雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

カワサキの二輪事業と私 その50 昭和54年(1979)

2017-04-28 06:42:50 | 発想$感想

★昭和54年(1979)の出来事を見ていると、

  • 1月1日- アメリカ合衆国と中華人民共和国が国交樹立。
  • 1月31日- 江川卓が阪神と入団契約、即日、巨人の小林繁とのトレード成立。
  • 5月4日- イギリス、保守党の党首サッチャーが首相に就任(先進国初の女性首相)。

 などと並んで

  • 4月1日 - 川崎重工業が「Z400FX」発売。 と載っている。

これは、カワサキの二輪事業にとっても、この年から国内の販売会社カワサキオートバイ販売を担当する私にとっても、非常に大きな出来事で、それは世の中の『出来事』の中でもそのように認知されていることは、初めて知ったが嬉しいことである。

 

      

 いま見ても確かに『カッコよく』何か訴えるものを持っている。

 

★この時期の『カワサキの二輪事業』は、本当に大変だったのである。

主力のアメリカ市場は、一時の勢いを失っていたし、『ハーレーダンピング』の対策で、第2の市場国内も極端な構造対策を余儀なくされて、この年の1月1日からカワサキオートバイ販売は、その本社を東京から明石に移し、その本社陣容は極端に縮小して、未だ46歳川重の課長職であった私が常務として旗を振ることになったのである。

そのカワサキオートバイ販売も、その経営内容は大変で、累積損失の上に『不表現損失』と言っていい含み損も含めて10億円近い赤字を有していて、与えられた命題は、期間損益の健全化とその累損消去だったのである。

従来、経験豊かな田中誠社長以下、先輩方が苦労してもなかなか難しかった国内販社の経営がそんなに簡単に立ち直るとは思えなかったのだが、現実はこの昭和59年の1年間で、ほぼ累損も消去できるような実績を残すことになったのである。

それはひとえにこの 『Z400FX』の販売利益によったもので、この年はこのような全国6社体制としていたのだが、それを担当していた人たちの努力などではなかったのである。

私を含めて、現場第1線の責任者たちも、ただ生産され送られてくる『Z400FX』を販売店に配ってさえいればよかったような状態で、値引きもないし、営業努力などは皆無だったのである。

 

 

 

 私がもし、『努力したこと』があったとしたら、バック・オーダーを幾らかでも埋めるべく、当時は生産課長をしていた武本一郎くんに直接頼んで、生産台数を幾らか増やして貰ったことぐらいなのである。

武本くんは企画時代私の下にいたので、直接『無理が頼めた』のは幸運だったのである。

 

★二輪事業の経営で、直接的に一番利益に貢献するのは、機種であることは間違いなくて、そういう意味では『開発』の占める意味は大きいのだが、周囲の環境の『』みたいなものも大いに影響するのである。

特に二輪車は、その競争性が高く、幾ら『いい車』でも、その時若しホンダ・ヤマハ・スズキがそれ以上のマシンを持っていたら、それは『いい車』にはならないのである。

私自身は、そんな運に恵まれていて、営業を担当したその時期時期には、東北時代の90cc中間機種、大阪時代のW1とZ2,そしてこの時期の Z400FX 、そしてずっとのちもう一度国内市場を担当した時は、あのZEPHRYでホントに恵まれていたのである。

ただ、その機種を『いい車』として売り続けるためには『造り過ぎない』ことが鉄則で、多くの方たちがつい『造り過ぎて』しまうのである。一端過剰在庫になると、そこには『値引き』が発生するし、販売するための販促経費も発生して、昨日までの『いい車』が一転その性格を逆転するのである。

それは、バック・オーダーとか、世の中の人気が曲者で、何百台のバック・オーダーだとかいうのだが、それを信じるからダメなのである。ユーザーは車がないとなると、あちこちの販売店に行くものだから一人のユーザーのバック・オーダーが2台や3台に化けていて、造り過ぎると一瞬にバックオーダーは『過剰在庫』となってしまうのである。

何度このようなことを繰り返したのか? これは人災でそれも得てして『頑張ろう』というその時のTopの判断が原因だったりするのである。

 

★この年は、二輪事業が大変で、その一つが『国内対策』であったのだが、そんなこともあって『国内販社経営』問題は本社マターでもあったことから、毎月本社の財務担当の大西常務への報告が義務付けられていて大西さんや堀川さんに報告していたのだが、4月のFX発売以降、どんどん良くなるものだから、アメリカと比較されて『国内販社への信頼』は非常に高いものになったのである。

この年の終わるころには、累損の消去も目途が付いて、大西常務から『昨年、計画を出した時点でこのようになることが解っていたのか?』というご質問を受けたりしたのだが、そんなことではなくて、全く運がよかったのである。

ホントにこの年のカワサキの中・大型機種の売れ行きは素晴らしくて、ずっとホンダさんとシェア競争できるレベルで月別ではトップシェアとなったこともあったりしたのである。

 

★この年から2,3年は、国内市場に没頭していて、国内以外にはいろいろと関係のあったアメリカ以外のことは、殆ど頭になかったのだが、この年の記録を見ると、レース、特に、ヨーロッパのロードレースは、カワサキのレース市場でも最高の時代だったと言えるだろうが、残念ながら殆どその実態を気にするほどの『余裕もなかった』というのが事実なのである。

 

       

 

 その記録を見る限り、開発市場国ではGTOが売り出され、これもZ400FX以上に売れた機種だから、国内と東南アジアは好調だったのだが、未だアメリカの不振を肩代わりするほどのものではなかったのである。

ただ、レースの分野では、コーク・バリントンや、ハンスフォードの名前も見れるし、KR250・KR350の最高の時代で両シリーズとも『メーカー・チャンピオン』を取っているという輝かしい実績なのである。

それなのに、殆ど覚えていないので、以下は推測なのだが、

 

この当時、レースに深く関わっていたのは、アメリカでは百合草三佐雄さん、ヨーロッパでは英国の社長をしていた内田道男さんである。お二人とも、現役時代親しくして頂いて、『百合ちゃん』『内ちゃん』と呼ばしていただいた仲である。

そして、『カワサキのレースを支えた』と言える実績を残されたお二人なのである。

内田さんはメグロからカワサキに来られて、国内市場を担当されていたのだが、『カワサキが初めて鈴鹿を走った』ジュニア・ロードレースでは、カワサキファクトリーのライダーはロードレースの経験がなく、山本隆くんも初めてのロードレースだったので、北陸からロードの経験のある塩本君を派遣してくれたりしたのである。後、カワサキがヨーロッパ市場を開拓するに当たって、川重に移籍しイギリス・ドイツの販社設立に尽力され、自らは初代UKの社長をされたのである。

そして当時は、UKにレース運営の本部を置き、ケン・鈴木さんなどと一緒にヨーロッパのGP を支えていたそんな時代だったのである。私は当時は全くレースとは関係がなかったので、『ケン・鈴木』さんともずっとのち『カワサキの想い出・そして未来』でお会いするまで面識がなかったのである。

 

百合草さんは、『カワサキZの源流と軌跡』に自ら書かれた記事の経歴を見ると、72年にレース監督とある。

カワサキのレース監督は初代が大槻さん安藤さんと続いて、この時期はそのマネージメントをカワ販の私が担当し、そのあとメグロから来られた糠谷さんの監督時代はカワ販の岩崎茂樹くんがライダー契約などマネージメントを担当していたのだが、その次の百合草さんが監督をされた時代に、それまで製造部に属していたレース職場も技術部に移り、アメリカを含めてのレース担当部門となったのである、モトクロスマシンで言えば、それ以降KXという名称が使われているのである。

この年はKMCのR&D担当の時代で、アメリカのポリスバイクなど担当してたのかなと思っている。

 

    

 

 このレースでの快挙が、カワサキの二輪事業の好調な時期であったら、もっと大きく全事業部として取り上げられていたのだろうが、とても、そんなことを言ってるような雰囲気でなかったほど『大変な時期』だったのだと思うのである。

 

 

★ その歴史ー「カワサキ二輪事業と私」を最初からすべて纏めて頂いています

https://www.facebook.com/%E3%81%9D%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2-662464933798991/

★ https://www.facebook.com/1126074024157186/

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住めば都

2017-04-27 06:25:11 | 発想$感想

★『住めば都』とは、確かにウマく言ったものである。

明石(上ノ丸)で生まれて84年生きてきて、

 朝鮮太田ー朝鮮京城ー明石ー仙台ー高槻ー兵庫県三木市 緑が丘と移り住んだが、その間少しだけ会社の社宅に入ったり、後年単身赴任で2年間ほど札幌に住んだこともある。

大きな屋敷にも住んだし、戦後疎開先のの2間の生活なども経験したが、それぞれ『住めば都』という想い出いっぱいのいい人生だったと言えるのだろうが、『故郷はどこ?』 と言われたら、ちょっと困ってしまうのである。

それは、『朝鮮京城』かも知れないのである。

 いま住んでいる兵庫県三木の緑が丘は、住んでもう40数年になるので、人生の半分をここで過ごしたことになる。

こんな丘陵地を開拓された大きな新興住宅地だが、結構気に入っている。

 

   

 

いまは植木やバラの手入れや、今年からは ぶどうの栽培を始めたし、10年ほど前までは池を作ってなど飼っていたが、鯉ヘルペスで全滅して池も今は埋めてしまったが、

 

       

 

   ガレージの下はこのような T字型の池にして、金魚やメダカや田螺やエビを飼っている。

 スイレンも菖蒲やアヤメや杜若などの花も咲く。

 兎に角『成長するもの』は好きなのである。

 

       

 

 

★突然、なぜこんなこと書きだしたのかというと、こんなニュースが出ていて『鎌倉が住むにはいい』という。

移住するなら鎌倉か逗子』 https://thepage.jp/kanagawa/detail/20160513-00000003-wordleaf とこんな記事が出ていたからである。

 鎌倉、それも有名な由比ガ浜に息子一家は住んでいる。

 

 

 

確かに、鎌倉は綺麗な由緒ある格式高い街だし観光地ではあるのだが、、城下町で道は狭いし物価は高いし、生活するのは『大変だ』と思うが、息子一家は結構気に入っているようである。

 

 

  

 こんな由比ガ浜の真ん前の、こんなマンションの1室で暮らしている。

 

    

 

眺めもいいが、庭もないし、車を駐車場から出すだけでも大変だし、大地震があって津波でも来ればひとたまりもないし、どうかなと思うのだが、まさに『住めば都』であるらしい。

そんなこと言っても『耳を貸さない』のである。

 

 娘一家は、海の向うアメリカのカリフォルニアの Irvine にいる。

 私は、子供の頃、外地で育ったからか、どうも日本の旧いまちの、特に『城下町の曲がりくねった環境』は、もう一つしっくり来なくて、その点明石や鎌倉よりは、三木の新興住宅はいいと思うし、娘の住んでいる Irvine Green Moor の環境は『広くて最高にいいな』と思っている。

 

  

  

Google Map で検索すると、すぐこんな写真が現れる便利な世の中である。

 

 

 

 つい先日までは、さらに地上に立った位置からの視線の眺望も現れたのだが、なぜか最大にしても『空からだけの眺望』しか写らなくなってしまった。

個人情報か何かで苦情が来たのかも知れない。

これまでは先進国なら世界のどこの『眺望』も見ることができて、世界のどこにでも旅行できるような楽しみがあったのだが・・

 

 

 

   それでこちらは Irvine Green Moor で検索して現れる画面からだが、

 こんな『人口湖』もあるし、

 

 

 

 道は、鎌倉や三木の『城下町』とは違って、こんなに広々としている。

 

 

 

 Google Map の地上からの写真が見られなくなってしまったが、

 ちょっと調べてみたら、東京の町や、ロスの町並みなど、個人情報に関係のないところは。以前のように見ることができるのである。

  

  

 

 

 フランスの凱旋門も見ることができたが、

    

 

 

 トランプさんの 別荘はダメだった。

 

 

 

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今年始めた『新しいこと』の二つ目  ぶどうの栽培

2017-04-26 06:37:43 | 日常生活、園芸、バラ

★ 今年始めた『新しいこと』の二つ目は 『ぶどうの育成』への挑戦である、

 去年の夏に、こんなぶどうの苗を買ってきた。

 

    

 

  それも 一つは『巨峰』と、 もう一つは、新種 『シャインマスカット』なのである。

  その時、こんなブログもアップしている。

    http://blog.goo.ne.jp/rfuruya1/e/8095f35ddf8d1c30cce0fb4537645a4a

 

  『ぶどうの育て方』などをみると、大体がこんな棚での栽培になっているのだが、我が家にはそんなスペースはない。

   

    

 

 

   

    

 

 

 陽当たりも要るのだろうから、場所としてはこの辺りしかないのだが、すでに植木もあるし、ばらもいっぱい植えられているのだが、1本は、この間にさらに割り込もうというのである。

 

   

 

  もう1本は、この外側のフェンスの上を這わせたいと思っている。

 

   

 

   何とかなるはずなのである。

 

★ 現役の頃から、普通一般の考え方と『差別化』したことを考えるのは慣れている。基本的には『弱者の戦略』なのである。

バラにしても今家には50本ほどの薔薇があるが、半分は蔓バラなのである。

普通一般には『蔓バラ』のほうが場所を取ると考えられがちだが、その逆で木バラは新たに面積が要るが、蔓バラは植える場所さえあれば、大丈夫なので、植木の間に植えておけば蔓を支えるのは植木がやってくれるし、冬の葉が落ちて枝だけになった時も植木があればみすぼらしくならなくていい。

そして5月には木が一斉にバラの花を咲かせるような感じになるのである。

薔薇も立派な花を咲かせるには立派な枝を育てたらいいので、『ぶどう』もそうだと思っているのである。

あくまでも『趣味』での『ぶどうの栽培』だから収穫の量などは多いほうがいいに決まっているのだが、それよりも『ちゃんとしたぶどう』が成ればいいと思っているのである。

 

    

 

 上の写真では見えないが、これが前面の今の葡萄である。つるは去年のうちに結構伸びて、こんなところに顔を出すまでになっていて、この4月にいっぱいの芽をつけたが、この3つを残してみんな芽を取ってしまった

ここから3本の枝になるはずである。 このスペースでは3本が精いっぱいだと勝手に決めてしまって、基本的にこの3本の枝をどちらかに誘引しようと思っているのである。

バラの時期は5~6月が最盛期で、ぶどうはそのあとだから、何とかなるという『私の仮説』なのである。

 

 

  

 

 もう1本の 巨峰 はずっと奥の植え込みの中に植えて、 その芽は極端に2本にしてしまった。

1本は、手前のフェンスの上を這わして、もう1本は 西側の裏の方にと思っている。それ以上あっても、枝の処理に困ってしまうはずである。

 

そんなことを思いながらやっているが、『ぶどうの育て方』にはそんなことは書いてはいないが『大丈夫』なはずである。

植木でも、バラでも、花でも野菜でも、『育てる』ということは『育てる相手』を決めて余分なものは剪定をしたり、間引きをして育てる対象を明確にするのが基本で、人間でもそのために『入学試験』などがあるはずである。

 

兎にも角にも、我が家のぶどうは、3本と2本の枝を育てることにした。

今年実が成るのか、来年までダメなのか、それはよく解っていない。

 

 『ぶどうの育て方』の 情報では、4月22日ごろは、こんな芽となっている。

我が家もこのように芽がいっぱいついていたのだがみんな取ってしまったのである。

 

 

 

 そして5月に入るとこのようになるというのである。

 

  

 

 こうなったら、今年はぶどうが成る ということなのだろう。

 5月になるのが楽しみである。

 

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今年始めた『新しいこと』の一つ Instagram

2017-04-25 06:09:13 | 日常生活、園芸、バラ

★『新しいこと』に取り組みだすと、何となくワクワクする。

何事も、『結構、ちゃんとやってみる』少なくとも1年ぐらいはやるのだが『もう一つ自分にとって合わないかな』と思ったら止めてしまう。

1日は24時間しかないから『新しいこと』をやるためには『何かを止める』のも仕方がないのである。

どれもこれもと思っていたら、どれもこれも中途半端になってしまう。

84年生きてきて、続いているものもいっぱいある。

 

日記は、20歳から64年間 続いている。

最近ではネット関係は、

パソコンを始めて10年ちょっとだが、この雑感日記も、Twitter もFacebookも、私なりのやり方で続いているし、1日のうち10時間以上はパソコンの前に座っている。

ストレッチや50メートルダッシュなども時間は少ないが、ちゃんと続いている。

ネットで打つ『パンダ碁』ももう10年ほど続いて、既に16000局ほど打って8000勝・8000敗である

 

★今年になって『新しいことの候補』が幾つかあるのだが、その中の一つが Instagram である。

好奇心だけは旺盛で、なんでもすぐ飛びつくのだが、技術と知識が伴わないことが多いので、困ってしまうことも多いのである。

Instagram も 早い時期に登録だけはしたものの パソコンとデジカメでは手も足も出ずに、こんな状態で放っておいたのだが、

 

   

 

 

昨秋、孫のスマホの残骸(電話機能なし)を貰ってから、いろいろやってたら何とかなりだして、Instagram にも新しく rfuruya2 で登録できてやっと辿り付けたのである。

ちょうど半年かかったが、この4月6日にめでたくスタートできて本格的に取り組んだのは4月12日だから、未だ10日ちょっとだが、その間は Instagramにどっぷりつかっていた毎日なのである。

 

   

 

  

 

 今の私の Instagram  rfuruya2 のほうは、こんな感じになっているのである。

     https://www.instagram.com/rfuruya2/?hl=ja

そのプロフィールにはこのように書いているのである。

 

古谷錬太郎

84歳の年寄りです。 三木市緑が丘に住んでいます。 元カワサキの二輪事業部門にいました。 ネット、いろいろ、Twitterのフォロワーは58万人です。 やっとInstagram できるようになりました。 ウエブサイトは、雑感日記 ブログです。ここにも写真いっぱいです。ぜひ、ご一読を! blog.goo.ne.jp/rfuruya1
 
 
       
 
 
★ 4月に始めたとと言っても、実際にちゃんとやりだしたのは4月の12日だから、未だ10日とちょっとなのだが、結構ちゃんとやっていて、そのフォローはMAXの7500名に達したのか、もうこれ以上は増やすことができないようである。
Instagram  のフォロー数の最高は7500名だとか書いてあったが、ホントにそのようである。
 
フォローし続けたら、たった10日でMAXに達してしまった。この辺りはTwitter とちょっと違うようである。
 それでも、お蔭様でフォロワーは3000人を超えたので、写真に頂く『いいね』は300人を超えるようになった
 
Instagram の何が気に入ったのかというと『その反応の速さ』でツイッターに似ているが、ツイッターより『反応が明確』だし 、Facebook にはない何かがあるように思っている。
 
何よりも、勝手にそう思っているのだが、『何かを実現する』のにその『仕組みとしては最高』ではなかろうか?。
 
ブランデイング対策』には、ほぼ間違いなく機能するという『私なりの仮説』を立てて、それに挑戦してみようと思っている。
 
その理由は
 
● 写真の持つ説得力とその写真に対する『末端ユーザーの反応の速さ
● その数の %は、フォローしてくれる人の数に比例するようだから、目標としては1000人~5000人の『いいね』も夢ではない。
● 現実に、アメリカのトランプさんに対する『いいね』の数は50万人~80万人にもなって桁違いなのである。
 
● 写真と同じように動画も大丈夫だから、いま思っている『イメージ戦略』対策には最高である。
● そして現実のどんな対策にも機能する。小池さんは都知事選挙に上手に使われたのである。
 
 
 
★この10年、力を入れてやってきたのは、
 三木のイメージの高質化』やNPO The Good Times の仕組みの構築などなのだが、いま思っているのは、もっと面白くなる『可能性』だけは秘めている。
 
そんな『大きな可能性』があると思ったので、この10日間 Instagram に没頭していたのである。NPO 法人 The Good Times を立ち上げた時も、同じように没頭したが、それ以来かも知れない。
 上手く行くかどうかは運次第だが、いずれにしても Instagram  をちょっと『差別化して』オモシロく使ってみたいと思っているのである、
 
今の『私の仮説』が、現実になることを大いに期待している昨今である。 
 
 
 
 
 
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いろいろな意見

2017-04-24 05:47:19 | 発想$感想

★いろいろな意見があっていいと思っている。

私自身は、どちらかというと、保守系、右寄り、安倍さんは好きだが自民党がいいとも思っていない。

結構、反対意見に寛容で、朝日新聞の論調はもう一つだと思うが、新聞はずっと朝日をとっている。自分とは少々異なる意見がどんなものかと、反対意見には結構興味もある。

 昨日のニュースをネットで見ていたら、産経新聞がこのようなニュースを発信していた。

 

   

 

● まず、『テレビ報道の「偏向」を突く』というニュース。

新聞よりも、やはりテレビの偏向報道は、気分のいいものではないように思う。

文字を自分で読む」 のと 「人に意見を聞かされる」違いだと思う。

 

  

 

「放送法では、賛否両論ある意見は同じだけ放送しようじゃないか、ということになっている。しかし、現在のテレビ放送はそうなっているだろうか?」「視聴者の会」は、検証活動の一環として対象はNHKと民放キー局の報道番組をストップウオッチを使って集計した。すると反対意見の放送時間が89%を占めた。当時の「報道ステーション」(テレビ朝日系)に至っては95%だから、反対意見しか放送しなかったような状態だったという

 こんな記事の内容である。

確かに、民放特にTBSは、ちょっとひどすぎるように思う。ここに記述されているように90%も、『反対意見』ばかり流すのはどうかと思うのである。

昨今の野党の民進党が特にダメなのだが、そんな意識調査で10%の支持率もないような政党と同じような意見しか言わないのは、やはりおかしいと思うのが、普通である。

そういう意味では、公共放送の公平性を求める『放送遵守を求める視聴者の会』の活動もいいのではないかと思う。

記事の中にはこんな一文があった。

 

● 同じ産経新聞が、昨日はこんな記事を流していた。

沖縄タイムス とか 琉球新報 とは聞いたことはあるが見たこともないので、昨日検索してみたら、こんな一面である。
このような意見の人もいるのだろうが、毎日こんな記事ばかり読まされていたら、うんざりすると思うが、何か新しく『八重山日報』が沖縄本島でも発刊されるようになって大人気で、売れ切れだというのである。

 

八重山日報が4月から沖縄本島に進出し、朝刊の配達を始めた。本島では「沖縄タイムス」と「琉球新報」が100%近いと言われるシェアを誇っているが、「第3の地元紙」が登場するのは半世紀ぶりである。・・・那覇市に支局を開設したのは2月だったが、直後から毎日のように本島の読者から購読申し込みの電話がかかってきた。4月に朝刊の配達が始まってからは配達員が不足し、スタッフが購読申し込みに対応できないほどになり「1カ月待ち」をお願いしなくてはならなかった。うれしい悲鳴だ。

 

 などと書かれている。

 

 

    

 

 

 沖縄タイムス とか 琉球新報 とは聞いたことはあるが見たこともないので、昨日検索してみたら、こんな一面である。

 

   

 

   

 

  

 

 ★ 意見はいろいろあってもいい。

如何に民法放送が、極端な意見を毎日、毎日流しても意識調査では、自民党や安倍さん支持が圧倒的なのである。

大衆は、そんなにバカではないと思うのである。

特にTBSの担当アナや、専属コメンテーターは、ちょっと考えないと幾ら毎日『反対意見』ばかり言ってても、末端の意見が変わったりはしないのである。

放送法に基づいて、公平な報道をすべきだなと思っている。

 

『そこまで言って委員会』を毎週見ているが、この番組の人気が高いのは、コメンテーターの意見が、賛成・反対と分かれるからで、意見が分かれるのが普通なのだと思う。

賛成・反対と意見が分かれるから、発想の巾が広がるのである。

公共放送なのだから、一方的に偏向するのはダメだなと思う。

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日本のメーカー 大丈夫?

2017-04-23 05:35:57 | 私の生き方、考え方&意見

★ 私も一応は大企業と言われる『川崎重工業』で育ったので、大企業のいいところも弱点も何となく解っている積りである。

昨日の土曜日、テレビでこんな番組をやっていた。

解説されていたのは中国人だが、日本の大学の先生で、ちょっとお名前は失念してしまったが、テレビに出られるのだから有名な先生なのだろう。

仰っていたことが非常に納得できて、核心をついている と思ったものだから、カメラで画面を撮ってみた。

 

  

 

 『日本が強い部分はもうからない。東芝はその典型』 と言われている。

 日本が得意とする分野は、生産・製造の分野で『量産事業』の1970・80年代時点では『生産技術』が量産分野を支えて、それが日本の国力増進にも繋がったのだが、量産設備など世界で一般的になった現在では、生産分野などの先進性の価値が相対的に下がってしまったのだと思う。

それなのに、何時までも『メーカーという機能』に拘り続けているから『遅れてしまう』のだと思っている。今の時代、利益率の高いのは、開発とマーケッテングの分野だと言われているが、全くその通りである。

カワサキの二輪事業』もこの問題に直面していて、海外生産が主力でかっての明石工場の生産は極端に減少しているのだが、『流通・マーケッテング・その仕組み』の分野は、どうもプロが育っていないのか、なかなかうまくいかないのである。

然しこれは『カワサキ』だけではなくて、日本の大企業に共通している弱点なのかも知れないのだが、そんな『事業そのものに対する危機感』を『経営者の立場の方がどうもお持ちになっていないのでは』と思うのである。

ちょっと厳しく言うなら経営者がサラリーマン上がりのアマチュアばかりで、職位だけは経営者だが『経営のプロ』とは言えないのかも知れない。

このままでは第2のシャープや東芝が出るかも知れないのである。

 

   

 

日本企業内での調整力』の典型が『ほうれんそう』などと言われている単に社内だけの報告・連絡などを密にしてという日本独特のものだと思うが、私は現役時代からマーケッテングの分野では、これが一番ダメだと思っていた。

部下の報告など『ホントのこと』など一番大事な『上に言いにくいこと』が間違いなく抜け落ちている報告ばかりだから、『役に立たない』のである。

正確に情報収集するのが『マーケッテング』でそれは単なる『調査データー』などとはちょっと違ったもっと高度な分野なのである。部下の考えていることを上司が『報告を受けないと解らない』ではダメだと私は常に思っていた。

最近は国際分業が主流』と言われているが、確かに外の『ホントのプロたち』と繋がりが一番大事なのである。日本の大企業は『同業者が群れる構造体質』になっていて、同じ業界の中ばかりでのお付き合いだから『利権』などにしか繋がらないのである。

異種・異質・異地域の繋がった活動』こそが必要で、昨今はそれがネットの世界で簡単にできるから、オモシロい時代なのである。

そんな風に思ったのでNPO The Good Times というNPO法人を立ち上げて『異種・異質・異地域を繋いで』世界展開できる仕組みだけは既に完成しているのである。 http://www.thegoodtimes.jp/ お金も部下もいなくてもそんなことが可能な現代はオモシロい。

日本の大企業、メーカーは同じことを繰り返しているが、立ち止まっていることは『遅れてしまっている』とも言えるのである。

 

    

 

顧客のニーズ』ここで言われている『顧客』は、Customer (取引先)ではなくて、Consumer(末端の消費者)なのである。

顧客の満足』とは一時よく言われたが、日本では Customer Satisfaction (取引先の満足=利権)と堂々と言ってて、ある意味正直なのである。

私のカワサキの現役時代のCSは、明らかに Consumer Satisfaction を明示していたのだが、今の現役諸君にそんな感覚があるのだろうか? どうも『身内の販売店』=Customer ばかりを見ているように思えて仕方がないのである。

 

  

 

 いまの世の中は、簡単にホントのプロたちを繋ぐことが可能なので、身内を繋ぐのもいいのだが、外部のホントのプロたちと『手を組む』ほうがいい

 

★この番組に非常に興味を持って、こんな写真まで撮ってブログにアップしてるのは、ずっと私が言い続けてきたことを、この中国人の先生が、上手く纏めていって頂いているからである。

そのベースにあるのは『インターネット』のネットの世界で、昨年来『ネットの力』で世界や東京を動かしているのがトランプさんや小池百合子さんなのである。

是非、日本の大企業も、メーカーも、このような現実に目覚めて『儲かるような分野』=流通・マーケッテング 分野に目を向けるべきだと思っていて、古巣のカワサキもテレビで大学の先生が言われていることだから、一度よく考えられたらいいと思う。

そんな『危機意識』を経営者の立場の方たちがまず持たれるべきで、そうならないので『東芝の悲劇』や『シャープ』が現実になったのだと私は思っているのであtる。

 

 

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日本一美しいまちをめざす三木市 と 薮本市長

2017-04-22 07:25:24 | みっきぃふるさとふれあい公園

★ 三木市に移り住んで40数年になる。

 三木市は、人口8万人ばかりの こんな立派な市役所があるまちである。

 

    

 

 三木市はもともとは旧い城下町で『金物のまち』などと知られているのだが、私が住んでいるまち新興住宅地酒米の産地吉川町なども含んで、ゴルフ場は西日本最高の25もあったりして、なかなか自然豊かないいまちなのである。

そんな三木市が掲げているめざす目標が 『日本一美しいまちをめざそう』なのである。

 

      

 

  このメッセージの提案者は実は私なのである。

 

 薮本さんの市長就任一期目の7月に採用されたのだが、その提案の理由は、いろいろあったのだが、

 

 ● 兵庫県は従来から長く『美しい兵庫』を掲げて活動を続けている。

 ● 薮本吉秀さんは、その兵庫県庁の職員から三木市長になられたので、そんな県の目標を受け継いでの市政を と思った。

 ● 当時三木は吉川町と合併して旧いまち、新しい街、米どころ吉川町など、市民の調和目指していた。

 ● 元来、『美しい』は単に『綺麗』とはちょっと違った心の持ち方、人の生き方のような『美しい市政』目標にと思った。

 ● 日本一は、三木にはゴルフ場廣野、防災公園のE-ディフェンス、ビーンズ・ド₋ーム、金物・吉川の酒米などいっぱいある。

 

 そんな日本一がいっぱいの三木が『日本一美しいまちをめざせばいい』と思ったし、薮本さんも若かったし、私は大いに期待したのである。

九州の佐賀県武雄市の樋渡市長もちょうど1期目で、いろんなユニークな活動をされていたので、武雄市と三木市を繋いだのも実は私なのである。

 それなのに、薮本さんを私は1年ちょっとで『見限ってしまったのである

 その理由は、『市政のやり方が美しくない』のである。

 

★ それから何年経ったのだろう?

 それは今も続いている。

 その後もいろんなこともあって、今は『ある意味』 薮本さんは有名である。

 

   

 

  これは今年の 2月のこんなブログ 

『田舎記者の手帳』 http://blog.livedoor.jp/inakakisya/archives/52614829.html

 からだが ご一読してみてください。

 残念ながら、薮本さん選挙は上手で、市政=選挙活動 みたいな動きばかりをされるのである。

 私の住んでいるまち緑が丘は『高齢化率40%』なのだが、残念ながら薮本さんの得票源になっているまちでもある。

 

★ ホントに三木の方たちはいい方が多いし環境もいいし、市政さえ美しければ『日本一美しいまち』がめざせるのにと思っている。

 私自身は、提案者でもあるので、市政は美しくなくても、市民の活動は美しくありたいと思って頑張っているのである。

 このブログや、ツイッターやFacebook で、三木を発信し続けているのだが、この4月からInstagram を始めて、こんな写真をアップして、そのホントの想いを幾らかでも知って頂こうと思っているのである。

  https://www.instagram.com/rfuruya2/?hl=ja

 

 

   

 

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カワサキの二輪事業と私 その49昭和53年(1978)

2017-04-21 06:48:48 | 自分史

★昭和53年(1978)のカワサキ二輪事業は、2年前の11月に『市場開発プロジェクト室』が創られ高橋鐵郎室長が担当されたのだが、その後どんどん順調に推移するものだから、翌年にはアメリカ・日本を除くヨーロッパを含めての営業部門担当となり、さらにこの年の4月には発動機事業本部の中に単車事業部が創られ、それまで企画室にいた田崎雅元さんなどを逆に取り込んで単車事業部スタートすることになったのである。

そして、その事業部長には高橋鐵郎さんが就任されることになるのである。

 

  

 

 この年の3月には、Z250FT やZ400FXの生産が開始されたり、8月には国内最大排気量のKZ13006気筒が発表されたりして、ニューモデルの開発などは勢いがあった。

この1300の開発責任者大槻幸雄さんは、このマシンを置き土産に念願の?ガスタービンのほうに異動されることになったのである。

 

    

 

 さらにレースの世界ではKR250/350 が大活躍をした年で、このような最高の成績を残した年なのである。

 

   

    

    こちらはカワサキワールドに展示されているKR250である。

    

 

 表面的にはこのように順調な流れであったように見えるのだが、その裏側の実情は非常に厳しい状況下に置かれていたのだが、多分当時事業部におられた技術屋さんなどは、殆どこんな裏事情などご存じないのではと思われるのである。

 

 ★ これまでのカワサキの二輪事業を引っ張ってきたアメリカのKMCの勢いがなくなって、この年の3月でこの10年アメリカ市場を担当された浜脇洋二さんから、発動機出身の山田晴治社長に引き継がれ、二輪車と共に発動機の製品でもあるジェットスキーやスノーモービルもリンカーン工場で生産されその販売も開始されたのだが、スノーモービルは製品的には抜群のものに仕上がっていたのだが、運悪く雪不足と重なって売れ残って大変だったのである。

さらに加えて、『ハーレーのダンピング訴訟』がカワサキの二輪事業の根幹であるアメリカ市場で起こったために、その対応は川崎重工業本社部門も巻き込んでの大問題だったのである。

当時のアメリカ市場の状況について、速遅速遅蜜疎蜜疎 http://www.geocities.jp/croutonv/ で、このように記述されているような時代だったのである。

 

<アメリカ政府による輸入規制>

日本製二輪車が海外に本格的に輸出され始める1960年代前半から、外国政府における輸入規制や高関税の問題はしばしば生じていました。これは当時、日本製の大型二輪車が高性能・低価格を武器にアメリカ市場を席巻し、アメリカ唯一の量産二輪車メーカーであったハーレーダビッドソン社を窮地に追い込んでいました。ハーレーダビッドソン社は、日本のメーカーを相手取って反ダンピング訴訟を起こしており、アメリカ政府に上記内容の規制を働きかけたのです。アメリカ政府も業績の悪化していたハーレーダビッドソン社を救済するという明確な意図を持っていたようです。

 

この『ハーレー問題』を担当していたのが田崎さんで、これはアメリカ市場で単純に車を『安く売っている』ということではなくて、アメリカ独特のダンピングのルールなのだが、アメリカ市場での流通経費率以上のものは認めないのである。

通常でも日本の流通機構は長くて流通経費がかさむ上に、当時のカワサキだけが『カワ販本社』なる一段階多い流通機構になってたので、国内市場の30%以上にもなる国内の流通経費率が問題になって、このままではカワサキだけが『ダンピング』になってしまうのである。

従ってアメリカのダンピング対策なのだが、実際は『国内の販売構造対策』だったのである。

その対策を本社スタッフと共に、いろんな方たちが担当されて、6月、9月とその対策案を上程されたのだが、なかなか現状にマッチせずとうとう暗礁に乗り上げてしまったのである

この問題の対策は、当時のカワ販のトップ人事対策にも拘わる問題なので、最初から『長くカワ販にいた古谷』を巻き込むのは気の毒と配慮して頂いてそれまでは蚊帳の外にいたのだが、9月の対策でも解決しなかったので、突如 塚本本部長から直接の指示を頂いて、カワ販問題対策を担当することになるのである。

 

★この国内販社構造改革は、ホンダ・ヤマハ・スズキに比べてカワサキだけが、カワ販本社という一つ多い流通段階がある上に、そのトップにおられる方々は、役員レベルや現役理事レベルなどの大物がおられるものだから経費率も高くなるし、営業第1線は営業所を除いては旧メグロ・メイハツ出身の方も多く、複雑で、よく内容が解っていないとその具体的対策も難しかったのである。

その対策基本案の骨子を塚本本部長などに答申し、10月18日には川重本社に堀川運平財務本部長を訪ねてご説明をしたのである。

堀川さんは、2年前私が川重企画に戻った時の企画室長でもあった方なので『古谷くんが1ヶ月考えて創った案ならそれに乗りましょう』と言って頂いて10月20日今井財務担当副社長以下本社関係部門の検討会議で了承を得て、正規常務会・取締役会に上程されることになるのである。

 

これが、12月25日に発動機事業本部から出された役員会資料である。

当時はまだ役員会資料と言っても『手書きの資料』で、原案は私の自筆であったが成案は流石に綺麗に書かれている。

     

    

 

 具体的にはこんな改組であった。

一見しただけで簡素化されたのがお解り頂けると思う。

 

     

 

 当時はかって私が担当していた大市場の営業所と各地の代理店からスタートした地域販社が並列していたのだが、それを販社6社に単純化したのと、カワ販本社の中にあった部品事業をKMSとして別会社すすることに依り、その経費比率の削減を図ったのである。

言ってしまえば簡単だが、組織には当然人事も伴うので、メイハツ・メグロの方たちを含め、その実態がよく解っていないとなかなか簡単ではないのである。たまたま10年もいた古巣のカワ販のことだから何とか成案に漕ぎつけたのである。

特に従来大きかったカワ販本社は、KHI国内営業部門と一体運営することとし、従来の本社要員を各販社に分散させて本社部門は10人ほどの小さな部門とすることにし、本社も従来の『東京』から『明石』に移すことにして一体運営を可能にしたのである。

このような対策をすることに依り、問題であった『経費率』の問題は解決し『ハーレーダンピング問題』も解決することになり、1月1日から新体制でスタートすることになったのである。

 

★この問題は9月に塚本本部長から、その具体的な『対策案』を創れとの指示を頂いて、私自身はその対策案を創っただけの積りだったのだが、11月に高橋鐵郎さんが本社の大西常務に最後の確認に行かれた時、大西さんから、KHIとの一体運営となっているが、『これはホントは誰が旗を振るのか?』と聞かれて『古谷です』と答えたら、『それなら古谷を常務にせよ』とのご指示があって急遽カワ販常務となってしまうのである。

川崎重工では未だ一課長の46歳の頃のことで、一躍380名のグループを率いるカワ販常務となってしまうのである。

 

  

 

★少々のことには、物怖じしない私なのだが、これはなかなかの大役なのである。

ただ単に旗を振るだけなら、そんなに難しくもないのだが、従来はかっての川崎航空機の役員であった田中誠社長が10年間統率されていたグループだけに、販売会社の6社の責任者の方の殆どが年上だったし、特に部品会社のカワサキモータースジャパンの苧野豊秋さんは10年来の私の直接の上司だし、事業部長の高橋鐵郎さんにとってもかっての上司に当たる方なのである。

そんな非常に不思議な組織だったのだが、これは『ダンピング対策』で経費率削減が至上命題だったので致し方なかったのである。

それまで、カワ販の社長をされていた田中誠さんも清水屋常務も、現実のカワ販の実務からは離れられたのだが、組織の中からは名前は消えたが、全くおられなくなったわけではないので、お昼は『田中・苧野・清水屋さん』とずっとご一緒に食事のお相手をして、先輩方に対応していたのである。

かってカワ販時代に直接ご指導を受けた田中誠社長が大学の先輩でもあったので、何とかなったのかも知れぬが、苧野さんにはこの後10年以上もいろいろと、気を遣って頂いてお世話になることになるのである。

こんなことは、まず普通のサラリーマン生活では経験できないことで、こんなことも運命かなと思うのである。

この年以降翌年は毎月川重本社の大西常務への報告が定例化したし、その後の私の人事異動は直接の上司よりも川重本社の大西さんや山田さん、大庭さんという本社のトップの方たちの意向で、この後10年の異動が続くことになる全く珍しいサラリーマン生活が続くことになるのである。

 

★単車事業部門との一体経営ということで創り上げた案だったので、カワ販の本社部門は場所も事業部の管理部の隣に移動してくることになり、私が常勤常務となったことで、単車事業部の管理部の各担当職務も翌年1月1日からは新しく担当が変わり田崎さんは、改めてアメリカ担当となるのである。

こののちもKMCの経営の不安定さは続くのだが、一時私の名前も取りざたされていたKMCで、田崎さんをはじめいろんな人たちがそれを言うものだから、一応の覚悟はしていたのだが突如大西常務からカワ販常務を仰せつかったので、私のアメリカ担当はこの時点で一応は消えたことになるのである。

 

         

 

 これから約3年間国内担当をすることになるのだが、このファイルにある通り『カワ販新体制』でのいろんなことがまた続くのである。

 

 ★ その歴史ー「カワサキ二輪事業と私」を最初からすべて纏めて頂いています

https://www.facebook.com/%E3%81%9D%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2-662464933798991/

 

★ https://www.facebook.com/1126074024157186/

 

 

 

  

 

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昨日は忙しかったけど

2017-04-20 05:42:55 | 発想$感想

★ 昨日は、結構朝から忙しかったのだが、なかなか内容の濃いいい1日だった。

先日来、Instagram にはまっていて、何でもやりかけると凝ってしまうので4月12日からだから実質1週間だが、すでにフォロワーは1700名を超え、『いいね』も200以上は頂けるようになった。

   https://www.instagram.com/rfuruya2/?hl=ja

ツイッターやFacebook と連動させて、動けば具体的な事業展開の仕組みとしてはなかなかだと思っているのである。今のところツイッターやFacebook より、回転や対応の速度が早くてオモシロい。

写真のほかにも動画が使えるし、また新しい展開の一つが見つかったと思っているのである

 

         

 

  明石にも行ったので、こんな写真も撮ってきた。

 明石は生まれ故郷だし、懐かしいカワサキの故郷でもある。

 

     

 

  現役の頃、結構入れ込んだ安全運転コースである。

  いまは、折角の二輪車専門の自動車学校も無くなってしまったが・・・・

 

     

 

   そのあと、メーちゃんの PLAZA明石 にも行ったのだが、生憎水曜日で休みだった。

 

     

 

 

     

 

 

     

 

   Instagram  は兎に角、写真が要るのである

  同じ載せるなら、私なりのコンセプトというか、夢が語れるものがいいと思っている。

  PLAZA 明石は、またいつか、出直すことにしたい。

 

 

     

 

   明石に行ったら、ちょいちょい寄る、ちょっとだけ贅沢な回転ずしを食ってきた。

  この店に、独りで行ったのは初めてである。

  いつもは、墓参りに行った帰りに寄る店である。

 

     

 

 それこそ昔々、終戦後引き揚げてきて伯父が疎開していた当時の田舎、今は都会の『伊川谷』にある店である。

 

 

 明石からの帰り、雄岡山・雌岡山(おっこさん・めっこさん)のめっこさんのほうに、久しぶりに登ってきた。

 春霞の向うに明石大橋、そして淡路島

 

    

 

 こんな神社があって、その境内からの眺めである。

 

    

 

 ここには『毎日登山会』の皆さんが、毎朝登ってこられるようで、私の住んでいるまち緑が丘からも沢山の方が、毎朝登られるようである。

私は歩いて登ったことは一度もない。

毎年、初日の出をここから拝んでいた時期も、山頂まで車だった。

  

     

   

 

緑が丘に戻ってきて、登山さんの  Good Times Plaza  にちょっと寄ってみた。

 見慣れぬ新しい、こんなバイクがあった。

 聞いてみたら、かってのKMJというよりカワ販の定期第1期生の渡部達也くん、通称『達ちゃん』のバイクだったそうである。

 

    

 

  こんなバイクたちと一緒に並んでいた。

 

    

 

 ひとしきり、登山さんと雑談して家に戻ったのは3時過ぎだった。

 

 結構忙しかったが、なかなかいい1日だった。

 

  

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ぶどうと金魚とメダカ

2017-04-19 05:26:27 | 日常生活、園芸、バラ

★ 4月も半ばを過ぎた。

 昨夜の嵐も過ぎて、春うらら、まさに水ぬるむ春である。

 我が家の ガレージの下の小さな池の金魚もメダカも動き出した。

 昨年、一昨年と2年続けて金魚がコドモを産んだ

 自然というのはスゴイなと思う。

 

   

 

 これは、三木山森林公園の 『もみじ谷』で写してきた。

 なぜ、こんな谷間にもみじが多いのか? と思っていたが、

 この写真に小さなもみじが何本も生えているのを見て、納得した。

 自然はスゴイなと思う。

 

  

      

 

 ガレージの下の、こんな小さな池で、金魚が卵を産み、子どもが孵るのである。

 去年、数匹の金魚を見つけるまでは、実は解らなかったのである。

 

 今年も多分、大丈夫こどもが生まれるのではないかと期待している。

 そんな兆候が、見える動画である。

 

  

 

 メダカは卵を産んで増えるのは、当たり前のように思うが、金魚が卵を食ってしまうのか、なかなか思うようにこちらの方は増えないのである。

 白メダカも、黒メダカも、ヒメダカも、おなかに間違いなく卵を持って泳いでいるのだが・・・・

 

      

 

 

     

  

  今年、初めての経験なので、よく解らないのだが、

  巨峰 と シャインマスカット の2種類のぶどうを昨年植えた。

  その芽が、やっと動き出した

  今年、実が成るのかどうかは全く解っていないが、間違いなく楽しみが一つ増えたのである。

 

    

 

  この冬は、ぶどうの苗も大事に施肥を切らさずに育てたので、お蔭様で蔓バラの葉の光沢もいい。

  多分、いい花が期待できる

  5月中旬まで、あと1ヶ月。

  いろいろと、わくわくする1ヶ月が始まる

 

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アジアマーケット と田崎雅元さん

2017-04-18 06:40:41 | 発想$感想

★ カワサキの二輪事業の中で、田崎雅元さんと言えば =アメリカ というイメージが強いのだが、その田崎さんがこんな メッセージを添えて、何枚かの写真を送ってくれたので、ご紹介したい。

 

KMCからの帰国、KHI(USA)からの帰国後は私もアジアマーッケトに深く係わりました。

イ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、インド、 オーストラリア、コロンビアにも行き、新車発表会、ディラーミーティングにも参加、特にオーストラリアのアギバイクは設計の杉山課長と現地で市場調査、超特急で製品化し成功、マレーシアではマハティールの肝いりで新製品を開発、一時はホンダを抜いてシェアーナンバーワンとなった事もおもいだします。  

いろいろな工場で記念の植樹をしました。大きくなっているでしょうか。

いくつか写真を送ってみます。 ご参考までに。

 

1990年代のことだと思う。

私はその10年ちょっと前、『市場開発プロジェクト室』当時、カワサキのCKD事業創成期にアジアのマーケットを担当したのだが、10年経ってタイの市場なども様変わりしていた時代である。

 

 

 

 田崎さんと並んで、これもアメリカをやっていた 小川優さんの顔も見えて懐かしい。

 

 これは、ずっと昔、田崎さんがアメリカのシカゴにいたころ、1960年代のカワサキW1を投入していたアメリカ市場開拓初期のころである。

アメリカのハイウエイをWで走った、初めての日本人』というのが田崎さんの自慢だが、その当時は、確かに二輪車に乗るカワサキの従業員がまだ少なかった頃なので、彼は日本でも通勤にバイクを乗ったりしていた数少ない一人ではあった。

丁度、一緒に カワサキの創世期のレースをやってて、そのあとアメリカの『シカゴ』に行った頃で、流石に田崎さんも若いな。

 

  

 

   

 

 

その後もいろんなところで、自らバイクに乗っているのだが、アジア・マーケットでもこんな写真を送ってくれている。

 

   

 

   

 

  こちらはマレーシヤかな。

 

  

 

 

  

 

  

 

 

  

 

 それにしても、田崎さん長く体調を崩していたが、元気になられてよかった。

 ご縁があって、1961年以来のお付き合いだから、もう50年以上にもなる。

 昔の儘に気安くお付き合いが出来ていて、こんな写真も送ってくれたりする。

 私自身は、現役の頃は、カメラも持っていなかったし、『現場は自分の眼で確り見ればいい』と思っていたので、当時の『写真』は一切持っていないのである。

 こんな時代になるのなら、写真も撮っておけばよかったと今になって思っている。

 

 

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三木山森林公園

2017-04-17 06:30:56 | みっきぃふるさとふれあい公園

★ 昨日に続いて、好天だったので、 三木山森林公園を歩いてきた。

孫たちがまだ日本にいて、家に Tom ・Love という柴犬がいたころは、しょっちゅう行っていた『三木山森林公園』だが、今回は久しぶりだった。

三木にはご覧のように大きな公園が幾つもあるのだが、一番手前が 廣野ゴルフ倶楽部だから、その広さがお解り頂けると思う。

右が、昨日行ってきた『三木総合防災公園』だが、広野が3つ入るとかいたが、それくらいの広さである。

三木山森林公園』は左側だが、廣野と同じかちょっと大きいぐらいである。

 我が家は、ちょうどその真ん中あたり、『トーホー緑が丘店』の近くである。

 

  

 

 Instagram をやりかけて、それにアップする写真もいるので、写真を撮りに行ったようなものである。

 そんな写真の中からの幾つかで、『三木山森林公園』をご紹介することにする。

 昨日の『三木総合防災公園』も『三木山森林公園』のいずれもが兵庫県の施設なのである。

 

 入口の広場を逆から見たところである。

 ほんの入口だが、ここだけでも普通の都会の公園よりは広い。

 

  

 

 この間に建物があって、レストランや、音楽ホールなどあるのだが、そのテラスからの眺めである。

 

  

 

  この池から、下の池までがこんな流れになっている。

  お玉じゃくしか何か、子どもたちはとっていた。

 

   

 

 

    下の池のヨコから逆に上を眺めたところである。 

 

  

 

  その横から、山の谷間が『もみじ谷』で約500メートルの登り道である。

  

  

 

  秋の紅葉は見事だが、新緑のもみじも またいい。

 

  

 

  もみじが自生しているのだが、 そのはずである。

  注意深く見ると、小さなもみじが いっぱいなのをご覧いただけるだろう。

 

  

 

  最後の上りはちょっと急だが、いつもはこの『逆のコース』で歩いている。

  今回は、減量も兼て登ってみたが、お蔭様で体重は『2キロ』減った。

 

  

 

  上り切ったところは、またこんな広場がある。

  日曜日で、子どもたちがいっぱいだった。

 

   

 

   その反対側に ウッデイ広場がある。

   ここの桜も、もう終わりに近い。

 

   

 

   代わりに、『つつじの季節』になろうとしている。

 

   

 

   そこからこんな坂道を下ったところが下の駐車場である。

   ざっと1時間弱かかったが、 三木山森林公園の 4分の1を歩いたぐらいである。

   この表にも裏手にも、山の中を通る散歩道がある。

 

   

 

   入口近くのバイク置き場に カワサキがあった。

 

   

 

  結構旧いが、未だちゃんと走っているようだ。

  気持ちのいい、汗をかいた1時間だった。

 

  

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日本二輪車文化協会 設立へ

2017-04-16 06:29:56 | 発想$感想

★ 創刊号から密接なお付き合いのある

  森田伊活さんのベタータイムス5月号が送られてきた。

 

    

 

 

★ そのベタータイムスに、こんな記事が載っていた。

 

一般社団法人 日本二輪車文化協会 設立 

 会長には吉田純一さんが就任されたようで、今後の活動が大いに期待されるのである。

 日本は二輪車の生産大国ではあるのだが、ヨーロッパなどに比べると、二輪文化という点ではまだまだ定着していないのだが、生活の足として、趣味の乗り物として、スポーツ・マシンとして等々、いろんな分野での日本独特の二輪文化が育つことを期待したいものである。

 

    

 

 

Facebook にはこんなページが立ち上がっている。

  https://www.facebook.com/%E4%B8%80%E8%88%AC%E7%A4%BE%E5%9B%A3%E6%B3%95%E4%BA%BA%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%8C%E8%BC%AA%E8%BB%8A%E6%96%87%E5%8C%96%E5%8D%94%E4%BC%9A-614599771987839/

 

 

    

 

 中心になって、活動されようとしている方たちである。

 女性が半数おられるのがいい。

 

 

主な事業部会と活動内容は

● ツーリング推進委員会

 女性ライダーを増やす、レデイースライダー部会

 オートバイ神社や象徴物の認定の、ランドマーク認定部会

 ファースト・エイドの普及の、ファースト・エイド部会

 

● 文化推進委員会   (表彰推進委員会)

 Best Bike of the year

   Best Bike Man & Woman of the year

 

● 地域活性部会  Made in Japan 部会

 『道の駅』改善案  各地のイベントの実施

 二輪に関しての物づくり文化の継承

 などが計画されているようである。

 

★ この二輪車文化協会をリードするのが 前AJ会長の吉田純一さんであり、AJ のメンバーたちが中心になって活動されるようなので大いに期待したいと思っている。

吉田さんのAJでの活動時代から関係のあった、オートバイ議連の事務局長三原じゅん子さんをはじめオートバイ議連の先生がたや、東京都知事の小池百合子さんなど二輪に関心のある方たちにも力になって頂けるのは素晴らしいことだと思っている。

 

この会の副会長は村島政彦さんだが、

その弟さんの 村島邦彦さんと 松島裕さん とのコンビで2012年6月から 『二輪文化を伝える会』を立ち上げて、非常に中味の濃い活動を続けられていて、最近では『二輪文化ラジオ』の活動も加わっている。

 http://2rin-tsutaeru.net/about/

 

   

 

 『日本独特の二輪文化の創造』 それがこんな形で始まろうとしていることに、大いに期待しているのである。

  その情報発信や広報活動など、出来る範囲でお手伝いしようと思っている。

 

 

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三木総合防災公園

2017-04-15 06:25:00 | みっきぃふるさとふれあい公園

★ 三木総合防災公園は、私の家から車で5分のところにある広大な公園である。

 昨日はあまり天気がいいので、昼からちょっと出かけてみた。

よく大きさを表すのに『甲子園球場が幾つ』などと言うが,三木総合防災公園は、『ゴルフ場が3つ』ぐらい入る大きさである。

 

写真をいっぱい撮ってきた。

     

    

 

 ざっとこんな施設がある公園である。

 右下の小さな運動場が野球場である。 サッカーグランドは、5面以上もあるのだが、それよりもほかの広場の方が大きいのはお分かり頂けると思う。

  入場料も駐車場も無料だし、都会の混雑した公園などに行くよりは、のんびりできるのではと思う。

 

 

   

  

 まずは、世界一の屋内テニスコート・ビーンズドーム

 

   

 

  ブルボンは、新潟県柏崎市に本社を置く大手製菓会社だが、そのネーミング権を購入して『ブルボン・ビーンズドーム』と名付けられいる。

  ブルボンの広報に『なぜ?』と聞いてみたら、『新潟地震との関係もあって、防災にお役に立つのなら』ということだった。

 

   

 

   

 

  その中はこんな感じで、まさに世界一、メインコートのほかに左右にコートが確か8面あったと思う。

  こんなに大きいのは、神戸・淡路大震災時に救援物資の置き場に困った経験から災害時には『救援物資置き場』になる。

  東日本大震災の時もコート2面ぐらいが物資で埋まっていた。

 

  

 

  ビーンズドームの前の広場から見る神戸の丹生山である。

  この広場のさらに奥にはキャンプ場や、身体を鍛えることができる運動器具が揃っている広場もある。

 

 

   

 

   ビーンズ・ドーム側は、こんな谷間と道路を挟んで西側にあるのだが、

 

 

   

 

   橋を渡って東側に来るとこんな広大な芝生広場もあるし、

 

   

 

 こどもたちの遊具のあるヨコは、こんなサッカーコートが3面並んでいる。

 ここは県の施設だから、ビーンズ・ドームも、このサッカーコートも、誰にでも貸して貰えることになっている。

 

 

    

  

    

 

 これは防災公園に隣接している『志染の洞窟』『窟屋の金水』とも言われている史跡である。

 

   

 

  正規の入口は逆なのだが、防災公園側からは、

 

   

 

   こんな坂道を200メートル下って行ったところにある

 

   

 

   横の池には、こんな黄金色の鯉がいた

   洞窟の水は、12月から3月初旬まで、金色に光ることで有名なのである。

 

   

   

   野球場のヨコから見る 丹生山 はよかった。

 

   

 

   防災公園にこんなに桜があるとは気が付かなかった。 桜の季節になると突如目立つものである。

   花見の宴のお客さんも結構おられたが、のんびりと静かな、場所取りなど無関係のお花見である。

 

   

 

   この見事な桜のヨコにも、女性が二人、のんびりとお花見だった。

 

   

 

  今日は中に入れなかったが、本格的なサッカー競技場である。

 

  

 

  兵庫県の消防隊の訓練場もある。

  昨日は沢山の隊員さんが訓練をされていた。

 

   

 

  こちらがNHKなどのテレビによく出てくる、大きなビルや家を建てて揺らす実験をする『E-ディフェンス』である。

  一度だけ、正規に見せて貰ったが、地下5階ぐらいまである壮大な装置で、これも『世界一』だそうである。

 

    

 

★ 私は、この『防災公園』が好きでよく来るのだが、『広い』ということはいいことである。

 人がいっぱいの、ところに行くと『人に酔ってしまう』ような気持ちになる。

 昨日も、写真を撮りながら1時間半ほど歩いてきたが、移動は車で動いたのだがそれでも半分ぐらいしか行けなかった。

 

機会があればぜひ一度、お訪ね下さい。 『ビーンズ・ドーム』を見るだけでも価値ありと思います。 

 

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Instagram 初心者

2017-04-14 07:26:41 | ネット、Twitter & Facebook、Instagram

 ★前回 Instagram のことについて触れたのは、4月7日のことだった。

何も解らぬままに始めた Instagram  ではあったが、1週間経ってみると何となく解ってきたような気がするから不思議である。

 

              

 

     何となく、ツイッターと似ているところがある。

  700人ほどフォローしたら、300人近いフォロワーとなって、結構『いいね』も『コメント』も頂けるようになった。

  

   いまこんな状況である。

    https://www.instagram.com/rfuruya2/?hl=ja

 

   いろんなことができるのも解った。

  写真は、幾らでも大きくして見ることができる。

 

   例えば桜はこんなに大きくなる。

 

     

 

              

      

 

        こんな写真をここまで引き延ばして見ることができる。

 

      

 

  

  タグ付けすると、Instagram の中の写真がみんな現れたりする。

      『# 桜 』 と タグ付けしたら、4,1252,826 件 の桜の写真が現れたりする。

 

     

 

      

『#Kawasaki Z1』とタグ付けしたら、桜より多い 4,683,423件 の写真が出てきた。

 

               

 

こんなことして、遊んでいると結構楽しい。

何でも、新しいことを覚えるということはオモシロい。

結構、はまりそうである。

 

みんな、大体が スマホ でおやりのようだが、私はもっぱら パソコンに繋いでやっている

その方が、画面も大きいし、文字の打ち込みなども簡単でいい。

そのパソコンでやる方法が解るまでに3ヶ月ほど掛かった。

 

いま、現在は『スマホ』で撮った写真しか、アップできていないのだが、『デジカメ』からの写真でも出来るようである。

これにチャレンジしてみたが、私の知識では無理なので、今度また孫にでも教えて貰おうと思っいる。

 

 

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