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12月2日の「KX50周年を祝う有志の会」開催に多大な援助をしてくれた一人が、「カワサキプラザ神戸垂水」の森田社長。
我々年寄りを含むボランティアの素人集団の「手作り開催」に花を添えようと、高価なスタンド花輪(花輪の値段を聞いてびっくり)に加えて好評の協賛品もたくさん提供してくれたので、会場は一層華やかになり賑わった。持つべきは良き仲間だ。会が終了すると、スタンド花輪から飾ってある花を数輪持ち帰る多くの人がいたので、私も記念にもらって、家の玄関に今も飾っている。暫く飾った後、ドライフラワーにする良いと聞いたので、そうする。
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店の名前を、「マイスター」から「カワサキプラザ神戸垂水」に変更して以来だから、11月の初め、久しぶりに訪問した。森田社長とは、彼がカワサキ技術部のモトクロス開発班に在席し、その後二輪販売の勉強のため一時KMJに出向してのち、「カワサキ・マイスター」と言う名のオートバイ販売店を開店し、もう長い付き合いである。カワサキの技術部在席していた頃はモトクロス開発部に所属し、モトクロスマシンKX125のエンジン開発を担当していた。125㏄の排気量だから、もともと非力だが、それを、それこそ寝るのを惜しんで、家に帰っても布団に入っても125の出力向上を模索していたと聞いた。毎日のようにエキゾートパイプの形状を変えてトライしていた。ある時、エンジンを台上に掛け動力計の荷重をかけると、何かが違う、と言う。下方からエンジンの回転を上げると、エンジンの食いつきが違うと言う。これがKX125エンジンのトルクを一回り大きした要因だ。このエンジンは米国のモトクロス専門誌でベストマシンに選ばれ、米国のJeff Ward 選手を始めとするカワサキワークスに多くのチャンピオンをもたらしたのだ。2ストロークエンジンの開発を成功させるためには、たくさんの汗をかかねばならない(=多くの実験をこなすこと)ことはよく知られた事実だが、森田さんの勘の良さ、能力と執念がこれを可能とした。
カワサキの二輪販売店を開いて、しばらくはモトクロスチームを作って全日本選手権に参戦していた。自前のエキゾートチャンバーを作ってレースに出ていたので、他のチーム員から羨望の的であった。今は、二輪販売の社長だが、昨今の二輪事情や顧客の求める二輪を良く分析しており、カワサキプラザの良い点等を含め色々教えてくれた。カワサキ二輪の販売はどうかと聞くと、もっと売れるという。彼の人柄の良さ、勘の良さと能力の高さから言えば、確かにそうだと思う。
カワサキの二輪販売店を開いて、しばらくはモトクロスチームを作って全日本選手権に参戦していた。自前のエキゾートチャンバーを作ってレースに出ていたので、他のチーム員から羨望の的であった。今は、二輪販売の社長だが、昨今の二輪事情や顧客の求める二輪を良く分析しており、カワサキプラザの良い点等を含め色々教えてくれた。カワサキ二輪の販売はどうかと聞くと、もっと売れるという。彼の人柄の良さ、勘の良さと能力の高さから言えば、確かにそうだと思う。
「KX50周年を祝う有志の会」を開催したいと声をかけると、すぐに賛同し馳せ参じてくれた。こういう人が居ると本当に心強く、感謝しきれない。