そらみつ みそら file  ~To Provide You With Unity~

こころとからだについて、気がついたことを書いていきます。
『』の中の言葉は、見えない世界から伝わってきたものです。

常陸再訪 2

2011-09-30 06:14:21 | Weblog

遅い昼食をすませ、泉神社に到着しました。

 

 

参道の奥に目をやると、拝殿が優しい光に包まれています。

 

 

 

鳥居をくぐっただけで、この神社が癒しに満ちているのがわかります。

拝殿に向かって右側に降りるとあるのが、この神社名の由来となる美しい泉です。

 

 

思わず声をあげるほどの透明度です。

奥手の底から湧水しています。

 

  

 

先の大震災で給水が止まった際には、近隣の方たちが水を汲みにきたそうです。

いつまでも見ていたくなるような美しさです。

 

『人々の心に影響を与える場所。

けがれを落とせる場所。』

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常陸再訪 1

2011-09-29 18:53:08 | Weblog

5月18日に茨城県の大甕倭文神社に行った際のことをこちらで紹介しました。

大甕

 

もう一度この神社に行くよう、指定されていたのは昨日、9月28日でした。

その日が新月のスーパームーンだと知らされたのは、出かける当日の朝でした。

27日からエネルギーのうねりを大きく感じましたが、宇宙の運行がやはり関係していたのですね。

 

9月21日夜10時半に茨城県北部が震度5弱に見舞われ、それ以後揺れ続けました。

いよいよ大きなエネルギーが地から上がり始めるのだと身が引き締まりました。

 

午前7時すぎに山梨から3人で出発、下高井戸駅で一人が加わり、常磐道を北へ向かいます。

常陸太田の長幡部神社に正午頃到着しました。

入り口の非常にわかりにくい神社です。

 

 

 

特殊な注連縄です。

 

 

ここでは前日のメッセージを補足することが聞こえてきました。

 

『いよいよ元に返る作業を始める。

それぞれがそれぞれにつながらないとできないこと。

部分部分ではない、全体だぞ。

青い光が見え始めるとき、赤い光がそこにひざまずく。

 

きみたちはそれをバラバラにしてきた。

気付いて知るべし。

怨念は何に向かうものか。

 

形而下で大きなことが起こる。

魔物を動かすな。

しっかりと前へ、かかれ。』

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青い光

2011-09-27 17:32:23 | Weblog

 

今年4月29日に、

『おおいぬ座から大きなエネルギーが来る。

人々が脱皮する時期。

4ヶ月先のこと。

見えない力につながっていく。

呪法につながっていく。』

と書きました。

これは4月23日のメッセージでした。

おおいぬ座は、シリウスのある星座です。

今は9月末ですから、このメッセージによると、もう大きなエネルギーが地球に来ていることになります。

 

9月24日のこと、

「祖母が青い光が見えて、たまにその光が赤い時があるそうなのですが、どういう現象でしょうか?」

というメールをいただき、その女性を昨日セッションしました。

その女性もおばあさまもメッセージが聞こえる人たちです。

青、赤の光はシリウスと太陽に関係していると感じ、そのように返信しました。

 

あるブログの記事に、

<「青い星のカチーナが天界にその姿を現した時、第五番目の世界が出現する」とは、ホピの古代熊氏族に属したホワイト・フェザーが伝えた予言。ホピの人たちは「犬狼星(ドッグ・スター)シリウス」を「青い星のカチーナ」と呼んできた。ホピの言葉で「サクアソフー」とされる「青い星」、そのカチーナが広場で踊って、そして仮面をはずしたとき、浄化の日も訪れる、ということになっているらしい。>

とありました。

この青い星の情報、ホピの予言のことは以前に聞いていて、初めて聞いたのは4年前、ハワイでお会いしたアメリカの博士からでした。

 

さて、今日のその女性のセッションでは、これからの地球のこと、青い光との関わりが聞こえてきました。

以下、そのメッセージです。

 

 

『青い光がくることは、ダルマである。

この青い光は、ルクソール、マヤとも関係している。

扉は開くときに来ている。

シリウスには長い間の、祖先のいのちが息づいている。

そこが EXIT になっている。

 

またプレートは動いている。

進行中。

9月29日に動き、きっかけ、が起きたとき。

プレゼンテーション。木馬。音信不通。田舎に引っ込もう。

十字は渡る。

 

ととのいました。

パラダイムシフトは完成した。

これからはヴァーチャルに左右されることはない。

 

この星への支配は終わった。

突然の生け贄が献上される。

スズメバチの巣。

歴史は変わる。

異次元の領域が大きくなる。

 

完成された紫龍が出る。

Swift Japan.

出血はない。

 

人間はジャッジメントを加えることはできない。

いいか悪いかの判断ではない。

それをしていると沈む方向にある。

 

ETERNITY の方向を手に入れて下さい。

ETERNITY は人間に宿しているぞ。

これは無視しても構わない。

 

感謝から始めることだ。

まとわりつく災いを避けることができる。』

 

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台風下での体験 2

2011-09-26 15:20:23 | Weblog

21日は午前9時前に無事東京に到着しました。

まだ風は穏やかでした。

湾岸地区のビルの5階で仕事をする中、だんだん轟音が強くなってきました。

もともと風の音が強い場所ですが、普段とは比べるべくもありません。

また、テレビのない環境で、台風情報も追っていませんでしたから、時折友人がメールで進路を教えてくれるのが唯一の情報源でした。

進路は甲府上空を通るという珍しいものでした。

後で家族に聞いたところ、雨がやんで夕焼けが見える時間があったそうです。

 

午後7時過ぎに仕事を終えて外に出ると、雨はあがっていましたがまだ風はまだ力を少し保っていました。

路上に大きな木の枝や、工事用のコーンが散らばっています。

少し前にはレインボーブリッジにトラックが横転していたと聞きました。

 

乗せていただいた車は食事のために錦糸町に向かったのですが、ところどころで渋滞に巻き込まれました。

周囲の地理に非常に明るい方の運転だったので、どこなのかよくわからない路地を選んで見事に渋滞を回避していきましたが、それでも普段の5、6割増で時間がかかったように思います。

交通機関がとまってしまっていましたから、歩く人が後をたちません。

「3月11日みたいだ」

と運転中何度もおっしゃっていました。

 

中央本線は全て運休になっていましたから、そのころにはわたしはその日のうちに山梨に帰ることはあきらめ、ホテル探しに取りかかったのですが、錦糸町近辺のビジネスホテルが軒並み満室です。

早々と、帰宅せずに都内に宿泊しようと決めた方が多かったのでしょう。

料理屋さんについてからは、お客さんが、食事にとりかかるのを後回しにして、知己のホテルに片っ端から連絡をとってくださいました。

料理屋さんの奥様も「ここは?あそこは?」と参加して下さって、徐々に安いビジネスホテルから高級ホテルにランクアップしていくのですが、それでも部屋がありません。

最終的にお客さんの息子さんの友人のつてで、ビジネスホテルを一室確保できました。

 

翌朝の朝日はいつもよりまぶしく感じられました。

東京の空気は明らかに変わっていました。

再出発のように思えます。

 

66年前、原爆が落とされた40日後の長崎を襲った枕崎台風は、崖崩れ等の被害を起こす大きな災いである一方、放射能を吹き飛ばす恵みの嵐だったそうです。

その日を境に被爆地の浦上第一病院付近の志望者数が減少したと、「死の同心円」で秋月辰一郎氏は書いておられます。

自然現象は強い浄化力に満ちていますから、プラスマイナス両方の側面が見えてきます。

わたしたちにとっては常にある恵みに気付き、自然とともに生きられる感謝を確認する機会だったと思います。

 

また、困った状況になった時、自分の内なるいのちとちゃんとつながっているかいないか、不安に思っているかいないか、で導かれ方が違ってきます。

そういう時こそ、伝えてくる声があるはずです。

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台風下での体験

2011-09-24 05:45:19 | Weblog

台風15号も激烈でした。

みなさまのお住まいの地域は大丈夫だったでしょうか?

 

9月20日の午前中に徳島入りしていました。

20日は名古屋で避難勧告が出た日、21日は東京に猛威をふるった日でした。

徳島発、羽田行きの便は21日の朝一番を確保していましたが、ウェブで見ると欠航、遅延の対象便となっていました。

対象便になると、同じ会社のほかの便に振り替えることができます。

21日の朝一番の便をそのままにしておくべきか、と聞いたときに

『寿』

と見えました。

変えないでよい、との答えでしたが、ちょうどそのときに、21日の東京での仕事が増えており、早く来てくれと要請されていたこともあり、電話で20日の最終便に振り替えました。

徳島の方は時間を切り詰めれば難なく対処できました。

 

徳島駅から空港へ向かうバスの中、だんだん雨脚と風が強くなっていました。

わたしが乗る便の使用機は羽田を離陸し、天候の様子を見ながら徳島に降りる準備を始めていることを空港のアナウンスが告げました。

空港の外に出て、空を見上げながら何度か祈っていると、

『全てクリアになる。』

『飛ぶから心配するな。』

と、伝えてきてくれました。

わたしはそれで安心しきっていたのですが、まだ着陸できないとのアナウンスが何度もなされます。

今度は滑走路を眺めながら祈りました。

 

作業員の出入りが激しくなり、外が慌ただしくなりました。

手荷物受取所へ続く廊下も電気がつき、いよいよ着陸と思ったその瞬間。

目の前を飛行機が超低空で飛び、そのまま再上昇していきました。

着陸の試みが失敗する様子を目の前で見るのは初めてでした。

 

その後、天候が回復しないためその便は着陸をあきらめ、羽田に引き返すことが決まったとアナウンスが流れました。

ロビーの人々のため息が聞こえる中、わたしは即座にカウンターに移動して、フライトの振り替えの手続きをしました。

元々予定していた翌21日の朝一番の便にです。

「午後9時到着の東京からの最終便が無事着陸すれば、その機が明日早朝の羽田行きの使用機になるから、望みがありますよ。」

と職員に言われ、でもこれから雨も風も激しくなるんでしょ?と思いながら、あとはおまかせするしかないなと覚悟を決めます。

 

四国、紀伊半島は前回の台風で甚大な被害を被っています。

こうしてとどまらされるのは、このエリアで祈りなさいということだと感じられました。

そう思うと心も静かになります。

徳島市内に戻り、あらためて意識を空に向けました。

 

さっきの便が着陸できなかったのはずいぶんタイミングが悪かったようです。

後から来る便は続々と徳島空港に無事着陸します。

東京からの最終便も定刻に着陸したことをウェブで見て一安心しました。

 

夜中の2時半ぐらいまでは、寝ていると外の雨の音が強く聞こえてきていましたが、その後小康状態に入りました。

3時半に起きて様子を見たところ、早朝便が欠航という情報はありません。

外も静かです。

チェックアウトできるようにしておいて、時間までもう一度横になりました。

 

バスが空港に向かう間、横殴りの雨風にさらされていました。

空港のカウンターで、わたしが乗る第一便は予定通り運行、そのあとの便は欠航と情報がありました。

やはり第一便で『寿』なのでした。

 

わたしにとって 『寿』の意味は、ただ東京に予定通り行かれるというのではなく、宇宙の意思のまま祈りをもつよう促されたことに気づけたことにありました。

滑走路を打つ雨が横に走る中、飛行機が速度を上げ、機内前方のスクリーンで機首が上がり離陸して行く様子が見えた瞬間は涙が出てきました。

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石鎚山 1

2011-09-15 08:28:01 | Weblog

四国の霊峰石鎚山に登る日程はメンバーの都合に合わせて決めただけでしたが、太陽と満月から同時に照らされる、これ以上にない恵まれた登山行となりました。

 

先日の台風12号により、表参道とされる登山ルートの起点である成就社への道路が崖崩れで通行不能となっており、土小屋ルートからの登山に変更です。

 

 

 

遥拝所

 

土小屋ルートは、成就社ルートと合流するまでは起伏の少ない山道です。

左側は屹立した山塊、右側は切り立った崖になっています。

 

 

成就社ルートと合流する地点から、二の鎖、三の鎖を経て山頂へ一気に上がります。

二の鎖は65m、三の鎖は67mの長さです。

どちらも下から見上げてもゴールが見えない急斜面が長く続いています。

 

  

 

三の鎖を登り切ると左側に白っぽい柵が見えます。

山頂の石の社です。

先に登っていた般若心経を研究されているという方と、石鎚山教会の先達さんが談笑していました。

登頂の時間は何ともタイミングよく、ちょうど午後5時の、夕方のお勤めが社で始まるところでした。

 

 

 

山頂到着時は、霧雨が舞いながら、真っ白で薄い雲が風に追われて青空がのぞいている光景でしたが、6時半すぎに夕食をいただいていると頂上山荘に赤い光が差し込んできました。

外に出ると夕焼けに囲まれながら沈んでいく夕陽があり、反対方向に目を移すと、ほの白く優しい光を放ちながら登ってくる満月がありました。

 

 

 

満月は数時間後には高度を上げ、わたしたちを煌煌と照らしてくれました。

 

  

 

 

 

 

*ツイッターをはじめました。

同じ名前の そらみつ みそら でやっています。

ブログと連携させていくつもりです。

よかったらフォローをお願いします。

 

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9月5日のメッセージ

2011-09-06 08:36:31 | Weblog

 

30歳代の男性に伝えてきた言葉です。

やはり遺伝子の変化を思わせるメッセージでした。

 

『人間の質が変わる。

レムリアの記憶を呼び覚ます者が出てくる。

ガイア誕生時期の記憶も。

人間の和がまた始まる。

 

ミュータント(突然変異)の力を得るものが出てくる。

「牛(ウシ)」が突然変異に関係。

スカイツリーを作った影響で、目に見えていなかったものが見えてくる。

トカゲみたいのが出てくる、見えてくる。』

 

これまで見えてこなかったものがわたしたちの目に見えてくる時代になってきそうです。

「牛」は何かのシンボルでしょうか。

 

彼の、

「今の自分の役割は何か?」

という問いに対しては、

『一定の時期になって大丈夫だと見えてくると皆安心するが、それまでの間、人に伝えること。

まだ開通には時間がかかるから、大丈夫と伝えることは重要。

シグナルがグリーンに変わるまで。

内情を知る者が伝えていかないと。

神の意思を正しく。』

という言葉でした。

 

一度でも宇宙のエネルギーの深みに触れたのであれば、その感触を人に伝えて下さい。

不安におののく者に大丈夫と伝え導くことが、わたしたちの役割です。

 

 

 
9月3日午後4時頃、関越道から上信越道に分岐する群馬県の藤岡ジャンクション付近で出た虹
 

 

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4歳の男の子から聞こえてきたこと

2011-09-04 18:45:53 | Weblog

4歳の男の子から聞こえてきた言葉です。

超感覚の子供たちが増えてきているのは事実です。

この子は両親も個性的な方たちなので、同世代の子供の社会に入れてもその個性は突出していると思われます。

人とうまくやっていけないことは全くないのですが、自分と肌が合う人間は人目で見抜いて深くつき合おうとするようです。

 

彼は住んでいる都内のマンションで、定期的に怖い夢やビジョンを見ます。

ここ一ヶ月、自分の周りから人がいなくなる夢を繰り返し見ていて、こわいこわいと繰り返していたそうです。

そしてその頃から

「ろうそくのお兄ちゃんを呼ぼう」

と言い始めたらしいのですが、ご両親が、それがわたしのことを指していると気付いたのはしばらくたってからのことでした。

どうやらセッション中にろうそくに灯をともしていることに注目していたようです。

 

今まではご両親と話している周りを、中に入りたそうに遊んでいましたが、今回はご両親が気になって、たましいの声を聞いてみようと言うことになりました。

本人はセッションが始まってしばらくすると寝入ってしまいました。

 

 

=============================================

 

『動く、揺れがある。

 

太平洋から来る。

10月から動き。

切り返しは出来ない。

サイレンが鳴る。

相場も動く。

 

マイノリティが動く。

四国辺りに動き。

 

世界に改造を加える。

改造が必要になる。

海底から来る。海底が動く。

西日本側。

地殻の変動。

 

男たちが学び出す。

最古の知恵を。

維新は精神が鍵。

 

周りとの関係を絶つような動き。

タイムリミットが近づいている。

 

目的物として聖なるものをもつのではなく、一人一人が気づいていかないといけない。

本物のシャーマニズムの始まり。

 

世界は大きな破壊を生み出す。

そのあとは天使の世界となる。』

 

 

=============================================

 

 

さて、メッセージの内容ですが、太平洋を全体として見るべきと思います。

震源が日本国外であっても、太平洋上で大地震が起こす津波は確実に日本の海岸を洗います。

東日本大震災は大きな被害を与えましたが、わたしたちに危機に向き合う知恵を同時に与えました。

この知恵は確実に生かすべきです。

 

『本物のシャーマニズム』とは、人間一人一人が宇宙の存在と直接接触、交流していくこと、交信していくことと解釈しています。

一人一人に気付け、と伝えてきているのです。

 

 

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進化への体内の対応

2011-09-02 09:51:09 | Weblog

都内在住の40歳代の女性に降りて来た言葉です。

霊的に敏感な方で、ここ数ヶ月原因不明の腹痛、腹部膨満感に悩まされていました。

 

『次元が急上昇している。

それに伴い、タンパク質の合成に変化。

人と人との交わりに変化。

関係なさそうに見えるところまで影響が及んできている。

 

(人間が)種として進化をする。

酵素は全般に必要。

生体をノーマライズするために。』(2011.8.31)

 

 

次元の上昇という言葉が近未来ではなく、現在進行形で語られました。

タンパク質の合成とはまさにDNAの変化に直結する言葉です。

また、DNAの複製や合成には酵素が必要とされます。

 

特別な酵素をとれという話ではなく、最近メッセージで多く伝えるように、発酵食品をよくとるようにという話につながってきます。

世界各地に古くからの知恵として発酵食品が多く伝わりますが、日本はとくに昔から発酵という働きを上手に活用してきました。

とくにぬか漬け等に注目していただきたいと思います。

 

世の中には優れた健康食品もありますが、日常的には日本古来の食べ物をとっていくことで充分対応できます。

それは大変革の時のいまでも同様です。

放射線対策としても味噌、塩、梅干しなど基本的な日本の食事が見直されていますね。

ただし、塩はちゃんとしたものでないと逆に健康にはマイナスになりますし、梅干しは減塩してアミノ酸で調味したものでは本来のよさが生かされません。

梅干しは塩をしっかり効かせたもの、余分なものが添加されていないものを選んで下さい。

 

進化を促すものは外界からやってくるのだと思います。

進化に耐えられる体を作っておくことです。

それには精神の調和も求められます。

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復興、発展

2011-09-01 15:48:49 | Weblog

先日、仙台に行ってきた方とやりとりする機会がありました。

仙台の空気がきれいで、震災で身内を亡くされていても明るく前向きな方が多かったということをおっしゃっていました。

わたしも7月初頭に仙台に一泊していますが、活発な空気を感じました。

そしてほかの都会と比べてドロドロした感じが少ないのです。

ある意味通過しなくてはいけないものを通り過ぎたのだなと感じられました。

 

先日のリーディングの中で、東北がこれからとてもよくなる、という部分がありましたが、どうやらその通りであるらしいことを裏付ける情報が入ってきます。

復興というだけでなく、日本の中心の一つとして発展してくることも視野に入ります。

 

『世の中の破壊に狂いはない。

エネルギーを巻き起こすものなり。

目をそむけることなく、そこを取り巻く人々の運動をよく見ておきなさい。』(2011.3.30)

 

仙台の事務所を流され、社員に犠牲者も出た会社社長に対する言葉でした。

震災直後には声高に公開することがはばかられたメッセージですが、力強い動きを感じられる今は、気持ちを後押ししてくれます。

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