野々池周辺散策

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ヤマハ GL750

2011-05-20 07:00:04 | 内燃機関
「ヤマハ GL750」
後にも先にも、これ以上格好良いバイクは存在し得ないと思われる程である。
1971年東京モーターショーに参考出品された、ヤマハスポーツGL750だ。これほど、端正のとれた凛々しいバイクはないと個人的には思う。水冷2サイクル並列4気筒750ccで燃料噴射を装備する計画とある。1970年代は、素晴らしい造形のバイクが多かったが、その中でも特筆すべきデザインのバイクだと思っている。当時は米国の排ガス規制が激しくなり、結局2サイクル大排気量車の販売は困難だったのだろうか。しかし、その設計思想の一部は2サイクルロードレーサーYZR500へと変貌した。

同時期、カワサキも試作番号「0280」という、水冷2サイクル・スクウェア4気筒750ccエンジンを搭載したバイクを開発していた。このエンジン、アリエルの4サイクル・スクウェア4気筒のシリンダー配置を参考に、シリンダー形式及び吸気管、燃料供給方式、排気管等において独創性の強い設計構造だった。GL750がYZR500として大きく変貌しヤマハを代表するバイクとなったの対し、「0280」は革新的設計を活かせずじまいであった。しかし一方、優れたデザインであったZ1Rのデザイナーが造形した「0280」は特筆すべき造形デザインだった。

もう40年前の話である。

「参考」‘73年YZR500の第一号車として水冷2サイクル4気筒エンジンを搭載したOW20がデビューし、同年のフランスGPで初勝利した。以後YZR500は1981年までピストンバルブ並列4気筒エンジンで進化を続け、その間に1975年、1978~1980年のチャンピオンを獲得した。日本車が世界GPの500ccクラスでライダータイトルを獲得したのは、1975年のアゴスチーニ+YZR500が初めてだと記憶している。



ヤマハ発動機(株)は5月17日、ヤマハグランプリ参戦50周年の記念カラーを発表した。
それを記念してMotoGPのオランダGPとアメリカGPにスペシャルカラーのYZR-M1を走らせるとのことである。何事にもぶれない企業体なんだな。

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