野々池周辺散策

野々池貯水池周辺をウォーキングしながら気がついた事や思い出した事柄をメモします。

一度だけの経験

2024-01-06 06:37:48 | その他
2日の羽田空港での日航機と海上保安庁の航空機との衝突・機炎上事故は身震いするほど衝撃的だったが、日航機の乗客乗務員379名は全員が脱出したと報道されている。乗客らは、機体から炎が上がる中、脱出用シューターを使い、短時間で逃れることができたそうで、これを達成させた日航CAの対応に海外を含む多くのメデイアは称賛する記事を載せている。よく言われることだが、世界中の航空機事故の約7割が離陸後の3分間と着陸前の8分間に集中していることから、とにかく航空機の離着陸は要注意だ。 しかし、多くのフェイルセーフ思想を反映したはずの航空機そして飛行場での離発着時の事故なので、どこに問題があったのか、その分析結果を注目している。

離着陸時ではないが、私も航空機事故で思い出したことがある。
現役の頃、日米を何度も往復している時期があった。ロスアンジェル空港と関空までの往復、当時はノースウェスト航空(NW)をよく利用していた。当時のNWはLAX発日本経由でマニラ(だった?)行きだが、客室乗務員の質がとにかく悪かった。これしか便がないので使用せざる得なかったのだが。航空機に乗ると、いつもそうだがビールを飲んで寝てしまう。LAXから帰国の際、或る時、寝ていると突然、場内アナウンスでこれからアンカレッジに向かうと言う。確か千島列島上空辺りだったと記憶しているが、何げなしに外を見ると、右側翼端から燃料らしき流体を空中に流し続けているではないか! 燃料放出、何の原因で燃料放出するのか説明もないまま、異常事態だ。それでも寝ている乗客が多いのか客室は意外と静かで、かなりの時間燃料らしき流体を放出していた。

アンカレッジ上空を数度旋回し、空港に着陸したものの、数時間機内に閉じ込められたままで、詳細のアナウンス報道がない。数時間経過したにも拘わらず、今後の説明がない上に、機内に閉じ込められたままで、外部との連絡も取れない。乗務員に日本に連絡したいと言っても断り続けられたが、しつこく何回も要求すると、そのうち「特別だが、他には黙っててくれ」と言って、機外の電話機のある場所を教えてくれて外に出してくれた。日本に電話すると家族はNW機緊急着陸の事を知っていた。数時間機内にいたが、機体の修理や代替が出来なかったのだろうか、夜の11時ころだったと思うが、今日の晩はアンカレッジに泊ってくれと言う。たまたまビジネス席だったこともあって、ビジネス客は優先的にホテルに車で移動した。冬だったこともあり外は大雪。疲れてホテルについて再度自宅に電話し状況を伝えると、すぐに眠ってしまった。朝起きても、その後の飛行機の都合がつかない。どうするんだと皆が詰め寄るも回答なし。

その後、時間があるので動物園見学か、各自空港に行って時間をつぶすかの二者選択を選べと言う。で、その日の半日動物園で過ごした。確か、その日の昼すぎだったと思うがアンカレッジ空港に行ったが、まだ出発時間が決まっておらず、そこでブラブラと数時間の時間を潰した。そしたら、突然並べと言って、帰国出来るようになった。ビジネス席だったから少しは優遇してもらえたが、聞くとエコノミー席の対応は異なっていたようで、それはかなり気になった。たいした英語力もなく、早口に喋られたら理解不能。寒いうえに一歩間違えたらと言う、この経験は非常に困った思い出である。NW機は度々こういう事態があると聞いてはいたが、「異常を感知したら飛ばない」を優先した結果だろうから、その点は有難かった。アンカレッジ空港に立ち寄ったのは遠い昔の「羽田発アンカレッジ経由米国行き」以来だが、空港内ロビーの2体の超巨大白クマの剥製だけが印象に残っている。

今回の羽田の事故でも、管制官と航空機側のやり取りについての是非が俎上に上がっているが、結論を出すのは先の事だろう。
航空機は最も安全な移動手段と言われているが、その歴史は多くの事故解明から持たされたもので、フェルセイフ思想も航空機事故から横展開されたもの。航空機事故対策として有名な事故と言えば、教科書的存在にあるのが「コメット機の空中爆発事故」で、航空機事故の悲劇の先駆者だった。金属疲労による空中爆発だったと原因付けられ、その後の金属疲労研究に繋がった。

失敗学の著書として有名な畑村洋太郎(元東大教授)の「失敗学のすすめ」という本の中には、2種類の失敗分類があり、「良い失敗」=細心の注意を払っても防ぎようのない失敗、つまり学ぶ価値のある失敗。もう一つは、「悪い失敗」=注意を払えば防止できた失敗、学び得ることのない失敗だそうだ。良い失敗の好例ではコメット機の空中爆発が金属疲労学を発展させた好例の一つとして、「失敗学のすすめ」にも記載されている。コメット機の事故調査の当時は、疲労寿命に及ぼす過大荷重(過大圧力)の影響について、正確な知見がなかった。内圧疲労試験の前に実施した耐圧試験の過大圧力によって、窓のコーナー部に圧縮残留応力が生じ、疲労寿命を誤認したと報告されているので、よく覚えている。英国の航空機メーカがコメット機の飛行を停止して事故原因の究明や安全対策の策定で時間を費やしていた間に、米国はボーイングB707やダグラス社はDC8開発に成功し、ジェット旅客機の世界市場が完全に米国のものとなっていったという曰くつきの事故だ。

コメット事故を契機に、故障の拡大を食い止める「フェイルセーフ思想」が発展普及し、その後の航空機の安全性を著しく向上させたことは有名な話。
故障の拡大を食い止める「フェイルセーフ思想」等によって、アメリカの国家運輸安全委員会 (NTSB) の行った調査によると、航空機に乗って死亡事故に遭遇する確率は0.0009%であるという。米国内において自動車に乗って死亡事故に遭遇する確率は0.03%なので、その33分の1以下の確率という報告もある。重大事故ではあったが「良い失敗事例」としての教訓を残した。

以上、羽田事故をみて思い出した。
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