、15年間振り返って、纏めてみたい。

昔のことは年次も含めて、覚えているのに、ごく最近のことは、整理をしないと、ごちゃごちゃになってしまうのである。

そんな整理作業でもやれば、幾らかでも認知症の予防にもなるかも知れないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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神戸ベンチャー研究会 2月例会

2015-03-01 06:57:21 | 発想$感想

 

★昨日は神戸ベンチャー研究会、2月例会だった。

昨秋10月から、ずっと出席させて頂いている。

この研究会を主宰されている関西国際大学の松本茂樹先生に、地域活性化プロジェクトの燦々SunSunの世話人代表をお願いしていることもあり、またこの会のメンバー達が現実に沢山 燦々SunSunにご参加頂いて、非常に密接な関係になりつつある。

http://www.thegoodtimes.jp/sunsun/

そんなこともあって、今月からは、正式に神戸ベンチャー協会の会員に入会させて頂くことにした。

 

 2月例会は、毎年恒例になっている兵庫県立大学付属高校の3年生によるスクールカンパニープロジェクトの株主総会

 これは公益社団法人ジュニア・アチーブメント日本が提供するステューデント・カンパニー・プログラムを「経営学演習」という正課の授業に導入され9年目になっている。ジュニア・アチーブメントは1919 年にアメリカで始まり、世界 123 カ国に広がっているのだが、日本では 10 校、兵庫県では唯一の実施校なのである。

  

第2部は、1月例会でも少しご紹介いただいた3Dフィギュアの紹介が行われた。

    

 

 

★ この 3Dフィギュア の話は、まさにベンチャービジネスで、4人の若いグループで取り組んでおられるようである。

 

  

 

そのメンバーの一人、吉本圭一さんは、マーケッテング担当をなさっていて、Facebook でこのように書かれている。

 

神戸ベンチャー研究会でこれから立ち上げるビジネスについて、1時間お時間を頂き、喋らせて頂くチャンスを頂きました。

会社設立前に人前でお話しさせて頂くチャンスはこれが最後かも。

資料の目処は立ったし、残すは明日朝の打ち合わせのみ。...  「想い出におくゆきを」をアイコトバにがんばります。

ちなみにこんなサービス始めます。

https://faavo.jp/hyogo/project/502

面白いと感じて頂ければシェアして頂けたらありがたいな〜、って思ってます。

 

 

 ちょっと興味関心のある方は、 https://faavo.jp/hyogo/project/502

このリンクをクリックされて、ちょっと覗いてみるといい。

 

オモシロそうなので、NPO The Good Times にお誘いをした。

新しいビジネスを立ちあげるのに必須の情報発信の分野で、お手伝いでもしてみようかと思ったからである。

Facebookでは、早速トモダチになったので、今後どのように取り組むべきなのか?  ちょっと考えてみたい。

 

    

 

神戸ベンチャー研究会、 発表もなかなかいいのだが、 あとの懇親会も、それ以上にいい。

いろんな人たちとの出会いがあり、さらに前を向いて歩こうという気持ちになる。

 

 

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ブログのアクセス解析

2015-03-01 06:35:33 | 発想$感想

★今週二人の女性に、ブログを勧めたらお二人とも直ぐ始められた。

 

一つは  しもじも日記  http://blog.goo.ne.jp/hayatakayuhi

 

  

 

『しもじも日記』 と謙遜されてるのかと思ったら、 『夢は社長になって東証一部上場です』 ときた。

これはつい先日、私のブログで 藤本喜子さんとお会いして1ヶ月 とアップしたその藤本喜子さんなのである。

 

非常に立派な中身で、ちゃんと写真も使えている。

でも、未だこのブログを覗いた人は、当然ながら、あまりいないのかもしれない。

これは、全て私のブログ ばかりである。

 

  

 

 

 

★ もう一つは  とのさま日記なるもの  http://blog.goo.ne.jp/mikisanro-do0501

 

  

 

『とのさま日記なるもの』 は、殿界寿子さんなる女性が書いている。

  殿界 という名字から多分 とのさま日記 命名したのだろう。

 ビックリしたのは、そのアップした数である。

  http://blog.goo.ne.jp/mikisanro-do0501/arcv

 

 

★ このお二人の女性は、『地域活性化の街づくり』を一緒に取り組もうとしている 燦々SunSun の仲間たちなのである。

お二人とも積極的だし、多分ブログの 情報発信も間違いなくお役に立つだろうと思って薦めたのだが、

そのブログを Goo にした理由は、 Goo のアクセス解析 が他のブログに比較して圧倒的にいいからなのである。

    http://blog.goo.ne.jp/admin/showanalyze/5b

 

以下にあるように非常に詳細でオモシロく、私のマーケッテングマインドを充分満足させてくれるからなのである。

 

  

 

 毎日何人がアクセスして、何ページぐらいを見ているのか?

閲覧数が一番多かったのはなどなど、右の分析がそれぞれまた分析されている。

 

 

 ブログを直接観に来られる人たちもいるが、ツイッターや、Google や Facebook からもいっぱい訪れている。

そのほかにも、ご覧の通りいろんなところからやってくる。

 

 

 

  これは当然、その日にアップしたブログの読者が多いのだが、何年も前のブログもまた読まれているのである。

 

 

  これは毎日変わるが、検索ワード でネットの検索から訪れる人が多い。

この日の検索ワードのトップは、樋渡啓祐さんの樋渡社中 で 樋渡社中 雑感日記 と逆に検索してみると、

https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#q=%E6%A8%8B%E6%B8%A1%E7%A4%BE%E4%B8%AD+%E9%9B%91%E6%84%9F%E6%97%A5%E8%A8%98

こんな風に並んだりする。

 

 

 

 

  この二つは時間帯である。24時間誰かがアクセスされているし、突出している時間は、ツイッターで流した時の反応である。

 

こんな詳細な分析を毎朝視るのが楽しみである。

大体、こんな感じだが、アクセス数を増やそうとするなら、1日の更新回数を増やすのが一番効果がある

そう言う意味では、

『とのさま日記なるもの』の あの更新回数は、多分多くのアクセスが記録されると思って期待しているのである。

 

 

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三木市民プールと 三木

2015-02-27 19:46:59 | みっきぃふるさとふれあい公園

★今日はホントに何年振りかで、三木市民プ―ルに泳ぎに行った。

Facebook にそのことをアップしたら、沢山の『いいね』と コメントを頂いた。

 

 

 

   

 

  こんなコメントがいっぱいである。

 

  

 

 このプールは本当に気持ちがいい。

少なくとも私が知っている日本のプールで、ここに優るところを知らない。

私は当時のことをよく知らないのだが、 

加古市長の時には、三木市のイメージが一変するような、素晴らしい建物などがいっぱい出来たようである

そんな時代だったかも知れないが、このプールもその一つだろう。

 

  

 

こんな廣い綺麗な庭園付きで、夏になれば水着のまま散策も出来る。

 

 

 

★プールに限らず、私がネットにアップした数々の、三木の写真、ちょっとだけご紹介してみよう。

 

 

 

これも加古市長の時に創られた三木市役所である。 

その前の市役所を知っているので、よくまあこうも思いきったものだと思う。

毎年の三木金物祭りはここで行われる。

 

  

 

 三木の特徴はその広さだろう。 豊かな広大な自然の中に街がある。 

かすかに見えるのは淡路島、てっとらしきものは、明石海峡大橋の支柱である。

そして当然のことながら広大な土地を走る道は綺麗である。

 

  

 

   

 

 この道の右側に、私の住む街、緑が丘がある。

 

  

 

 いま、この街の活性化を 燦々SunSun で  http://www.thegoodtimes.jp/sunsun/

みんなでやろうと、スタートした。

 

 

 

これはホースランドパーク

 

 

 

こちらは三木総合防災公園  どの公園もゴルフ場が幾つも入るほど広い。

 

      

 

こちらは、三木森林公園と 細川の自然公園

これらの写真、その殆どが私がネットに発信したものである

そう言う意味では、間違いなく『三木のイメージの高質化』 には幾らか貢献していると言えるだろう。

 

 

★そんな三木市で、一番残念なことは、 歴史的な遺産でもあった 三木鉄道 を失くしてしまったことである。

現在の市長 薮本吉秀 さんの間違った判断であったことは明らかである

 

   

 

 100年前に創られた、その姿のまま、残っていたこんな遺産 のような鉄道が

 

       

 

 今はこんな無残な 姿をさらしている

 もう二度と昔の姿には戻らないのである。

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ホリエモンの発想と私

2015-02-26 16:14:09 | 私の生き方、考え方&意見

 ★ ホリエモン、大好きである

以下は、Facebook にアップしたものそのままである。

 

ホリエモンは、最初の出始めのころから大好きです。

『言われてること』 全く共感です私はその通りに生きています

私の周りには異種、異質の天才みたいな人がいっぱいです。

NPO The Good Times は、それを『仕組み』で完成しているのです。
http://www.thegoodtimes.jp/


自分に足りないところは、いろんな人の協力を得たら大丈夫です。...

81歳でも、部下などいなくても、お金などなくても、権限も職位などなくても、『自分のやりたいこと』結構今でも出来ています。
『共感ネットワーキング』の賜物なのです。

 
 
 
 
 
★ホリエモンが、世間からボロかすに云われてた時期も、ずっと彼を好きだった。
 
好きを通りこして』 株など一度も買ったことがナイのに、『ライブドアの株』だけは買ったら、どんどん上がるものだから喜んでいたら、
一気に暴落して、私にすれば、大金を損したが、それも記念にと1株も売らずに持ったままにしている。
 
彼のファンになった理由は、発想がユニークで、マーケッテングが解って、いろんな意味で『潔い』からである。
 
その発想は、似通ってる部分が 『大あり』 なのである。
 
 
『自分にない能力は努力して身につけるな』
 
これは、まさに私が一途に貫いてきた生き方である。 
 
 
不得意の分野など、一生懸命勉強してみても無駄だと思っていた。 
 
でも、不得意の分野がまたいっぱいあって、 技術関係は解らないし、文系でも法律などの専門分野がまたイヤなのである。
 
そんな専門家の分野は、専門家に任せばいい。 幾ら頑張ってみても、なかなか専門家にはなれないのである。
 
 
 
然し、自分がちょっとやりたいことは、 そこそこのレベルまでは、努力しないと、『気がすまないのである
 
具体的に言うと、ゴルフは、ハンデー10 になるまでは無茶苦茶練習した。42歳でゴルフを始めたが、1年半ぐらいで10になった。
 
ハンデー10  になるとそれ以上、公式の資格などは決して追っかけたりはしないのである。 
シングルになってみても、2や3にはならないだろうし、そんなこと目標にしたら、しんどいだけだと思ってしまうのである。
 
だから、私の人生の生き方はすべて、ハンデー10 の生き方 だと言っていい
 
世の中一般に資格を欲しがるのだが、 どうも資格がイヤなのである。
 
碁は初段を取れと、ダンスも教師の免許をと言われて、そこで止めてしまった。
 
そこそこの実力さえあれば、資格など、或いは職位など拘らない方が、オモシロく 生きれるはずである。
 
 
 
★そんな風に、人生を生きたので、結構楽しくオモシロく生きることが出来た。
 
あと3日ほどで82歳だが、 満足出来る人生だったと思っている。
 
一番欲しかった 『職名 相談役』  を頂いて今大満足なのである。
 
社長、会長、理事長、顧問 など世の中に捨てるほどいるし、一応は呼ばれたりもしたが、 なかなか 相談役 とは呼んで貰えないのである。
 
 
ホリエモンが言うように、自分の能力のないところは、人に援けて貰って、自分の得意な分野を確りやった結果だと思っている。
 
自分の得意な分野 = 単純なことを毎日続けて積み上げていくことなら、絶対に負けない自信がある。
 
小さなことがちゃんと出来ない人に、大きなことなどホントは出来ないのでは、と思ったりしている。
 
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神話の世界

2015-02-26 07:30:59 | 発想$感想

 ★ Facebook にこんな記事が載っていた。

こんなに詳しくは習わなかったが、小学校の頃、習った日本の神話の歴史である。

当時確か昭和15年は紀元2600年の記念すべき節目の年で盛大なお祝い行事もあったように思う。

 

史実として正しいかどうかは別にして、

このような神話の世界が語り継がれてきたことは事実なのである。

それを日本の独特の神話の世界として、伝えたりすることがなぜイケナイのか?

日本人の心 日本人の美しい生き方、日本人の発想  みたいなモノがそこにはあるように思う。

 

敢えて、取り消された原文が載っていたので、

そのままご紹介してみたい。

 

 

   http://www.sankei.com/smp/life/news/150222/lif1502220014-s.html

 

 ≪愛知・一宮市立中学校長のブログ全文≫

 2月11日は建国記念日です。そこで、今日は日本のルーツ、日本の起源について、お話をしたいと思います。日本の建国は、今から2675年前の紀元前660年2月11日、初代、神武天皇が即位した日が始まりです。世界一広いお墓、大仙古墳で有名な、16代仁徳天皇が、ある日高台に登って遠くをご覧になられました。すると人々の家からは、食事の準備のために煮炊きする煙が少しも上がっていないことに気付いたのです。

 仁徳天皇は「民のかまどより煙がたちのぼらないのは、貧しくて炊くものがないのではないか。都がこうだから、地方はなおひどいことであろう」と仰せられ、三年間、税を免除されました。

 税を免除したために朝廷の収入はなくなり、宮殿は大いに荒れました。天皇は衣を新調されず、茅葦屋根が破れ、雨漏りがして、星の光が屋根の隙間から見えるという有様でした。

 三年がたって、仁徳天皇が同じ高台に出られて、遠くをご覧になると今度は、人々の家々から煮炊きする煙が盛んに立つのをご覧になり、その時、仁徳天皇がこのように言われたということです。

 「高き屋に のぼりて見れば煙立つ 民のかまどは賑わいにけり」

 そして、一緒におられた皇后に「私は豊かになった。喜ばしいことだ」とおっしゃったということです。

 皇后はそれを聞いて「陛下は変なことをおっしゃいますね。衣服には穴があき、屋根が破れているのに、どうして豊かになったといえるのですか」

 すると「国とは民が根本である。その民が豊かでいるのだから、私も豊かということだ」と言われ、天皇は引き続き、さらに三年間、税をとることをお許しにならず、六年が経過して、やっと税を課して、宮殿の修理をお許しになりました。すると人々は命令もされていないのに、進んで宮殿の修理をはじめ、またたくまに立派な宮殿ができあがったといいます。

 この話は神話であり、作り話であるという説もあります。しかし、こうした神話こそが、その国の国柄を示しているとも言えるのです。

 こうした天皇と国民の関係性は、何も仁徳天皇に限ったことではありません。敗戦直後の1945年9月27日、124代昭和天皇はマッカーサーと会見をしました。そして、その会見で昭和天皇はこのようにマッカーサーに話したのです。

 「今回の戦争の責任はすべて自分にあるのであるから、東郷や重光らを罰せず、私を罰してほしい。ただし、このままでは罪のない国民に多数の餓死者が出る恐れがあるから、是非食糧援助をお願いしたい。ここに皇室財産の有価証券類をまとめて持参したので、その費用の一部に充ててほしい」と述べたのでした。

 それまで、天皇陛下が、多くの国王のように、命乞いに来たのだろうと考えていたマッカーサー元帥は、この言葉を聞いて、やおら立ち上がり、陛下の前に進み、抱きつかんばかりにして陛下の手を握り、「私は初めて神のごとき帝王を見た」と述べて、陛下のお帰りの際は、マッカーサー自らが出口まで見送りの礼を取ったのです。

 このように、初代、神武天皇以来2675年に渡り、我が国は日本型の民主主義が穏やかに定着した世界で類を見ない国家です。

 日本は先の太平洋戦争で、建国以来初めて負けました。しかし、だからといってアメリカから初めて民主主義を与えられたわけではありません。また、革命で日本人同士が殺しあって民主主義をつくったわけでもありません。

 古代の昔から、日本という国は、天皇陛下と民が心を一つにして暮らしてきた穏やかな民主主義精神に富んだ国家であったのです。

 私たちは日本や日本人のことを決して卑下する必要はありません。皆さんは、世界一長い歴史とすばらしい伝統を持つこの国に誇りを持ち、世界や世界の人々に貢献できるよう、一生懸命勉強に励んで欲しいと思います。(原文のまま)

 

  

 

 こんな話は、仮に創作であったとしても、いい話だと思うのである。

 

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藤本喜子さんとお会いして1ヶ月

2015-02-25 07:29:46 |  燦々 Sun Sun

★1月24日、関西国際大学で松本茂樹先生が主宰された『公開講座』で藤本喜子さんとははじめてお会いした

それから、ちょうど1ヶ月だが、1月末の神戸ベンチャー研究会でもお会いしたし、昨日二度目の三木訪問で、4回お会いしたことになる

1月に立ちあげた燦々SunSun のプロジェクトリーダーも引き受けて下さったので、今後も、いろいろと密接な繋がりになるのだろうと思っている。

 

   

 

この写真の、緑の女性である。

81歳になるまで、正直女性と一緒に仕事らしきものをしたことは、一度もないのだが、

昨秋以来注力している 燦々SunSun の原動力になっているのは 殿界寿子さんという女性である。

 

さらに、藤本喜子さんが加わってこの活動の中枢になるであろうことは間違いないなのである。

正直、仕事という分野で、女性がこんなに迫力があるということの発見でビックリしている。

熱っぽいし、反応もスピードも速いし、

躊躇なくプロジェクトリーダーに藤本喜子さんを推薦したのは私なのである。

 

 

★こんなバイク雑誌があったことは、私は知らなかったのだが、

そのバイクのモデルをしている、旧姓 古市喜子さん、 未だ早稲田の学生さんの頃だという。

KWASAKI Z1 FAN CLUB の仲間の間では、藤本さんをトモダチ紹介すると直ぐ何処からか 

ジパングツーリングのモデルをしていた藤本喜子さん』 という情報が流れてきたのである。

ご本人に聞いてみるとその乗り方は半端なものではなく、転倒骨折など何度も経験されている、本格的な?バイクライダーなのである。

 

  

 

 

 

★1月末の、鄭剣豪さんがスピーカーを務められた神戸ベンチャー研究会にも、出席されて、

その時の剣豪さんとのツーショットを、今はFacebook の表紙に使っておられる。

 

 

 

この会合の時の写真を、主宰者の松本茂樹先生がこんな風に紹介されているが、その写真の中にも、藤本喜子さんの姿がある。

真ん中の男性は高嶋正治さん、剣豪グループで今後社長で引っ張られるとか・・・

みなさん、仲間になる可能性大なのである。

 

   

 

この時が藤本さんとお会いした2度目、

そして、3度目は三木のGood Times Plaza まで、子どもさんを連れてわざわざお見えになったのである。

その時の写真、登山さんに写して頂いた。

これが2月9日のことである。

 

  

 

 

そして昨日、 燦々Sun Sun のプロジェクトリーダーとしてどのように対応すべきかということで、三木までお見えになったのである。

午前中は、殿界さんのところの事務局で、こなやの垂井さんご夫婦も入れて、午後はさらに4時過ぎまで延々と熱っぽい雑談が続いたのである。

この活動力と熱っぽさには、ビックリである。 

 

 

 

 こんな錚々たる男性陣のプロジェクトリーダーたちに伍して、そのやる気度は相当なものである。

垂井健さんとの神戸ベンチャー研究会コンビでの今後の活動が期待されるのである。

推薦人は私 になっているので、私も頑張って応援したいと思っている。

 

    

 

もうひとりの殿界寿子さん、 どのように動いたのか?

緑が丘サンロード理事長の田原さん田原文具さんが、正式に、燦々SunSun 団体会員に参加なのである。

 

 地域活動のまちおこしをテーマに、スタートして1ヶ月、順調に推移している。

6年前のNPO The Good Times のスタートでは、半年かかってやっと形が見えたのだが、

今回の燦々SunSun では、僅か1ヶ月で、ホームページ http://www.thegoodtimes.jp/sunsun/ も出来たし、こんな女性陣の活動もあって恰好がついたなと思っている昨今なのである。

関西国際大学の松本茂樹先生が主宰される『神戸ベンチャー研究会』も、非常によく機能している。

この週末は、またその神戸ベンチャー研究会で、また何か進展があるかも知れないのである。

          

 

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2月のバラ

2015-02-24 05:58:21 | 日常生活、園芸、バラ

★昨日は暖かかった。 春ももう近いのかなと、そんな期待をする2月20日過ぎである。

2月のはじめに冬剪定をした庭の薔薇たちもその新芽が動きだした。

バラを育てていて一番ワクワクするそんな時期である。

今の段階は、毎年のことだが、『今年こそ立派な花が咲くに違いない』と期待に胸ふくらますそんな時期なのである。

 

 

 未だ、こんな感じだから、育て方のうまい下手が現れていない。

この芽に花が咲くのだという ただそれだけのレベルである。

 

 

  

 

木薔薇も剪定した枝から、いっぱいの芽を覗かせている。

 

 

    

 

  つる薔薇、昨年は枝が伸びたので、玄関の屋根下に、蔓を引き込んだ。

構想通りなら、ここ一面がバラで埋まるはずなのである。

果たして、6月にどんなバラ園をお見せできるのだろうか?

3月、4月の手入れを、ちゃんとやること、今現在は『今年は、ちゃんとやろうと』 思っているのだが、つい怠けてしまうのである。

 

初心者の頃は、それこそ一生懸命だったから、むしろ上手く行ったのである。

最近は、ちょっとナメタところがあって、、バラの手入れに掛ける時間が少ないのだと思う。

頑張ってみたい。

今は、そう思っている。

 

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日本モーターサイクル史

2015-02-23 06:36:20 | 発想$感想

★つい先日出会った松浦健児さん https://www.facebook.com/profile.php?id=100004717816348&fref=ts

から、日本モーターサイクル史という1945年から2007年までの戦後の二輪車の歴史を詳細に纏めた冊子をお借りしました。

八重洲出版創立50周年記念企画で発刊されたものです。

 

昭和20年、終戦直後からスタートしています。

自転車にエンジンをつけた、エンジン付き自転車からスタートした国内の二輪メーカーは何社あったのか解らないほどの数でした

私自身は、技術的にもそんなに二輪に詳しくはないのですが、昭和20年がちょうど中学1年生ですから、この時代の変遷と、たまたま川崎航空機で二輪事業スタートの時代から関わったので、非常に懐かしくこの冊子を見ることが出来ました。

     

  

 

 昭和20年代や昭和30年代は、二輪メーカーの数は100社を超していたのですが

モ―タサイクルを扱う専門誌は、この八重洲出版のモ―タ―サイクリストと、モーターマガジン社のオートバイ2誌しかありませんでした。

 

  

  

 この冊子の冒頭の記事を大久保力さんが書かれていますが、

カワサキが二輪事業をスタートさせた当時、 その新機種のテスト記事モ―タ―サイクリストが大久保力さん、

オートバイ誌が横内一馬さんという大モノお二人が担当で、私は当時広告宣伝課にいましたのでよくお付き合いしたものです。

 

その当時のレースは、MCFAJがむしろ先行していて、こちらはモ―タ―サイクリストが、あとから追っかけたMFJは、オートバイ誌が色濃く関係していたのです。

 

 

 このB7がカワサキが一貫生産で発売した最初の機種です。

私は、この機種から担当しましたが、この機種のフレームが今で言う大クレームで、毎日何十台もの返品があり、物品税の戻入のために毎日税務署の方とのお付き合いだ続きました。

昭和36年1月には生産台数より返品台数の方が多くて、生産台数がマイナスになったりしたのです。

若し次のB8が出なければ、青野ヶ原でのモトクロスの優勝がなければカワサキも多くのメーカーがこの事業から撤退したように、撤退していたことは、間違いありません。

私の人生も、全く違ったものになったのだと思います。

 

当時はカワサキもこんなモペットがあり、デザイン賞を貰ったりもしました。

モペットと言えば井関農機の空水冷のエンジンのモペットも生産していました。

 

 

 

 この冊子には、いろんなオモシロイ二輪車の写真がありますが、

これはホンダの自転車にエンジンをつけたCub 号です。

この写真を見るのは私も初めてです。

 

  

 

川崎航空機は、二輪生産に入る前には、歯車生産は非常に高い技術を持っていて、ホンダさんにもミッション用の歯車を提供していたようです。

ホンダさんも一時厳しい時期があったようで、私が入社した昭和32年には、ホンダのバイクが何台もありました。

資金繰りが苦しくて、現物で頂いた、などと言ってましたが、真偽のほどは解りませんが、ホンダのバイクは私の所属した財産課にもありました。

ミッションは当時から東洋工業にも、いすゞ自動車にも販売していた、主力事業でもありました。

 

1250ページもある分厚い冊子ですから、ちょっと時間をかけて見せて頂こうと思います。

 

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孫 古谷 仁 へ

2015-02-22 06:24:30 | 発想$感想

古谷 という家を継いでいくという昔流の発想で言うなら、鎌倉の孫、 『古谷仁』 がただ一人そんな権利を持っている。

私の兄妹も女性ばかりで、男は私1人だし、息子も古谷仁も、男ひとりなのである

あまり、そんなことも考えずに、生きてきたのだが・・・・・

 

そんな古谷仁は先月22歳の誕生日を迎えて、今は慶應義塾大学の3回生だが、この春には就職活動だし、あと1年経つと社会人なのである。

何年か前からだが日記も書いているらしいし、ブログも始めたのだが、殆ど更新もなかったのに、

何を思ったのか22歳になってから、毎日の更新が続いている

 

そんなことで、私も彼のブログを殆どすべて読み返してみた。

 

   

と言っても2012年から2014年までは、殆ど更新はされていないので、そのほとんどはこの2月のものである。

そんな読後の感想を纏めてみたい。

 

 

  

 

 

 ★ 古谷仁、 これは成人式を迎えた2年前の写真だが、写真は山ほどあるのに、まともに写っているのはこれだけだと言ってもいい。

   

    

 

 

  そのもう少し前、高校卒業の頃、

 

     

 

ちょうどそのころ、ブログを始めている。

『10代の1年を無駄にする』 と 『1年間を勉強だけに費やす』のは 1年間を無駄にする、とその感想を書いている。

そのころ『若いころの1年など・・・』と言ったことなど、覚えてはいないが、それは多分誰もがそういう風に言う世の中の慣用句みたいなものだと思う。

 

 

 

その1年、猛烈に勉強したらしい

最初の年は、どこもすべて通らなかったのに、2年目は受験した殆どの大学に通って、今志望通りの慶應大学湘南キャンパスに通っている。

私自身が、学生時代勉強せずに幸運だけで人生を切り抜けてきたのだが、古谷仁にとって、この浪人生活の1年は、本当によかったと私は今思っている。

若い時代に猛烈に勉強することはいいことだ。私はそれが中学の1、2年生の時だったが、今の私の学力はその時得たものだと思っている。

仁も、今塾の先生などアルバイトなどしていて、一流大学志望の受験生たちに英語を教えているという

1年浪人したのに、イヤ1年浪人したからそんなことが出来るのかもしれない

 

これが出来る のは大したことだと思う。

少なくとも私には出来ない。

 

  

 

その当時の、仁のブログに藤田修司さんが、激励のコメントを寄せられている

古谷仁 の4年も経っているブログに、http://jinjinjinjinjinjin.blog.fc2.com/  に唯一寄せられている『コメント』 なのである。

藤田さんの、激励の言葉に感謝である。

 

  

 

 

★最近は、古谷仁 とも滅多に会えないのだが、

唯一ネットの世界で、Facebook や、ツイッターや、このブログなどで会えるので、大体なにをしているのかは解っている。

ホントにたまにだが、私のFacebookに、孫たちからも『いいね』が入ったりするのである。

 https://www.facebook.com/jin.furuya.9?fref=ts

 

  

 

 これが一番新しい、ブログの一節である。

ダンスに熱中している古谷仁、 青春とはそんなものかもしれない。

 

   

 

 こんな髪型してるけど、春からの就活では、変身するのだろうか?

まあ、大丈夫、ひいき目ではなく、普通以上に立派に生きていると思っている。

       

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 人気一番の健康食品  オオムギのこな

2015-02-21 06:57:35 |  燦々 Sun Sun

★ 今年になって、NPO The Good Times の地域活性化の特別プロジェクトとして、 燦々SunSun を立ちあげて活動を展開を始めて、ちょうど1ヶ月になる。

この活動の核となって活動するプロジェクトリーダーたちも、こんな充実したメンバーでスタートする。

 

 

 

 そんな中で、健康食品  オオムギの粉 を扱っておられる 『こなや』の垂井健さんがオモシロイ

従来から、神戸ベンチャー研究会の旧くからのメンバーで活動されていて、 『オオムギのこな』 を町おこしにつなげようとされていて

既に、具体的に三木の緑が丘に、コレも今年になってスタートした 『にしむら・ローフード教室&カフェ』でも取り上げられるようになったようである。

 

       

 

 

昨日Facebook にこんな記事がアップされました。

2015年の健康食品の第1位は オオムギ だそうです。

   http://nikkancareism.jp/archives/52333

 

 

 

こんな記事が出ていた。

 

■第1位:大麦やえん麦など、穀物を原材料にするシリアル

半数以上の51.4%が回答し、1位になったのが「大麦やえん麦など、穀物を原材料にするシリアル」。

シリアルのなかでも、グラノーラやオートミールで効率的にとることができる『大麦』や『えん麦』。

 3大栄養素でもある炭水化物、そして豊富な食物繊維といった栄養素の高さから、テレビや健康雑誌などで取り上げられる機会も増えているようです。

 

 

 これがそのこなやのホームページである。

http://www3.hp-ez.com/hp/konaya3/page1

 

そんなに素晴らしいオオムギだが、 粉にする技術はなかなかムツカシクて、 

三木のこなや さん以外、何処にも売られていないとも聞く

この粉を、買おうと思うと、三木の緑が丘まで来なければならない、ようなそんな仕掛けをして、緑が丘商店街の活性化に繋がらないかなと思っている。

 

燦々SunSun スタート したばかりだが、その団体会員には、こなやさんは勿論、

プロジェクトリーダーになって頂いた、『粟生線の未来を考える市民の会』の世話人代表山本篤先生も、

緑が丘サンロード商店街の理事長、文具タハラの 田原さんも既に名前を連ねている。

 

秋には『三木さんさんまつり』 で活気づく 緑が丘だが、そのころまでには、もっともっと元気なまちに仕上げたい。

既に、二輪の世界では、すでに世界からいろんな人がやってくる Good Times Plaza があるのも緑が丘なのである。

 

 

 

『情報発信力』の差で、 Good Times Plaza と検索したら、カワサキ直営のGood Times Plaza を圧倒してこんな写真が並ぶのである。

緑が丘の街自体、たぶん今年の秋ごろまでには、様変わりしているような、そんな方向を目指したい。

 

NPO The Good Times も7年目にして、『異種、異質、異地域をみんな繋いでいい時を過ごそう』という 基本コンセプト通りの活動展開になり始めている。

健康食品 第1位 『オオムギ のこな』 がその 嚆矢(こうし)となるだろうか

 

  

 

  早速、Facebook には、こんな記事がアップされた。

 この連携とスピードが、気持ちいい。

 情報は、新聞よりも、テレビよりも、圧倒的に早いスピードで、飛び交っている。

 

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89才、杉下茂 現役コーチ

2015-02-20 07:10:21 | 発想$感想

★プロ野球のキャンプの話題で賑やかだが、

阪神など掛布、江夏と往年のスター選手が、コーチに訪れているようだが、本当に機能するのかな? と思ったりする。

 

確かにお二人とも名選手であったことは認めるが、名選手が必ずしも教えることが上手いとも限らないし、現在の野球とかっての特別な選手だけが、目立って活躍した時代とは、野球の質が完全に変わっているような気がする。

今も大谷のような素質抜群の選手もいるが、一般には全員がみんな高いレベルで、毎年新しいスターが生まれている。

これらは、野球全体の教えるレベルや、基礎体力を上げる科学的なトレーニングの賜物で、名選手がキャンプの時だけコーチをするのはどうかなと思っている。

本職のコーチたちがかえってやり難いのでは・・

 

今日のニュースでも筑波大学がカメラを持ち込んで、ピッチャーのクイックモーションを分析するなど、科学的な分析が行われる時代になっている。

 

★そんな中で89歳の杉下茂が、中日のキャンプでコーチ役を果たしているらしい。

右手で重いものを持つな』と言われた時代と、『筋力トレーニングをする現代』とは違うがとご本人も言ってるらしいが、

 

 

 

 

 

 

この2枚の写真を見て、 どう見ても89歳とは思えない、現役コーチと言ってもいい姿勢が素晴らしい

これは、いろいろ技術的なことなど云わなくても、そこにいるだけで、伝えるものがいっぱいあるように思う。

 

フォークの神様とは言うが、杉下茂ひとりがフォークを投げてた時代と、ピッチャーなら誰でもフォークを投げる現代では、フォークボールの投げ方などの技術的なことは、杉下時代より数段進んだモノが解っているのだろうが、

『背中を見て育つ』などというが、89歳にしてこんな姿を見せられると、選手たちも、技術以外に教えられることがいっぱいあるように思う。

 

キャンプを訪れる往年のOBたちや解説者がいろいろ仰るが、みんな体形は、OBの体形になってしまっている。

まあ、そんなものだと思うのだが、

杉下茂さんは、スゴイなと 正直そう思った

 

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春を告げる いかなご 雑感

2015-02-19 07:21:39 | 日常生活、園芸、バラ

★今年は、『いかなご』が不漁だと、それがニュースになっている。

明石の魚の棚の魚屋さんには、毎年 いかなごのくぎ煮にするために、沢山の人が訪れるという。 

 

私の本籍は明石で、それも戦前の小学校低学年の頃は、明石市細工町20番地 だった。

それはそれこそ魚の棚の通りまで100メートルのところだったし、魚の棚(ウオンタナ)と呼ばれているが、それは通称で町名は細工町のはずである。

戦前から『くぎ煮』などあったのだろうか?

 

『いかなご』に初めて出会ったのは、戦後昭和21年(1946)の春だったが、食料難のまっ盛りで、『いかなご』も立派な親魚ばかりで、今のような小さな『いかなご』などはお目に掛らなかったし、その料理も腹にこたえる『てんぷら』が多かったように思う。

 

   

 

このような記事もあるように、間違いなく大きないかなごの方が旨いように、私には思える。

 

 

    

 

こんな小さい時に、獲ってしまって、『くぎ煮』など幾ら上手に作ってみても、

所詮は、『つくだ煮』みたいなもので、魚の自然の味などは、殆どないように思うのだが・・・・・

お母さん方が、『くぎ煮』を創ること自体に、それをあちこちに送ることに、自己満足しているのではないかと 思っている。

 

 

   

 

 

『いかなご』のくぎ煮の発祥の地は、明石ではなくて、垂水だという説もあるようだが、

全国で獲れるのに、なぜ関西のこの地区だけにこのような文化が育ったのだろうか?

 

   

 

 

こんな感じで、魚の棚では売られている。

大きくして食べるようにしたら、量も10数倍になるだろうし、

生きた魚が好きな私などは、こんな稚魚の内に獲ってしまって、『可哀そうだ』という感じの方が先に来てしまうのである。

 

 今年の不漁の理由は、『よく解らない』のだとか・・・

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ピカピカのZ1

2015-02-18 07:34:25 | 発想$感想

★先日のKawasaki Ninja H2 フェアの最終日。

We Like Mortorcycles とKAWASAKI Z1 FAN CLUB の合同イベントがあって、カワサキワールドに集まったのだが、

その時、鹿児島からやってきた『ピカピカのZ1』が来てるから、観に行こうということでついて行った。

 

そこで写してきたのがこの動画である。

https://www.facebook.com/video.php?v=950180944992540&set=vb.100000019311141&type=2&theater¬if_t=like

 

なにがスゴイと言っても、Facebook で4400回も再生されているのは我ながら驚きである

こんな数になると、ホントにそんなに見てるのかと思ってしまう。

何処で見つけてくるのか、その辺の仕掛け、仕組みがよく解らないのだが・・・

 

You Tube に編集し直してみた。

こちらでもそんな回数になったりするのだろうか?

今のところまだ10回にもなっていない。

 

 

このZ1の持ち主は、平八重 幸志さん。  

読み方が解らなくてお聞きしたら、『ひらはえ こうし』ですと戻ってきた

 

 

 

1日3時間、磨き続けると、こんな風に仕上がるらしい。

継続はスゴイね!

 

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