雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

5月の庭は毎日変わる

2016-05-05 15:38:20 | 日常生活、園芸、バラ

★5月、新緑の季節、成長の季節だろう。

毎朝庭を見ると、毎朝、新しい発見がある。

 

 

   

 

 みかんの花が咲いた。

一般にはそんなに、珍しいことではないと思うのだが、我が家のみかんはまだ実を付けたことがない。

植えてからもう5年近くになる、買ってきたときは鉢植えで、ミカンが幾つか付いていたのだが、それ以来一度も実がならない。

花が綺麗に咲くのも初めてである。

花が咲いたら実がなるのだと思う。

今年はみかんが我が家にも成るかも知れない。

 

 

 

  

 

 こちらは『さくらんぼ』。 昨年の秋、苗を買ってきた。

今年の春、桜より一足早く花が咲いた。

『さくらんぼ』はなるかな? 

と半信半疑だったのだが、いま見事に実を付けている。

この調子なら、大きくなればいっぱい『さくらんぼ』食べれるかも知れない。

 

   

   

     

 

バラはもう少しだが、それでも1輪、2輪花を見せ始めた。

 来週には、咲きそろうだろう。

     

 

 

 

昨日は 端午の節句、5月5日だった。

そんな昔流の呼び方のほうが好きである。 菖蒲の節句とも言ったりする。

 

 

 

 我が家の小さな池の菖蒲も花を咲かせた。

この頃は、検索をすると何でも出てくる。

菖蒲の節句』とも確か言ったなと思って、検索してみると、こんな説明があった。

尚武』とは初めて知った。

 

端午が男の子の節句になった訳は?

中国から伝わり、奈良時代、平安時代と行われていた、薬草を摘んで邪気を払うといった宮廷での端午の行事も、時が鎌倉時代の武家政治ヘと移り変わってゆくにつれ、だんだんと廃れてきました。
しかし、武士のあいだでは尚武(しょうぶ=武をたっとぶ)の気風が強く、「菖蒲」と「尚武」をかけて、端午の節句を尚武の節日として盛んに祝うようになったのです。

やがてこの風習は武士だけでなく、広く一般の人々にまで広まっていきます。
はじめは、玄関前に幟や吹き流しを立てていたものが、やがて厚紙で作った兜や人形、また紙や布に書いた武者絵なども飾るようになっていったのです。
さらに江戸時代の中期には、武家の幟に対抗して、町人のあいだでは鯉のぼりが飾られるようになりました。
現在でも、端午の節句のお飾りは地方によってさまざまです。鎧や兜、武者人形、馬や虎・若武者の人形、鯉のぼりや旗のデザインもそれぞれの個性があるものです。
 
 
いろんな発見があるものである。
 
 
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三木 緑が丘 サンロードを愛する人のカイ! HP スタートです

2016-05-05 06:09:56 | 三木緑が丘サンロードを愛する人のカイ!

★先日来、三木緑が丘サンロードを愛する人のカイ!』のホームページを創っていました。

未だ、100% 完成ではないのですが、既にスタートしています。

 

    http://www.thegoodtimes.jp/sunroad/index.php

 

   

 

 

 

 三木も

  

 

緑が丘も

  

 

サンロードも

  

 

 みんな含めて 三木のまちの活性化をめざします。

 

  

 

三木 緑が丘 サンロードを愛する人のカイ!』 世話人代表を殿界寿子さんが務めます。

 世話人はなかなかオモシロいメンバーが揃いました。

 

世話人代表 殿界寿子 サンロード商店街振興組合事務局 広報担当
NPO法人 The Good Times 理事
世話人 松本茂樹 関西国際大学経営学科長
NPO法人 The Good Times 理事
世話人 古谷錬太郎 NPO法人 The Good Times 相談役
世話人 田原正己 サンロード商店街振興組合理事長
世話人 山本 篤 山本医院院長
世話人 向山信吾 NPO法人 The Good Times 理事
世話人 垂井 健 こなや 代表
世話人 新井謙次 キッズ・サポート代表
世話人 大島光貴 神戸新聞三木市局長
世話人 東野尊充 仮面舞踏会代表
世話人 青野信良 イトーセキュリティサービス(株) ・プランナー

 

 

  ブログも

         http://blog.goo.ne.jp/miki_midorigaoka_sunroad

 

 

  Facebook も

         https://www.facebook.com/ganbarou.midorigaoka/

 

       

 

 

  Twitterも

          https://twitter.com/sanro_do

 

      

 

  既にスタートしています。

正式には 5月17日に 関西国際大学の授業の中で、約40名の学生さんに発表して、一緒に協働することになるのでしょう。

当日は、神戸新聞の三木市局の編集長でこの世話人も務めておられる 大島光貴さんもお見えになりますし、

こなやの垂井健さんも、講師を務めて頂けます。

 

こんな『異種、異質な』方たちがみんな協働して、まちの活性化を目指そうという取り組みです

そんな情報発信のベースになる ホームページなのです。

 

NPO The Good Times のトータルシステムをベースの展開です

カウンターも付けました。

いつの日にか10万人を目指したいと思います。

 

  

★燦々Sun Sun です。

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風薫る新緑の5月

2016-05-04 05:54:08 | 発想$感想

★『風薫る』は季語としては初夏だというが、新緑の今頃が一番似合う言葉だと思う。

季節は毎年、間違いなくやってくる。

四季のある日本の風土の中でも一番いいシーズンだと言えるのだろう。

暖かくなり爽やかな季節だが、5月が近づくと風が吹く。

鯉のぼりが空を泳ぐ季節なのである。

 

  

 

昔からの日本は、そんな季節を上手く取り入れていて、『鯉のぼり』が空を勢いよく泳がずに、垂れ下がっていたのでは様にならないのだが、毎年5月には間違いなく風が吹く。

毎年、適度ないい風が吹くものだと思っていたのだが、『昨日の風』はちょっと強すぎた。

★この連休、庭の木々も若葉を延ばし続けている

小さな庭なのに、自分で手入れをしようと思うと、毎日 葉狩や剪定をしなければ、鬱蒼と茂ってしまう。

風が樹木の間を抜けて、『新緑の香リ』を運ぶから『風薫る』などと言ったのだろう。

 

 

 

 風薫る』と画像検索すると、こんな写真が現れた。

日本は 自然豊かないい国だと思う。

ゴールデンウイーク 都会ではこんなのは、感じられない。

こんな日本本来の自然を求めて、人は地方を目指すのだろうか

昨日の テレビ。  高速道路の渋滞ばかりが目立った。

 

『三木』どちらかと言うと『田舎』だが、この季節静かに過ごすには、絶好の立地だと思う

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戦前の韓国について

2016-05-03 19:55:57 | 発想$感想

 

★ Facebook に吉田純一さんが、こんなサイトをシェアしていた。

開いてみると、文章だけではなくて、 You Tubeで、流暢な日本語で語っている大学教授。

あの当時は、日本だったからみんな日本語を話していて、殆どの人が日本語が話せたのである。

『いいことばかり』ではなかったにせよ、この教授が言ってるようにロシヤが入ってくるよりはよかったことは間違いないだろう。

 

       

 

 

日本統治時代を知る韓国人大学名誉教授にインタビュー

 

  https://www.youtube.com/watch?v=HBZowZgUHys

本当に隣国である韓国ともう少し仲良くなれないものかと思う。

是非、一度このYou Tube 聞いてみて欲しい。

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企業コンセプト  雑感

2016-05-03 06:11:35 | 私の生き方、考え方&意見

★先週の日曜日『そこまで言って委員会』で最近の日本の大企業はなぜダメなのか?

と言うテーマで議論していた。

シャープも、東芝も、三菱自動車も、報じられることは次元の低いとても大企業と言えるものではなくて、『ダラシがない』としか言いようがないのである。

 

  

 

これはもう20年以上も前、当時のカワサキオートバイ販売の名称をKMJと改名したころの企業コンセプトである。

ユーザーの満足が全ての思考の基準です』と胸を張って言いきれる、そんな経営を続けていた。

本当に、このように『言い切れる企業』が、果たして日本に幾つあるのだろうか?

昨今の大企業がダラシガないのは、一言で云えばそのトップに理念がない。経営者がダメなのだと言って間違いない

 

企業経営の『思考の基準』が『自社の利益、それも短期的な期間損益』から発想されているのが殆どなのだろう

東発のごまかしも、三菱自動車も『末端のユーザーの満足』など、全然念頭にはないのである。

 

顧客の満足』を『CS』という。

そのCSは、日本では殆どの企業が Customer Satisfaction と言って憚らない。

Customer とは、確かに顧客だが、それは末端の消費者Consumer ではなくて取引先を意味する顧客なのである。

日本流の業界の利益を、消費者よりも取引先を優先する体質が現れていて、こんな思想がグループの利益を優先する『利権体質』に繋がっているのである。

 

二輪業界で言うなら、末端のオートバイ愛好者よりは、販売店の満足を先に思ってしまうのである

経営戦略の思考が『販売店』からスタートしてしまうのである。

20年前、私が担当した当時の、『KMJ』には『CS推進部』という職制があったのだが、そのCは間違いなく『Consumer』だったのである。

当時の事業部そのものの名称が CP 事業本部 (Consumer Produtct)だったのである。

 

  

 

  当時のKMJの『組織・機能図』は、こんな形で、確かに販売会社ではあったが、その活動は当時ARK と称されていた販売店への活動よりは、ユーザー・仲間・社会を 視野に入れた分野『遊びやこころの満足』に注力していたし、目指す企業像は、『好感企業』社会から好感されるグッド・カンパニーを目指していたのである。

遊んでいたら『自然に売れる』そんな仕組みが出来上がりつつあったのだが、どうも日本人は『汗して頑張る』単純スタイルが好きなものだから、その後は『汗して頑張る』昔のスタイルに戻ってしまったようである。

 

先日、他界された当時の社長の高橋鐵郎さんのインタビューの記事を再掲する。

経営者はこんな理念を言いきれる、サラリーマン経営者ではないプロの経営者であって欲しいと願っているのである。

  

   

    

    

 

トップは確りとした『企業コンセプト』『経営理念』を持つ経営のプロでなければならない。

 

  

★燦々Sun Sun です。

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韓国の桜 雑感

2016-05-02 06:53:34 | 発想$感想

★新緑の候、という5月になってちょっと季節外れの桜の話だが・・

産経新聞に 『鎮海の桜』 

http://www.sankei.com/premium/news/160529/prm1605290001-n1.html  

というこんな韓国の桜の記事が出ていたのでちょっと調べてみた。

 

 

 

鎮海の桜は、日本の吉野山の約10倍、34万本の桜があるという。

ちょっと、その規模が違うのである。

桜といえば、日本の花のように言われているのだが、韓国にも桜の名所はいっぱいあったような気がするのである。

終戦の年、中学1年生まで今の『ソウル・昔流に言うと京城』にいた。

 

住所は 京畿道京城府城東区新堂町桜ヶ丘だったし、通った小学校は『桜ケ丘国民学校』だったのである。

その名の通り、その住宅街にはどの家にも桜の木が植えられていたのを覚えている。

現在の地図にも『城東区』も『新堂』という表示も残っている。

 

  

 

 東大門市場の右下のほうで大体の場所は解るのだが、日本と同じく周囲が開発されて山がなくなってしまっている。

 

そんなソウルの 桜の名所 なども載っているのだが、一番有名だったのは『昌慶苑』の桜だった。

確か動物園もあったし、池では冬スケートが楽しめたのである。

そんな『昌慶苑』を探していると、次のような文章に出会ったのである。

 

いつも満開の桜を見ると思うんですよね。韓国の桜の運命を…です。
まだ韓国に来てまもない頃、韓国人の友達が言ったことに驚いたことがあります。
友達:「幼稚園の遠足で昌慶宮(チャンギョングン)に行った時には、桜がホントにきれいだったんだ」
わたし:「今だってきれいだよ」
友達:「いや、その頃はもっと桜だらけだったの」
わたし:「え?じゃあ桜がなくなったってこと?」
友達:「その頃は動物もいたんだ」
わたし:「故宮にどうぶつー??」
友達:「むかし日本が動物園つくったの知らなかった?」

こういう時の気持ちをどう表現したらいいのでしょう。今は故宮として韓国情緒たっぷりの昌慶宮に動物園があったり、お花見をしたりしたなんて…。
その後本で調べると、「日本は朝鮮を植民地支配した直後の1911年、昌慶宮を昌慶苑と名を改め、日本式庭園を造り桜を植え、動物園や大温室を造った。1924年頃から夜桜見物をする人でにぎわうようになった。」ということでした。
戦後も公園はそのままになっていたので、友達のような話があっても当然なのです。動物をソウル大公園に移し、大々的な復元工事が始まったのは、1983年からといいますから、ずいぶん最近まで植民地の名残はそのままだったわけです。

 

確かに、まだ子供の頃のことでそんな経緯は知らなかったが、やはりちょっと複雑な想いである。

それはともかく、韓国のソウルの桜も本当に綺麗である。

 

  

 

  

 

 いろんな想いもあるのだが、

ソウルは私にとっては、子どものころの想い出いっぱいの『育った故郷』であることは間違いないのである。

 

 

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高橋鐵郎さんを忍んで

2016-04-30 20:05:51 | カワサキワールド

★ 高橋鐵郎 さん、『カワサキの二輪事業をスタートの時期から育て上げた方』と言っていい。

4月26日、89歳でその生涯を閉じられた。

 高橋鐵郎さんを想い、手元にある写真からその功績を忍びたい。

 

  

 

 神戸のカワサキワールドに飾られた写真である。

昭和38年(1963)5月、兵庫県青野ヶ原のモトクロスでカワサキは1位から6位までを独占勝利した。

カワサキの二輪事業の存続を日本能率協会が調査中の出来事である。

この写真の一番左がそのリーダーの中村治道さんその隣が高橋鐵郎さん当日現場で指揮を取られたのである。

この勝利が日能の『この事業やるべし』という判断に繋がった一つの出来事だったのである。

 

  

 

それから25年カワサキファクトリーチームのOB会

真ん中が兵庫メグロの西海さん、その両隣が山田煕明、高橋鐵郎元川重副社長、私の横が元川重社長田崎雅元さん、大槻幸雄さんも、ライダーでは安良岡健、山本隆、金谷秀夫、星野一義、も清原明彦さんもいる。

カワサキの創成期のレースチームに関係したメンバーたちである。

当時高橋さんは、どちらかと言うと『営業不信』だったのだが、それが一変して『マーケッテング重視』に変わるのは、昭和43年(1968)当時のカワサキオートバイ販売に2年間ほど出向されてからである。

末端のオートバイ販売店やユーザーと直接接して、その後はマーケット大好きの技術屋さんに変身され、それがカワサキのイメージ創造に大きく貢献したと言っていい。

 

   

 当時の珍しい写真を平井稔男さんが持っていた。左は田中誠社長、その隣が高橋鐵郎さんである。

今の大阪のショールームの土地高橋鐵郎・岩崎茂樹コンビで見つけて購入され、新装なった営業所には私が大阪所長として仙台から異動した。

昭和45年(1970)大阪万博の年である。

 

 

★その後、高橋さんは、技術本部長として川重に復帰されるのだが、私も昭和50年には川重企画に復帰し、その翌年小型車市場進出のために『市場開発プロジェクト』を立ち上げ市場開発室が出来たのだが、その長を高橋さんは技術本部長兼務で引き受けて下さって、それ以降長く直接の上司ー部下の関係が続くのである。

今は、先進国よりは開発途上国が主体の事業展開となっているが、当時のタイ・イラン・インドネシア市場への進出の旗は高橋さんが降られたのである。

その後、そのまま開発途上国だけでなく全市場担当の『営業本部』となりその営業本部長となられたのである。そこには私や田崎さんや岩崎さんなどのかってのレース仲間も顔を揃えていた。

 

昭和54年(1979)ハーレーのダンピング訴訟がありその対応としての国内対策が大問題となり、私は営業本部の課長籍のまま、カワ販の常務も兼務するのだが、高橋鐵郎さんにはその副社長として援けて頂いたのである。

FX400のころで大赤字だったカワ販が一挙に優良販社に様変わりした時期である。

ところが、アメリカ市場で突如日本から飛び火したHY戦争の影響を受けて、アメリカの販売会社KMCは大変なことになり、高橋会長・田崎社長のコンビで昭和56年(1981)にアメリカに出向されるのだが、赤字が続いて川重は無配に転落した時期、これら海外販社の赤字対策のために私は当時の川重の山田副社長に企画に戻るように指示されるのである。

その時、私が企画部長を引き受ける条件として、企画室長に高橋さんをアメリカから戻って頂くことをお願いしたのである。部長に成りたての私には旗を振るには荷が重すぎると思ったからである。

さらにその半年後二輪事業再建に大庭本部長(後川重社長)が来られて高橋さんは副本部長に昇格され、そんな体制の下で単車再建がなされたのである。

 

★この時期、昭和58年(1983)から私が現役を退任するまでの16年間、私の直接の上司が高橋鐵郎さんの時代が続くのである。

高橋さんは、大庭本部長の後、二輪事業本部長として二輪事業の安定拡大に務められるのだが、1988年10月、私は突如高橋さんに国内カワ販の専務を指示され、国内市場7万台の目標を与えられるのである。

そんな途方もない目標実現の第一歩として10月15日に創世期のレースメンバーたちのOB会を開催し、国内レースの復活など『カワサキイメージ戦略』など積極策の推進を誓ったのである。

それから3年後の1991年に国内7万台の目標も達成し、当時の事業本部の経営の柱として国内市場が活動したそんな時期であった。

 

 

 

★当時のカワ販高橋鐵郎社長の KAZEの機関誌に掲載されたインタビュー記事である。

大企業のトップで、技術屋さんでありながら、マーケットマインド溢れるこのような高次元のインタビューの語り口は『我が上司、高橋鐵郎ならではの面目躍如』たるものである。

若し、現役諸君でこのブログお読みになる方がおられたら、是非この記事は熟読してほしい。

これが『カワサキの二輪事業展開の企業理念』なのである。

当時の『カワサキのイメージ戦略の発想のベース』がここにある。

 

 

   

 ZEPHYR の時期、カワ販高橋鐵郎社長さんである。

 

  

 

   

 

 長い高橋鐵郎さんとのお付き合いだったが、不思議なことにツーショットの写真はこの1枚だけである

Kawasaki    Let the good times roll! 

というカワサキの基本コンセプトを復活して全世界に展開されたのも高橋さんなのである。

 

  

 

★ 現役引退をしていまも尚、私は『NPO The Good Times 』というNPO法人をベースに活動している。

これを立ち上げたのはいまから7年前だが高橋鐵郎さんには、『相談役』をお願いをし、昔のプロ野球の監督NO.である30番の会員カードを差し上げたのである。

そしてかってのカワサキのレース仲間たちの名前が続いている。

NO.36番の衛藤誠さんは、『二輪車新聞』の記者さん、もう私とは50年以上のお付き合いでカワサキの二輪事業のことはひょっとしたら今でも現役の衛藤さんが一番詳しいかも知れないのである。

 

    

 

 そんな仲間たちの親分的な存在が高橋鐵郎さんだった

川崎重工業の副社長を、引退後はそのOB会『相信会』の会長も長く務められ、われわれが企画するいイベントなどにも気安く出席して頂いたのである

 

 

 これは何年か前、有馬 泉郷荘でキヨさんが幹事で開催された、第2回目のカワサキファクトリーOB会

 

  

 こちらは、カワ販の OB会『慶睦会』でかっての大阪の仲間、宮本、竹内くんと。

 

 2011年3月、あの東日本大震災のあった年、平井稔男さんが主宰した『カワサキの想い出、そして未来

その時、100名を超えるレース仲間たちが集まった。

一番右が H2Ninja の開発責任者山田浩平くん、この時は現役の技術本部長だったが・・何故か、川重のメンバーの中に山本隆くんが入っている。

 

  

 

 高橋鐵郎さんと田崎雅元さん、女性は単車時代その秘書を務められた長尾さん。

    

 

 その『カワサキの想い出、そして未来』の催しの『幕開けのご挨拶』を高橋鐵郎さんにお願いをした。

 そこまでの司会は、私がさせて頂いたのである。

 高橋さんとの長いコンビの最後の1日になってしまった

 

  

 

高橋鐵郎さんがおられたから、私のわがままが通ったし、いろんなことが出来たのである。

心からご冥福をお祈りしたい。 高橋さん、さようなら。

ありがとうございました。

 

 

  

 

 

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私のゴールデンウイーク

2016-04-30 06:54:52 | 日常生活、園芸、バラ

★ ゴールデン・ウイーク』が始まった。

新幹線は満員だし、高速道路は恒例の渋滞が始まったし、海外に遊びに行く人も多い。

 

今月の14日に大きな地震に見舞われた熊本県だが、新幹線も高速道路も全線開通とのニュースが流れた。

 毎日余震が続く中で、15日で全線開通というスピードは素晴らしい。今月中にガスなどは全面復旧を目指しているようで、こんな作業に従事する人たちにとっては、ゴールド・ウイークも無縁なのだろう。

 

   

 

新幹線も道路も開通したが、このゴールデンウイークに九州に観光に行く人は少ないだろうから、そういう意味では九州地域の観光業も大きな被害を受けたと言っていい。ゴールデンウイーク中九州に観光に行かれる方は少ないだろうが、地震の災害支援で現地に行かれる方は多いのだろう。

 

 

★ そんな人それぞれのゴールデンウイークだが、年中休みの私は、いつものことながら全く静かで殆ど予定もない。

ゴールデンウイークには周りの方々がそれぞれ予定が入って忙しいものだから、逆に私に予定が入らないのだろう。

今年も連休最後の5月8日に、関西国際大学の野球の応援に行くことだけが決まっている。

昨年秋から関西国際大学の野球部の後援会に入っていて、この春のシーズンは大阪体育大学、天理大学、大阪産業大学にそれぞれ勝って勝ち点3、5月に入っての追手門大学、帝塚山大戦が残っているのだが5月8日の追手門大学戦でひょとすると優勝が決まって、神宮行きが決まるかも知れないのである。

是非、この二つにも勝って完全優勝で優勝を飾って欲しいものである。

 

それまでの9日間は、何の予定もないのだが、そのうちに何かが入ってくるかも知れない。

もし何もなければ、庭仕事や薔薇の手入れや、パンダ碁などパソコンの前に座っていれば、時間を潰すのには別に苦労することもない。

特にバラはいまこんな状態なのでゴールデンウイークの後半には花も開いて、花柄積みなど忙しくなるに違いないのである。

 

 

 

 今年は久しぶりに今まではちゃんと世話が出来たので、育ちは順調なので、どんな花が咲くのか、いまから楽しみなのである。

 

 

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余生 雑感

2016-04-29 06:34:39 | 私の生き方、考え方&意見

★余生 とは?  どんな生き方がいいのだろう。

ちょっと調べていたら、『二文字熟語』という http://ameblo.jp/kdoba2716/ こんなブログに出会った。

その中の『余生』の記述である。

 

      

 

 ★一般には、 

よ‐せい【余生】

盛りの時期を過ぎた残りの生涯。残された人生。「静かに―を送る」「―を楽しむ」

 

 などと言われているのだが、上述のように『前向きに捉える』ほうがいい。

 一般的に使われている”余生を送る”の意味は、人生の活動期を過ぎた残りの部分ということになるそうですが、そんな後ろ向きの事は考えず、自分の新たな可能性を伸ばす、人生の次のステップと理解したいものです

と書かれている。

 

★私自身のことに関していうと、83歳を迎えて、確かに残された人生であることには違いはないのだが、

余生を静かに送る』などとは、ちょっと違って、なかなか忙しいのである

その『忙しさ』が現役の時のような、『会社の動きの中』のものではなくて『自分でやりたいこと』だけをやれることがいい。

最近では、『現役時代にやってたこと』がそんなに大きく大事なことだったのか? と思うことすらあるのである。

いま周囲の人と一緒にやってることは、なかなか壮大なのである。

それが若し『実現すれば』楽しくオモシロいし、『若し実現しなくても』誰にも『怒られたりしない』ところがいい。

 

これを支えてくれているのは『健康』である

60歳所謂『還暦』を過ぎてからを若し『余生』というのなら、そのベースになるのは『学歴』や『職位』や『知識・経験』などではなくて、一番大事なのは、体と心が『健康』でありさえすれば、大丈夫『前向き』に生きられると思っている。

今のところ、間違いなく『健康である』と言い切れるところがいい。

そして、『支えてくれている周囲の人』が非常にいい。

出会って、何年も経っているわけではないのだが、『余生』を迎えても幾らでも新しい人たちに出会えるのである

それが、『現役のころの会社の仕事』と言った枠がないから、自由に『オモシロい』と思える人が選べるのがいい

まさに、一般の余生ではない、

自分の新たな可能性を伸ばす、人生の次のステップ』 があるように思っている。

 

それは『健康』である限り大丈夫のようである。

だから、人生にとって一番大事なのは『心と身体の健康』なのだと思っている。

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オートバイ神社 プロジェクト

2016-04-28 08:54:16 | 発想$感想

★『オートバイ神社』のことを吉田純一さんから最初に聞いたのは、もう何年前になるのだろう。

 

   

 

 『オートバイ神社』と画像検索すると、こんなにいっぱいの写真が現れる。

  https://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%90%E3%82%A4%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E3%80%80%E9%9B%91%E6%84%9F%E6%97%A5%E8%A8%98&biw=1275&bih=764&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjHiqTU9a_MAhWlFaYKHWpsCW4Q_AUIBygC#tbm=isch&q=%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%90%E3%82%A4%E7%A5%9E%E7%A4%BE&imgrc=TLSkQOw6_DH5_M%3A

   

     

 

どんどん進行しているようである。

その推進者の全国オートバイ協同組合連合会長の吉田純一さんから私のところにこんな写真が送られてきた。

 

       

 

 お守りを制作中でその見本だそうである。

 

   

 

 このプロジェクトに協賛する方たちも、どんどん増えているようである。

 吉田さんからのメッセージにはこんなことが付されていた。

オートバイ神社が次々話しが出て千葉の神社が商工会を通じ認定して欲しいとか熊野の方で百五銀行の偉いさんと地元の有力者が是非会いたいとか今回一般社団法人日本二輪車文化協会を利用してやって見たいです。

きっと成功すると思います。是非お知恵と力をお貸し下さい。よろしくお願いします(オートバイ神社のお守りの見本が出来ました(^^) .表裏です(^^)今注文して取りに会えず600ずつ1200注文しました。又写真や現状をお知らせします 。』

 

★具体的なお手伝いはなかなか出来ないが、NPO The Good Times の『異種、異質、異地域をみんな結んで・・』という基本コンセプトにでも、その情報発信力でも、広報的には幾らでもお手伝いが出来ると思っているのである。

まさに『たまたま』だがごく最近神戸ベンチャー研究会で、こんな『日本の伝統文化、神社・仏閣』を真面目に取り上げようとする種田成昭さんという30歳のベンチャー企業家に出会ったのである。

 
       
 
 
 
   Flucle というこんなベンチャー企業を昨年立ち上げたばかりなのである。
 
 
若いし、情熱もあるし、『オートバイ神社』のことを話したら『非常に興味がある』と言うのでFacebook で吉田純一さんを紹介した。八尾にお住まいと言うので近いうちに、お二人はお会いになるかも知れない。
 
種田成昭さんに、コンセプトも情熱も、おやりになってるイベントもいいのだが『仕組みと情報発信力』が欠けていると指摘したら、すぐにNPO The Good Times の会員にもなられたし、新しくツイッター  https://twitter.com/cW9p4R4HldDFN0C も創られたし、いまブログも準備中という。
 
そんな素早い行動力がいい。
 
 
吉田純一さんという『実力者』と組んだら、お互いプラスばかりだろうし、『オートバイ神社プロジェクト』もより具体的に進行するかも知れない。
昨日のNPO The Good Times の理事会には、神戸ベンチャー研究会の主宰者の松本茂樹先生も出席だった。
 
『異種、異質の実力者』が組むから、オモシロいのである。
 
オートバイ神社プロジェクト』 今年はより具体的に、よりオモシロい展開になるかも知れない。
 
 
 
 
 

 

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NPO The Good Times 7周年

2016-04-28 06:59:05 | NPO The Good Times

★昨日はNPO The Good Times の総会前の理事会だった。

法人であるから、年に一度は決算があるし総会もある。

NPO The Good Times 自体は、ネットをベースにした「仕組み」そのもので、その仕組みは殆ど100%出来上がっているので、『異種、異質、異地域をみんな繋いでいい時を過ごそう』という基本コンセプトの具体的な展開はその特別プロジェクトであるWorld Good Riders Association や地域活性化のプロジェクト燦々SunSun のほうでの展開になっている。

特に昨年度から立ち上げた燦々SunSun の動きは、今年はオモシロくなりそうで、地元の関西国際大学との協働でいろいろ進みそうなのである。

そんなこともあって今年度から関西国際大学の経営学科長松本茂樹先生緑が丘のサンロード商店街の広報担当殿界寿子さん、三木緑が丘の日曜マルシェの実行委員長を務めた向山信吾さんの3人に新しく理事に参加いただいたのである。

 

昨日は、そんなお三方の初めての 理事会出席でもあったのである。

 

  

   

三木緑が丘サンロードを愛する人のカイ!』 https://www.facebook.com/ganbarou.midorigaoka/   という殿界寿子さんが世話人代表を務めるグループも、いろんな活動を始めるし、

 

  

 

健康食品『オオムギのこなhttp://www3.hp-ez.com/hp/konaya3/page1    大麦の無農薬栽培ー製粉ー商品化ー販売などの一貫の動きも垂井健さんが主宰して既にスタートしている。

それに松本茂樹先生の『地域活性化の大学の授業』と絡めて推進しようという、ちょっと先進的な取り組みなのである。

   

  

その『広報』は神戸新聞の三木版編集長の大島光貴さんの『みきトレインFC』が絡んでくれるし、https://www.facebook.com/groups/1053687644641479/

さらにそれをNPO The Good Times の情報発信力でフォローしようというのである。

 

NPO The Good Times は今年で7周年を迎えることになり、まさに『異種、異質』な人たちが繋がる日本でも初めてのオモシロいプロジェクトになりそうなのである。

 

★理事会の議題は、今年度の総会に懸ける議題などだけだったので特に問題もなく承認されて、あとは集まったメンバーでの気の置けないトークで、夜の9時までいろいろと喋っていた。

 理事会は山本隆議長で、こんな感じで進行し、無事終了した。

 

 

 

     

    

 

  今回集まったメンバーたちである。

 

 

  NPO の理事会の議題ではなかったが、WGRA のこんなイベントの話でも盛り上がったのである。

 5月21日 今年は伊勢で開催されることになっている。

 

   

 

   

 

今年第1回の理事会も無事終わって、次回は5月29日の総会で今年度 NPO 7周年の方向が承認されることになる。

 

  

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昭和の日 雑感

2016-04-27 06:50:52 | 発想$感想

★ もう直ぐゴールデンウイークが始まる。

そのスタート4月29日が『昭和の日

私が子供の頃は、4大節と言われて、紀元節、明治節と並んで『天長節』と呼ばれていた。

 

  

 

昭和の時代は、昭和64年まで64年間続いた、日本では勿論、世界でも一番長い時代だそうである。

私自身が、昭和8年の生まれなので、生涯の大きな部分を昭和の時代とともに生きたという実感を有していて、『昭和』については特別の想いを持っているのである

 

● 昭和20年8月の終戦までの『戦前・戦中』時代                     

● 昭和20年代の『戦後の時代

● 昭和30年代 『もはや戦後ではない』で始まり東京オリンピックで締めくくった『成長期』           

● 昭和40年代は『躍進の時代

● 昭和50年代には『安定成長期

 

自分の年代で言うなら、終戦の年が12歳、中学1年だった。

食い盛りの10代後半は、戦後の食糧難の時代であった。

昭和32年に川崎航空機に入社し、昭和36年から会社としての新事業『単車事業』に関わったのである。

昭和の最後の年、昭和64年は私も52歳現役も最終段階の時期になっていた。

昭和の年代に学び、結婚し子供も生まれて、昭和とともに人生を歩んだという感じを強く持っている

 

子供の頃の昭和20年までは、満州事変(昭和6年)、支那事変(昭和12年)、第二次世界大戦(昭和12年)、大東亜戦争(昭和16年)と日本だけでなく世界中が『戦争の時代』だったと言っていい。

そんな時代とそれ以降の 平和な躍進・安定の時代を経験したし、いろんなものの進歩で『世の中は一変』したそんな時代が昭和だったのだろう。

昭和天皇が崩御されて、昭和の御代はは終わり『平成』となるのだが、

昭和の日』とはこんなことのようである

 

 

  

 天皇陛下は、今は平成天皇の時代なのだが、私とは同い年だし、どうしても『天皇陛下』と言うと『昭和天皇』を思い浮かべてしまうのである。

子どものころは、天皇陛下は『神の存在』であったし、あの玉音放送も炎天下の運動場で直立不動の姿勢で聞いたし、さらに戦後初めての神戸行幸の時は、宿舎がなくて今の神戸高校、当時の神戸一中の教室を改造されて泊まられたのである。

そして、中学2年生であったが、私たちのクラスは天覧授業の栄に浴し、天皇陛下はほんとにすぐ近くに立たれて授業参観をされたのである。

そんなこともあって、私にとっては『昭和の日・昭和天皇』には特別の想いもある。

戦後朝鮮からの引き揚げによる生活の一変など大変なこともあったが、沢山の経験ができたた『いい昭和時代』に生きられたことに感謝なのである。

 

 

★特に『昭和一桁』世代は、戦前を確りと『知っている』特別の世代で、『昭和二桁』になるとまさに『戦後派』でちょっと感じが違ってくるのである。

 

私より『2つ若い』昭和10年生まれの田崎雅元さん(元川重社長)がいつも言っていた。

昭和一桁は、早飯で、英語と女性に弱く、ダンスが出来ない』 確かにそんな傾向なのである。

食糧難の時代に育ったのでみんな食うのは早い。男女共学は、私は中学3年生からで、男女共学の経験のない女性と話すのも『苦手な』方もおられるのである。戦時中は英語教育はどうだったのか?戦後の何年間は教科書ももう一つ方向が決まってない時代で、授業は先生次第のようなところがあった。少なくとも中学校の頃は、歴史の授業はなかったと思う。多分教科書がまだ、整備されていなかったのだろう。

中学校や女学校が、昭和一桁世代は旧制中学で、二ケタになると新制中学入学なのである。

 

そんなこともあって、所謂『戦後派』と言われた昭和二桁世代とはちょっと違うのだが、

段々と昭和一桁は周囲にも少なくなって、寂しい想いもしている昨今なのである

 

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孫 古谷仁と過ごした1日

2016-04-26 06:23:32 | 日常生活、園芸、バラ

★ 昨日は1日、孫 古谷仁と一緒に過ごした。

突然やってきて、1日付き合って欲しいという。

何をするのかと思ったら、大学の卒論を書く材料を集めるのだという。

何のことかよく解らなかったが、空間というか広場の『ランドスケープデザイン』の研究とか、訳の分からぬことを言うのだが、要は『神戸のメリケンパーク』や『天王寺公園』、『千里のセルシー広場』の状況を調べるので、『そこまで車で連れて行って欲しい』ということなのである。

  

 

 

 メリケンパークでは、『広場』としての空間、段の高さなど尤もらしく調べたりしていた。

 

  

 

  私は、カワサキワールドもあるし、何度も来ているのだが、こんな石碑があるのも、初めて解ったし、

 

  

 

 ハーバーランドから見るメリケンパークの景色も再認識した。

 

  

 

  そのすぐ横の川崎重工には珍しく、潜水艦が2隻も泊まっていた。

   行く先々で、大学在学中ずっとはまっていたダンスを自分で動画に撮っていた。

  あとで彼なりに音楽も入れて編集するのだという。

 

 

★ メリケンパークから天王寺公園まで、約40分。 意外に近いなと思った。

ここは初めてで、動物園は日曜日で休みだったが、それでも大阪、流石にいっぱいの人だった。

 

 

    

 

  高いビルがあるなと思ったらそれが日本一の高いビル『あべのハルカス』だった。

 

    

 

 そのあとさらに北に移動して、『千里のセルシー広場』 ここは特に何もなかったが、聞いてみたら40周年も経っている旧い広場だという。

千里ニュータウンが出来たころからある広場だそうである。

 

    

 

★ 『広場』 確かにそこには人の集まる要素もあるし、集まった人たちが快適に過ごせるような配慮もいろいろある。

 階段の高さや、ベンチの高さなど、いろいろ測ったりしていたが、私自身は『広場』ももっと自然なほうがいいので、最後は三木の『三木山森林公園』に連れて行った。 この自然の広さには孫もななかな気に入ったようである。

 

昨日回った広場のあちこちで、その景観をバックに、踊ったりしているのだが、それをちょっとだけ動画に纏めてみた。

同じこの素材に音楽を別途入れて纏めるようだが、こんな1日だったのである。

 

   

 

 予定にはなかった『三木山森林公園』 その自然の豊かさが気に入ったようである。

 

  

 

     

 

 最後のダンスは「、広場ではないが もみじ谷のこ径で。

 

   

 

 

  どんな風に纏めるのか?

  それはそれとして、孫古谷仁と過ごした1日、 1万歩近く歩いたし、車は150キロ以上走行した。

  『いい1日だった』と思っている。

 

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健忘症 と 認知症

2016-04-25 08:26:59 | 日常生活、園芸、バラ

 

★年々『物忘れ』がひどくなる。

『認知症』になっているのではないかと思うほどである。

そんなことで、ちょっと調べてみた。

この頃は、何でも検索で現れる。 検索すること自体が結構楽しいのである。

 

 『健忘症 と 認知症 』で検索すると、こんな風に現れた。

 

    

 これで見る限り、加齢による物忘れ であって 認知症ではない。

 

 

    

 

 こんなのもあって、まずは安心だが、それにしても名前が出てこない。

最近、さっぱり解らなくなってしまったのが、花や植物、 沢山育てている薔薇の名前。

殆どが、名前が出てこないので、最近は名前を、覚えようとしなくなってしまっている。

 

   

 

 

いまの時期、咲き出したこれは『ハーブ』の一種だが、花の名前は勿論解らないのだが、『ハーブ』を思いだすのに大変だったのである。

 

 

   

 

 

  これもそんなに珍しい花ではないのだが、名前が全然出てこない。

  そんな中で、 いつもちゃんと思い出す名の植物があったりする。

  そんなにポピュラーな 名前ではない。

  ご存じの方のほうが少ないだろう。

  『京鹿の子』

        5月になると庭のあちこちに咲く こんな花である。

 

   

 

  なぜか 忘れないから 不思議である。

 

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神戸ベンチャー研究会  雑感

2016-04-24 07:42:59 | 発想$感想

★ 昨日は今年度最初の神戸ベンチャー研究会だった。

 

  こんなスピーカーのこんなテーマの発表だった。

 

  

 

 活字から見ると何か固そうでオモシロくないと思われるかも知れないが、それぞれのスピーカーのお人柄もあって、なかなかオモシロかったのである。

 

まずは兵庫県の産業振興局の宮口新産業課長さんからスタートした。

 

  

 

 宮口さん、3月末までは洲本市に出向されていたこともあって、今の職場は新任課長さんなのだが、官僚らしくなくて非常によかったと云えば、おかしいのかも知れないが率直にそう思ったのである。

終了後の懇親会でも率直に話が出来てよかったと思っている。

 

 田中久義さんは、神戸ベンチャー研究会の世話人で、公認会計士の資格をお持ちだが、具体的にベンチャー支援に取り組んでおられて、現場を解ったうえでのお話だった。

 

  

 

 

3番目に話された、種田さんは30歳の若さで、ベンチャー企業も昨秋立ち上げたばかりで、そのテーマも

『神社やお寺仏閣とベンチャー企業を繋ぐ』という不思議なテーマだったが、なかなかオモシロかった。

懇親会では意気投合してNPO The Good Times の個人会員にもなって貰ったし、Facebook でもトモダチで繋がった。

『オートバイ神社』の話にも非常に関心をお持ちなので、吉田純一さんにもご紹介しようと思っている。

その話しぶりは『教祖』のような説得力があって、日本だけでなくアメリカでも勉強されたりしていて、世界を視野に入れている『広さ』がいいなと思った。

 

  

 

 そんな感じが少しだけお解り頂ける動画である。

 

 

 

★ 昨日は、この20日で『土林水庵』のお店のほうは辞めて、新しい形で文字通り『ベンチャー企業』として出発しようとしている『向山信吾』くんも、初めて参加していて、神戸ベンチャー研究会に大いに好感を持ったようである。

確かに、昨日の神戸ベンチャー研究会の雰囲気は、アメリカかの本場のシリコンバレーでいろんなことをおやりの Ted Tomonaga(友永哲夫)さんも飛び入り参加で、この方ともFacebook でトモダチになった。

  https://www.facebook.com/ted.tomonaga

このスピード感がいい。

 

今年度『神戸ベンチャー研究会』は、非常にいいスタートを切ったと言っていい。

 

 

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