野々池周辺散策

野々池貯水池周辺をウォーキングしながら気がついた事や思い出した事柄をメモします。

21号来襲

2018-09-05 06:22:44 | 日常生活
ここは西明石に近い神戸市西区。4日の朝は午前4時頃に目が覚めた。家人はまだ寝ているので、独り外に出て新聞をとるが、薄曇り風なし。8時頃には陽も出て、何となく暑くなりそうな気配がする。午前9時頃から少し風が強くなったが、依然曇り空で晴れ間も見える。直ぐにデジタル台風等のネット気象情報を何度も確認したが、その進路は若干の差があるも四国から兵庫県に上陸するとある。寝不足からか頭の後ろの方がやや重い。

NHKの台風情報を確認しながら、泊まりに来ている娘の携帯から避難勧告音が流れる度にビクッとしながら、10時頃になると空は次第に暗くなりつつある。気象庁の予報では昼3時頃から猛烈な雨となっていたが、その後再確認すると12時頃から猛烈な雨が降ると変更され、3時間ほど早く豪雨になりそうだ。このころの時間帯から雨粒が少しづつ降ってきた。暴風になる前に、取りあえずの買い物に行こうと、近くのスーパーに車で行くと道路は空いているが店は買い物客で一杯だった。暴風域になる前に家に帰り、NHKの台風情報をずっとみる。11時半ぐらいから風が強くなってきたが、一週間前の台風20号に比べるとやや弱い。雨はそんなに強く降っていないが、風の音が強い。風の向きは20号と異なり北から吹き(20号時は南東からだった)、野々池貯水池の樹々もかなり揺れ始めたが、暴風域に入ったばかりだろうか、そんなに強くないもののびゅーびゅうと音が煩い。

午後1時頃になると、雨風とも相当に強くなってきた。風の音に消されて雨の音はさほど聞えてこないが、窓カラスを通してみると相当に強く降っている。野々池貯水池の樹々もかなり揺れ始めた。午後1時半過ぎに雨風が一時落ち着いた感じがする。午後2時頃、兵庫県淡路を過ぎて明石か神戸附近に上陸したとの報道。その後、2時半過ぎになるとまた再び暴風の音が凄まじく聞こえるが、それにしては風が雨戸をガタガタ揺らす音は少ない。すると、関西空港連絡橋に空の小型タンカーがぶつかって、連絡橋が一部変形している場面がテレビにでた。暫らく経つと幾分か風の音も収まったので、午後3時40分頃に外にでてみると、風はかなり収まり、近隣とも特に被害は無しの様だ。前回、8月23日の台風20号で飛ぶものは既に飛んだせいだろうか、20号時にあったような近隣の車庫屋根のアクリル板も道路に全く落ちてはいないし、ちぎれた樹々の葉や枝も圧倒的に少ない。ウエザーニュースで確認すると、午後3時過ぎ現在、21号は舞鶴附近にあって西明石は暴風域から外れた。終わってみれば、台風21号は数字上は遥かに強力ではあったが、自宅のある西明石に近い神戸市西区の状況は、台風通路直下に近かったものの、今のところ20号のピーク時ほどの暴風雨より小さいように思えた。

21号の特徴をネットで拾うと、・非常に強い勢力で上陸、・スピード速く、急に雨風が強まる、・台風から離れた東側でも雨風強いこととある。台風21号は上陸時まで非常に強い勢力を保っており、非常に強い勢力で上陸すれば、1993年13号以来、25年ぶりとある。
*9月5日のCNNnews:Typhoon Jebi hits Japan with heavy winds, pounding rain
 「TENKI JP」
 「ウエザーニュース」
 「ウエザーニュース」
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またぁ台風

2018-09-03 06:16:24 | 日常生活
つい一週間前の8月23日~24日、台風20号が通り過ぎて束の間、その後を追うように今度は更に強力台風21号がやって来ると予報されている。「デジタル台風」の予報では「台風21号は4日から5日にかけて本州を縦断し、各地は大荒れの天気となる予報です。これと似たようなコースを進んだ過去の台風の一つに伊勢湾台風があります。そこで、台風21号と伊勢湾台風が比較しやすい経路図を作ってみました」として、かって大被害をもたらした伊勢湾台風時の経路を重ね合わせている。伊勢湾台風は戦後最大の風水害を引き起こした稀に見る強力な台風で、その翌年に「防災の日」が制定された。
  
   「デジタル台風、赤色は21号の予想進路、青色は伊勢湾台風の進路:9月2日午前10時」
今現在の予報進路は台風20号よりやや東側の大阪付近を通過する予報。周りの気圧や上空の流れによって進路が変りつつあるが、一応、片付けは終ったものの、どうなることやら今から心配。ただ、20号と異なるのは、西明石近辺は台風21号の進路の左側に位置するため、風の強さも幾分か緩和されるとは勝手に想像しているが、やれやれだ :参考「危険半円 と 可航半円

で、恐怖の台風20号は下図の進路だった。姫路に上陸しそのまま北上し、西明石近辺は台風の右側でかなりの暴風だった。
  「ウェザーニュース」
その台風20号襲来時の様子を当ブログに書いているが「午後10時現在、雨が雨戸と叩く音は全く聞こえず、雨戸を開けてみるも雨は左程のこともなし。午後10時半ごろから、突然雨足がかなり強くなる。特に南東からの風が雨戸を強く叩く。夜12時頃、姫路に上陸した。雨足と風がすごい。風が猛烈に吹いて何か飛ぶ音がした。もう夜中の1時だが寝る気も湧かないので暫しTVの台風情報を確認する。今日(24日)は4時に目が覚め、早速、新聞とりと家の周りを確認した。車庫の屋根のアクリル板が道路側2列飛んで無くなっていた。道路にでると、近隣の車庫の屋根が数か所飛んでいる。それ以外の被害はない。とにかく、こんなものすごい暴風は久しく経験がない。九州に住んでいた経験でも、九州は台風の通路にあたっていたが、こんな暴風はあまり記憶がない。野々池に上がって被害状況を再確認するが、家の周りは問題なし。ただ、野々池の上がり口の「ねむの木の大木」が半分に折れている」
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ブログを書くという事

2018-08-31 06:28:02 | 日常生活
大先輩古谷さんのブログ「雑感日記」の8月30日投稿「継続は力かな」に、「雑感日記」の訪問者数は毎日600人から700人で、たまに多い時は1000人を超えることもあると書いてある。古谷さんは殆ど毎日欠かさず書き続けて12年、その延べ訪問者数は260万IPに達した言う。ブログを書いている者の一人として、12年間書き続けてのアクセス数260万IPには本当に驚嘆した。

私も、古谷さんのブログに触発されて初めて見ようと思ったものの、書き始めるチャンスがなかなか来なかった。何となく興味はあるも始めるきっかけが掴めず、ずるずるとしていた。自分のブログを始めるまでは、他人の情報を見ているだけで自分から情報を発信する事などは全くなかった。自分で興味ある情報を検索はするものの、チャンネル数の多いテレビのような使い方だけで、何となく眺めていただけだった。それが始めたきっかけは、昔のレース仲間和田さんがOB会時盛んに写真を撮っているので、聞くとブログ投稿用の写真だと言う。こんな身近にブログを投稿している仲間がいるのかと、早速和田さんを会社に訪ね懇切丁寧に教えてもらい始めたのが、2011年の4月20日。明石市の水道用貯水池「野々池」の傍に住んでいたことあり、ブログ名を「野々池周辺散策」とした。それ以来、気がつくとデジカメで写真を撮ってきてはブログを書いている日が何日もあった。ブログの訪問者数は日によって異なり、800や650、500の日もあるが、それは稀で、現在のところ300±50IPを行き来している。約7年間でのブログ訪問者数は42万IPだから、古谷さんの延べ訪問者数260万IPには逆立ちしても到底及ぶものではない。
  「2011年4月20日に投稿したブログ最初の写真「野々池貯水池の石碑」」

ブログを書き始めの頃は、ブログ投稿する上で訪問者数は大事な事だと考えていたが、数年経つと考えも変わり、自分の日記代わり書き残して置くことを主眼にしようと思うようになった。そうして書き続けていくと、日頃からこうではないかと考えていた事象や現象が発生した場合には、直感的に頭の中に言葉が出て、その直感の源流には自分の基本的な考えがあるからだろうか、その延長上でブログを書くので全く苦にならなくなった。むしろ、無用に長ったらしい文章に成りがちなのを、バサーッと短くするのに苦労するほどだった。現在、一日置きにブログを投稿しているが、ブログを投稿した日は、基本的に、その日はブログから離れ何もせず、野々池貯水池ジョギングコースやその周辺を散策したり、ウォーキングしている。不思議なもので、野々池貯水池ジョギングコースをウォーキングしていると、次のブログの題材や書いたブログの欠点が浮かび上がってくる。これは不思議なことで、実は妄想に近いのかもしれないが、頭に浮かんだものを記憶しておこうと努め、帰宅後パソコンを開くことがままある。ブログを投稿する前日の朝、2時間ぐらいで書きあげるが、考えて、書いて、「てにおは」の修正と文章の流れ修正には時間がかかる。すんなり読める時もあれば、読んでも何度も何度も引っかかる時もある。自分でどうしても書かずんばおられないという日もあるが、そんな日は日を置かずに書いて投稿している。それでも、話題を全く思いつかず、明日のブログをどうしようと思い悩む事もしばしばあるし、何も書きたくない日もあるのも事実。

女房は「書く事がよくあるもんだ」と言うが、パソコンを打つ両手の指の速さは現役当時より相当早く打っているし、両手の指で器用にパソコンを叩いている。頭に思い浮かべた事は直に指先が反応するから、指先運動は健康にだって良いはずだろう。ただ、熱中するとパソコンに座りぱなっしになる事も多く、しばしば女房からウォーキングしてきたらと注意されるのが気にかかる。纏めて書き綴った日もあれば、その反対にボーッとしてパソコンを打つ手が進まずの日もある。しかし何か書かねばと自分に鞭打って書き続ける習性が残っているのは、現役のころの習性を引きずっているのだろう。自分本位の独善的なブログにも関わらず、「面白かったよ」と田舎からの電話や便りを貰うと、勝手に止めるわけにもいかない。毎日読んでいると聞くと、それが勇気となって書き続ける動機になっている事だけは確かで感謝している。

古谷さんが発信される「雑感日記」には到底及ぶべきもないが、自分なりにピンと来た事、感じたことを書き綴れる内はまだまだ元気なんだと自分自身納得しながら、大先輩の後を少しでも近づくべく歩きながら、このまま継続していこうと、古谷さんの今日のブログを読んで改めてそう思った。

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2018、台風20号

2018-08-24 08:28:09 | 日常生活
今年の台風20号は四国上陸後まともに北上し兵庫県の真上を通過するとの予報だった。
何年に一度は、この地域も真面の台風に遭遇するので慣れているとは言え、台風到来には何時も身構えてしまう。23日の朝は良く晴れているものの蒸し暑く、朝8時頃の温度は33度。風やや強し。朝から窓の外に吊るしている簾を取外し、庭の飛びそうな物をしまう。台風到来といえば、去る7月29日に淡路島附近を通過した台風12号だが、普通、台風は沖縄近辺から北上して日本上空を右折するが、この台風12号は従来の軌跡と全く逆の軌跡、逆回転コースを進む台風で、極めて珍しい台風だった。12号は早朝、かなり強い横殴りの雨が雨戸を叩くが、それもすぐに消え、時々小雨が降る程度に変った。この周辺の被害はなかった。

で、台風20号の様子だが、外は良く晴れているが蒸し暑い中、神戸市に朝11時20分、暴風波浪警報が発令された。
晴れているので野々池貯水池からは草刈の音が変わらず聞こえる。次第に風が強く吹き始め、気温は35、36度で雲が多くなったが晴れ。だが、午後1時頃になると、JR西日本は23日中の特急の運休が計119本に上ると発表。JR神戸線の新快速・快速については、午後5時ごろから順次運休する見込みと発表、これは本格的に猛烈台風だ。

午後9時過ぎ、徳島県に上陸したが、神戸市西区は雨もそんなに降ってもおらず、ポツンポツンと言う程度。しかし風の音がすごい。いつもそうだが、台風がくると、野々池上空を流れる風の音は煩く、今回も同様に鬱陶しいほどうるさく、加えて樹々の揺れる音も重なってざわざわと煩く聞こえてくる。午後10時現在、雨が雨戸と叩く音は全く聞こえず、雨戸を開けてみるも雨は左程のこともなし。

午後10時半ごろから、突然雨足がかなり強くなる。特に南東からの風が雨戸を強く叩く。夜12時頃、姫路に上陸した。雨足と風がすごい。風が猛烈に吹いて何か飛ぶ音がした。もう夜中の1時だが寝る気も湧かないので暫しTVの台風情報を確認する。今日(24日)は4時に目が覚め、早速、新聞とりと家の周りを確認した。車庫の屋根のアクリル板が道路側2列飛んで無くなっていた。道路にでると、近隣の車庫の屋根が数か所飛んでいる。それ以外の被害はない。とにかく、こんなものすごい暴風は久しく経験がない。九州に住んでいた経験でも、九州は台風の通路にあたっていたが、こんな暴風はあまり記憶がない。野々池に上がって被害状況を再確認するが、家の周りは問題なし。ただ、野々池の上がり口の「ねむの木の大木」が半分に折れている。
   
   
野々池貯水池の登り口の「ねむの木」の大木(16m強)が真ん中から折れた。ねむの木は風に弱いようで、台風が来るたびに無事なことなし。
 
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最近よく見るテレビ番組

2018-08-22 06:15:08 | 日常生活
最近テレビで「蒼穹の昴」という番組をよく見ている。
何時から再放送開始されたかは知らないが、たまたまチャンネルを回したら、懐かしい番組が放送されている。昔、NHKで放送された「蒼穹の昴」を民放が再放送している。NHKの放送時も欠かさず見たが、今回の民放の再放送もここ一週間(再放送されているのを知ったのが遅かった)は毎日見ている。兎に角、豪華絢爛な衣装に立派な建付けに感心することしきりだが、わずか130年程前の清国王朝の物語で、当時の主権者の考えが簡易に表現されて面白い。
 「日本人女優田中裕子演じる西太后:北京華録百納影視有限公司」
主役は清国の「西太后」、ウキペディアの番組概要は「舞台は光緒12年(1886年(日本:明治19年))から光緒25年(1899年(日本:明治32年))までの清朝末期。貧家の子、李春雲(春児)は糞拾いによって生計を立てていたが、貧しい家族のために自ら浄身し、宦官となって西太后の下に出仕する。一方、春児の義兄で同郷の梁文秀(史了)は、光緒12年の科挙を首席(状元)で合格し、翰林院で九品官人法の官僚階級を上り始める。清朝の内部では、政治の実権を握っている西太后を戴く后党と、西太后を引退させて皇帝(光緒帝)の親政を実現しようとする帝党とに分かれ、激しく対立していた。后党と帝党の対立は、祖先からの清朝の伝統を守ろうとする保守派と、衰えた清朝を制度改革によって立て直そうとする革新派(変法派)の対立でもあった。両者の対立は、やがて西太后と皇帝の関係にも、深い溝を生んでゆく。春児は西太后の寵を得てその側近として仕え、一方、文秀は皇帝を支える変法派若手官僚の中心となる。敵味方に分かれてしまった2人は、滅びゆく清朝の中で懸命に生きていく」とある。

物語は、西太后を中心に当時の光緒帝、李鴻章、康有為、栄禄等の実在の人物に架空の人物(春児や梁文秀等)を織り込ませ、当時の清朝の動きや苦悩を浮き出させるという設定で、日本の明治政府や日清戦争等、良く知られた歴史的事実が次から次と出てくるので非常に分りやすく、当時の江戸末期から明治期の平等に貧しかった日本と、少数民族が当時世界最大の大国家を運営し富を独占すると言う、中央集権化が極端に進んだ清国、両国家がそれぞれに西洋からの植民地化を阻止しようと、どのように国家を運営していったかを、NHKで放送されている同時代の「西郷どん」と見比べると面白い。

数年前、田所竹彦著「近代中国 七人の猛女たち」を読んだことがある。中国女性の美しさへの追及と逞しさはどこから来るのか知りたくて読んだ。七人の猛女たちとは、西太后から共産党の江青までの近代中国に足跡を残した七人の女性を取り上げている。その巻頭にあるのが西太后だった。この本では、西太后をこう解説している。「美しく、穏やかな風貌で、40才(実際は68才)位にみえた。ひたいは広く、目元涼しく、口や鼻は整っていて、あごはふくよか。耳は平らで形よく、歯並びも綺麗だった」「肥ってもやせてもいず、白い皮膚にはシミ一つなかった」。そして、この美貌を維持するための美容法や食事がすごかった。しかも、西太后は清朝以来の典故や歴代皇帝の言行録、主な宮廷文書への知識は抜群で記憶力も優れていた。冷静で緻密を極めたその一挙手一投足は、他の妃はとても及ばなかった。このような人物が後宮の側室として皇帝の話し相手に成っていくのだが、皇帝の寵愛を受ければ受けるほど、皇帝亡き後の処遇に厳しいものがあった。生きるか死ぬかである。現代では清国を亡国に導いたとする否定的な評価も多いが、西太后は頭の回転は並はずれて素早く、行動はおおむね果断で、当時の世界最大国家清国の最高責任者としての威厳を終始失うことはなく、むしろ欧州列国や日本等列強の植民地化から清国を守ったとする評価もある。「蒼穹の昴」で西太后を演じる日本人女優の田中裕子さんの好演もあって、西太后の毅然とした動きはまさに溜飲ものだと思うし、中国人も「西太后の気質、気勢、威厳といったものを表現している」と高く評価しており、「七人の猛女たち」に描かれた西太后の素顔と概ね一致している様に見える。

このように怒涛の時代を生き延びた西太后の歴史の挙動をみると、民族間の殺戮を繰り返すことで国家を成り立たせてきた中国の歴史の中で、国家のリーダーとしての壮絶な女達の戦いの歴史だったと感じられるが、それにして何で中華民族の歴史はこんなに面白いんだろう。一方、あれだけ隆盛を極め高度な文明を誇った大清帝国が何故欧州に食い荒らされたのかを、池田信夫さんのブログ「植民地支配が近代科学を生んだ」のなかで、「人類の歴史の大部分で世界最高の文明国だった中国で「産業革命」が起こらず、なぜヨーロッパの小国イギリスで起こったのか、というのは歴史の謎である。その一つの要因が近代科学だが、中国の技術的知識はヨーロッパよりはるかに進んでいたのに、それが「科学革命」に結びつかなかったのはなぜだろうか。それは中国が文明として完成していたからだ、というのが本書の答である。中国の学問は四書五経を解釈することであり、エリートの条件は古典を暗記することだった。論理は重視されたが、その論証の根拠は古典の記述であり、事実で古典を否定することはできなかった。ここではオリジナリティは重視されず、イノベーションには価値がなかった。ヨーロッパ中世でも最高の知識人は、聖書やアリストテレスを読んだ聖職者だったが、それを変えたのは16世紀以降の植民地支配と戦争だった。特にイギリス人が自国よりはるかに広い新大陸を支配し、多くの異民族を統治するには、古典は役に立たなかった」と、世界最高の文明を誇った中華民族が欧州に食い込まれていった理由を簡単に解説しているが、成程と思った。

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今日の朝は涼しい

2018-08-18 06:17:19 | 日常生活
今日(17日)の朝、外の温度は21度で、室温は24度。
窓を開けると東から、西からと涼しい風が吹きこんでくる。
こんな涼しい朝は久しぶりで、夜も良く寝れた。

8月10日頃に涼しくなったと当部ブログに書いているので、一雨降る度に涼しさが加速するようだ。
7月末の台風12号(従来の軌跡と全く逆の軌跡を辿った極めて珍しい台風だった)通過後、7月中旬頃の猛暑を比べれば、
盆前後から外気温はやや低下傾向にあり、幾分か過ごし易くなっているが、今日の朝の21度迄くると本当に涼しい。
なにせ、朝、扇風機を回さずに済んだ。加えて、あれだけ朝から煩かった蝉の鳴く声が遠くに聞えるぐらいに静かになる。
朝の空は抜けるような青空、鈴鹿8耐頃から咲き始めたモミジアオイはまだ毎日咲く。
 

14日からの対広島3連戦、2勝1敗で阪神が勝ったが、広島にマジック32がついた。
この時期のマジックはあまり気にすることもなく、それよりも、強い広島に接戦で勝ったことは大きい。
特に昨日(16日)は3対2だったが、能美が9回の表も無難に抑えプロ初セーブがつく。
現在、2位のヤクルト、3位の巨人、4位の阪神が混戦中で、残り45試合(雨天中止が多い)で2位までには上がって欲しい。
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ペルシャ絨毯で部屋の模様替え

2018-08-15 06:29:54 | 日常生活
この盆休み、所要のため西宮、三田へと車で出かけ、しかも用事が済んでの帰路、長い渋滞に巻き込まれ疲れた。
その間、盆に合わせ新しく買ったペルシャ絨毯を部屋に敷く作業で部屋の模様変えも済ませたので結構忙しい日を過ごした。

で、今度、新しく購入したペルシャ絨毯、広さは3m×2mの大きさで、しかも長年欲しかった鳥や花が多彩に細かく織り込んである。
この絨毯を何処に敷こうかと暫し考え、昔イラン現地で買ったペルシャ絨毯と置き換えることにした。そのため、和室に敷いていた中国製の段通を二階の和室に持っていくことにした。
  「新しく購入したペルシャ絨毯、鳥や花柄が多彩」
この絨毯をテレビとピアノを置いているフローリングの部屋に敷くと、これが部屋の雰囲気が今迄とは一変した。
     
薄い黄色みがかった乳白色ベースの明るい基調の絨毯に青い鳥や唐草模様の花が多彩に織り込んである、異なる色柄の絨毯が、こんなに部屋の雰囲気を変える力があるのかと感心しながら、これはいい買い物をした。

で、元々あったペルシャ絨毯を隣りの和室に持ってきて敷くと、これも和室の雰囲気を一変させた。大きさは3m×2mを少し超える大きさで、十畳のこの和室にはパソコンやプリンターも置いているので、和室がペルシャ絨毯で占領された感がある。しかも、障子を通して部屋に明かりが差し込んくるので、フローリングの部屋に置いていた時とは、随分と違った色調に見える。つまり赤基調の深い色合いが浮き上がるように見える。光の当たり具合や見る位置によっては微妙に色調が変わって見える。つまり深い色合いに変って、この和室に敷いて、これは成功だ。
     
このペルシャ絨毯は、イランに行った際、現地で買ったもので、3m×2mを少し超える大きさがあるが、折りたためるので大型のスーツケースに十分収納でき、かなりの大きさだったがそのまま持ち帰った。見た目を中国の緞通と比べると、細かい織目が繊細にデザインされているので、フローリングの部屋の中国製の緞通と取り替える事にした。すると部屋全体が突然明るく変身し華やかになる。ペルシャ絨毯は中国の絨毯に比べ薄く、なにせ軽いのが特徴だから模様替えが簡単だし、明る色合いが優れ物。持ち運びも便利で、重くてくるくる巻きにしかできない中国緞通とは大違い。緞通を部屋に置いたときはすごいなーと感心したが、その豪華さで言えば、ペルシャ絨毯が遙か上にある。豪華さに雲泥の差があると思う。ペルシャ絨毯を買って良かったと、当時思ったものだった。

で、順番に置き場所を替えられる羽目になった段通、ちょうど30年ほど前、家を新築した際、フローリングの部屋が物足りなく中国の緞通を2枚買った。大きさは3m×2m弱で、神戸大丸に買い物に行った際、たまたま絨毯展示をやっていたので買った。当時の安い給料で、今考えるとよく買ったものだと思うのだが、しかし買っておいてよかったと、当時は思えた。フローリングの部屋に絨毯を敷くと部屋の雰囲気が一変し、引っ越した際に持参したピアノを置くとぴったりと様になったと覚えている。でも、ペルシャ絨毯を部屋に敷き始めて分かったが、その違いは歴然としてきた。その豪華においてペルシャ絨毯は段通のはるか上だ。30年間、一階にあった、その段通も二階の和室に引っ越す。
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今日は涼しい

2018-08-10 08:05:54 | 日常生活
昨日、今日(10日)と朝から曇り空。
しかも朝早くの部屋の気温は27度だったので、よく寝れた
このところ猛暑が続き、いささかへきへきしていたので、爽やかに寝れた朝は心地よい。
5、6日前に数分だけザ~と降ったがすぐに止み、今日の予報では所によっては雷雨とあるが、7月5、6、7日豪雨以来、
もう何週間も雨が降っていない。しかも35度近辺の日が続いていたが、昨日は最高温度31度まで下がった。
今日の朝は27度だったので、今日も多分最高温度も31度付近なんだろう。

暑い日が続くと何が嫌かと言うと、熟睡できない事。
昼間はクーラー付けるからいいが、夜は寝る前に消すので、朝方附近になると毎日汗がでて起きる。
だからいささか寝不足の毎日が続いていたが、この2日は良く寝れた。
このまま秋になってくれるといいな。
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盆が来る前に

2018-08-06 06:05:35 | 日常生活
今日(5日)は年二回の公園夏の清掃の日。朝8時からだが結構陽はきつい。
自治会を脱会する人もいるが、沢山の会員が一斉清掃には参加するので予定の9時前には終了するも、汗びっしょり。
帰宅して家の会所周りを掃除して一応、盆前の外周りの掃除は終った。

二日程前に、盆前の仕事として気になっていた、庭のバベの樹二本とヒイラギの剪定を済ませた。
驚異的な暑さに任せて、年寄りは外で仕事をするなとテレビが言うので、朝の涼しい時にちょこっと剪定して一休みしながら、
長年の習慣で、「盆前にはすっきり」と思いながらも、この暑さを理由にズルズルと先延ばししていたが、
作業が進まないので気になって仕方なかった。で、大方3日がかりで二本のバベの樹とヒイラギの剪定を終えた。
剪定作業は好きな仕事なので、始まってしまえばはかどるのだが、鋏を入れるまでに時間がかかる。
剪定の何が好きかと言うと、剪定バサミでサクッサクッと葉が切れる感触が堪らなく好きだから良いが、
剪定作業そのものよりか、道路に落ちた葉っぱや枝を拾ってゴミ袋に入れるのに時間が掛かる。

三木の金物やで購入した剪定ばさみ、現役の時は、ゴルフ練習場の「ガーネット」に行きしなに研ぎを依頼すれば、
一週間後には引き取れる。それ以降は、ダイヤモンド砥石を買ったので研ぎながら剪定するも、大きな枝を切った時は
どうしても刃が少し欠ける。これも砥石で修正しながら剪定するのだが、この作業、しんどいわりには結構面白い。

朝早くからセミの声がうっとうしいほど煩く聞こえてくる。
今日は甲子園の高校野球の第一日で、TVは今日の最高温度予想をテロップでながしている。
甲子園の今日の気温は37度近辺まで上昇するとあるが、甲子園、熱中症、大丈夫かなぁ。
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2018、台風12号

2018-07-29 09:04:08 | 日常生活
7月29日朝、淡路島附近を通過した台風12号は、従来の軌跡と全く逆の軌跡を辿った極めて珍しい台風だったので、
記録に残しておこう。情報源は「デジタル台風」
「台風12号(ジョンダリ)は日本列島を東から西に縦断するという初めての経路を進んでいます。
 これは太平洋上に居座る上空の大きな渦(寒冷渦)の周りを台風が進んでいるためです。
 このような逆回転コースを進む台風は時々ありますが、今回はこの経路が本州上となったことが珍しいと言えます」
 
台風12号は、朝4時頃、ここ明石に近い神戸西区にも最接近した。朝3時頃、かなり強い横殴りの雨が雨戸を叩くが、それもすぐに消え、
時々小雨が降る程度に変った。この周辺の被害なし。ただ、鉄道網は事前通告で運転見合わせが相次ぎ乱れているものの、
高速道路は渋滞もなく流れたとの情報であった。
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