「年末、野々池貯水池のサザンカ」
年末の野々池貯水池で、次に咲く順番を待っているのは椿の蕾ぐらいだが、少し迂回すると紅色のサザンカが数本咲き始めていた。々池貯水池の土手の草は殆どが枯れて赤茶けた色に変わり、春先までは何も咲かない。
今年も一年が過ぎた。
昨年もそう感じたが、自分のブログを始めるまでは、他人の情報を見ているだけで自分から情報を発信する事などは全くなかった。自分で興味ある情報を検索はするもののチャンネル数の多いテレビのような使い方だけで、何となく眺めていただけだった。これが、ブログを始めてから、気がつくとデジカメで写真を撮ってきてはブログを書いている。書き始めると、なかなか面白く書けて、集中している自分が居てびっくりすることもある。 この繰り返しはブログの最初から変わらない。そして注目すべきはそのブログを通して、今まで交流の無かった人との交流が生まれてくるし、加えて、アクセスカウントが上がっていくのが楽しみになると、ブログを中心とした循環行動が出来上がる。今年の年末が過ぎるとブログを初めて二年目の正月となるが、このようにブログには随分と助けられた思いだ。こうして見ると、確かに「ブログを書くこと」は良いものだ。
日頃からこうではないかと考えていた事象や現象が発生した場合には、直感的に頭の中に言葉が出て、その直感の源流には自分の基本的な考えがあるからだろうか、その延長上でブログを書くので全く苦にならない。むしろ、無用に長ったらしい文章に成りがちなのを、バサーッと短くするのに苦労する。長くとも2500字前後を心掛けてはいるものの難しい。
現在、一日置きにブログを投稿している。
その日にブログを投稿すると、基本的に、その日はブログから離れ何もせず、野々池貯水池ジョギングコースやその周辺を散策したり、ウォーキングしている。不思議なもので、野々池貯水池ジョギングコースをウォーキングしていると、次のブログの題材や書いたブログの欠点が浮かび上がってくる。これは不思議なことで、実は妄想に近いのかもしれないが、頭に浮かんだものを記憶しておこうと努め、帰宅後パソコンを開くことがままある。ブログを投稿する前日の朝、2時間ぐらいで書きあげるが、考えて、書いて、「てにおは」の修正と文章の流れ修正にも時間がかかる。すんなり読める時もあれば、読んでも何度も引っかかる時も出てくる。自分の強く意図とするのを書こうとするとどうしても引っかかるが、この場合はそのままに修正しないことにしている。ブログ原稿を書いた夕方、再度読み直し言いたいことがすんなり読めたら、明日の朝に投稿する。 これが投稿するまでの基本パターン。どうしても書かずんばおられないという日もあるが、その日は日を置かずに書いて投稿している。だが、その逆もあって、何も書きたくない日もあるのも事実。
自分一人で考えている限りは、その状態は維持されたままだが、「考え」をブログに書くことによって、誰かの目に触れる状態に置くことによって、自分自身が変わることもできる・・・良いもんだ。自分本位の独善的なブログにも関わらず、田舎の親戚から「この記事は面白かった」とか、「今度はこれを書いてくれるだろうと話題にしている」とかを聞くと止めるわけにはいかない。そして、ブログ読者にとって定期的に訪問する価値があるものに少しでも近づきたいと思っている。
今日は31日、来年はどんな年になるのかな。
景気が本当に良くなって欲しいものだ。
どなた様もどうか良いお年をお迎え下さい。
今年一年、訪問していただき有難うございました。
「二階からみた野々池貯水池に見える夕焼け」
年末の野々池貯水池で、次に咲く順番を待っているのは椿の蕾ぐらいだが、少し迂回すると紅色のサザンカが数本咲き始めていた。々池貯水池の土手の草は殆どが枯れて赤茶けた色に変わり、春先までは何も咲かない。
今年も一年が過ぎた。
昨年もそう感じたが、自分のブログを始めるまでは、他人の情報を見ているだけで自分から情報を発信する事などは全くなかった。自分で興味ある情報を検索はするもののチャンネル数の多いテレビのような使い方だけで、何となく眺めていただけだった。これが、ブログを始めてから、気がつくとデジカメで写真を撮ってきてはブログを書いている。書き始めると、なかなか面白く書けて、集中している自分が居てびっくりすることもある。 この繰り返しはブログの最初から変わらない。そして注目すべきはそのブログを通して、今まで交流の無かった人との交流が生まれてくるし、加えて、アクセスカウントが上がっていくのが楽しみになると、ブログを中心とした循環行動が出来上がる。今年の年末が過ぎるとブログを初めて二年目の正月となるが、このようにブログには随分と助けられた思いだ。こうして見ると、確かに「ブログを書くこと」は良いものだ。
日頃からこうではないかと考えていた事象や現象が発生した場合には、直感的に頭の中に言葉が出て、その直感の源流には自分の基本的な考えがあるからだろうか、その延長上でブログを書くので全く苦にならない。むしろ、無用に長ったらしい文章に成りがちなのを、バサーッと短くするのに苦労する。長くとも2500字前後を心掛けてはいるものの難しい。
現在、一日置きにブログを投稿している。
その日にブログを投稿すると、基本的に、その日はブログから離れ何もせず、野々池貯水池ジョギングコースやその周辺を散策したり、ウォーキングしている。不思議なもので、野々池貯水池ジョギングコースをウォーキングしていると、次のブログの題材や書いたブログの欠点が浮かび上がってくる。これは不思議なことで、実は妄想に近いのかもしれないが、頭に浮かんだものを記憶しておこうと努め、帰宅後パソコンを開くことがままある。ブログを投稿する前日の朝、2時間ぐらいで書きあげるが、考えて、書いて、「てにおは」の修正と文章の流れ修正にも時間がかかる。すんなり読める時もあれば、読んでも何度も引っかかる時も出てくる。自分の強く意図とするのを書こうとするとどうしても引っかかるが、この場合はそのままに修正しないことにしている。ブログ原稿を書いた夕方、再度読み直し言いたいことがすんなり読めたら、明日の朝に投稿する。 これが投稿するまでの基本パターン。どうしても書かずんばおられないという日もあるが、その日は日を置かずに書いて投稿している。だが、その逆もあって、何も書きたくない日もあるのも事実。
自分一人で考えている限りは、その状態は維持されたままだが、「考え」をブログに書くことによって、誰かの目に触れる状態に置くことによって、自分自身が変わることもできる・・・良いもんだ。自分本位の独善的なブログにも関わらず、田舎の親戚から「この記事は面白かった」とか、「今度はこれを書いてくれるだろうと話題にしている」とかを聞くと止めるわけにはいかない。そして、ブログ読者にとって定期的に訪問する価値があるものに少しでも近づきたいと思っている。
今日は31日、来年はどんな年になるのかな。
景気が本当に良くなって欲しいものだ。
どなた様もどうか良いお年をお迎え下さい。
今年一年、訪問していただき有難うございました。
「二階からみた野々池貯水池に見える夕焼け」