そらみつ みそら file  ~To Provide You With Unity~

こころとからだについて、気がついたことを書いていきます。
『』の中の言葉は、見えない世界から伝わってきたものです。

親の思いと子の成長

2007-02-23 07:23:41 | 癒し
何気なく小さな娘のこれからを聞いてくるお母さんに、
『まだ小さいですから出てきていませんが、これからこんな癖が出てきますよ。』
と、具体的なことを一つ一つ伝えたうえで、
「お母さんそっくりですね。」
と言うと、お母さんは苦笑い。
別にそうなってはいけないということではないのですが、言われてみるとお母さんも普段の自分をあらためて見直すわけです。

子供は親を見て育つもの。
中には当たり前のことなのに、受け入れがたいことも出てきます。
都合の悪いことを認めるのは難しいのです。

「引きこもり」の相談を受けることがよくあります。
親としては理不尽な思いでいっぱいでしょう。
まず感じるのが、
「どうして出ようとしないんだ」
という怒りであるのも不思議には思いません。

この女性の息子さんは、長いこと家の中に引きこもっています。
30歳を越えるともなれば、親として心配が強くなってくるのは当然です。
怒ったりなだめたり、どんな形であれ外に出るように声をかけているようです。

彼に何が起きたのか。
それは、
『彼は傷ついて生まれてきている』
という言葉からわかりました。
「彼がおなかの中にいる間、夫婦仲が悪くありませんでしたか?」
と聞くと、やはりそうなのでした。
お母さんも感じていることでした。
「息子がつまらなそうな顔をして生まれてきたのが、今も強く印象に残っているんです。」
というぐらいでしたから。

子供が大きくなると、「こうあってほしい」という思いがだんだん強くなってきます。
生まれてきてくれたことへの感謝、自分のところに来てくれたことへの感謝が、時とともにうすれてきます。
一番始めに戻って、「生まれてきてくれてありがとう」と、呼びかけること。
それを積み重ねて、新たに立ち上がるのを見守ることが必要でした。

人をいやすのは、常に愛が基本です。
「愛されている」と知ることが、いやされることへの第一歩であり、全てなのです。
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寡黙

2007-02-16 02:51:04 | 癒し
ときどき、あれ?と思うほど、話をしてこないたましいがあります。
薬を常用している場合、からだの中の通りが悪く、声も少ないということがあります。
しかし今回の女性はそういうわけではありませんでした。

からだをさわっていて、痛いはずのところが痛くないのです。
それが、セッションを半ば過ぎたころから、からだの感じ方に変化が起きてきました。
それとともに、聞こえてくることが増えてきました。

『小さいころからオクテだった』
『(異性のことを)さめた目で見ていた』
『いつも、舞台の袖から眺めていた』
こんなことが聞こえてきましたよ、と確認すると、その通りだと言います。

気持ちに生来の固さがあったんだなあと分かって私も楽になりましたし、彼女もセッションに信頼をおいてくださったようです。 
ちなみに、何か心配があるわけではなく、明るい将来を描いていくことのできる人でした。
素敵な家族にも恵まれているんだろうな、と思いました。

『3年たったら固さが取れる』
と伝えると、自分でもそう感じていた、と笑いました。
心の底から喜べること、思い切り笑えること。
そんな方向に進んでいかれるのだろうし、きっとそういう出来事がこれから増えてくるのだろうと、何となくわたしも嬉しくなったセッションでした。
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何をやってもうまくいかない

2007-02-14 06:42:22 | 癒し
数年前の話です。
小さいころから何をやってもうまくいかず、周囲から馬鹿にされ続けていたという男性を紹介されました。
確か40歳代前半だったと思います。
霊障が大きく、仕事も続けられず、家族にも逃げられたそうです。
セッションを受けたいとの希望でしたので、その前提で電話で話をすることになりました。

本人が言うには、身内の原因不明の病気が、彼の手を通して治ったことがあるなど、若いころから不思議な体験を多くしてきたそうです。

聞こえて来た場所があったので、お会いする前にそこに行っていただけるよう、電話でお伝えしました。
当初は行くつもりでいたようですが、
「『行くな』という声がする」
と言い出し、行きませんでした。

はじめから伝えたことをしない人とは、後々どこかで噛み合なくなります。
しかし本人が直接わたしと会うことを強く希望したので、電話で来ていただく日時を指定しました。

前日になり、
「やはり行けない。」
理由を聞くと、背後でいつもどおり、声がすると言います。
そのときに聞こえたのは、
『この者(わたし)には、邪悪なものが憑いている』
だそうでした。

元々の相談内容が、人生を好転させたいということとともに、
「自分を支配する声が何とかならないか」
ということでしたから、そこでなぜ新しい行動に踏み切れないのかとは思いましたが、しかたありません。

数日後、気になったので電話をしました。
話していてよくわかったのは、本人が全てに対して強い恨みをもっていることでした。
そして際立っていたのは、その状態を絶対に変えようとしないことでした。
「ずっと馬鹿にされ続けて、何をやってもうまくいかない。
 感謝なんてできるわけ、ないじゃないですか」
電話口で強い口調でそう言い続けたのです。

どこかで別の形で、導かれていくのだろうと思います。
ただ、あの時に一言、
「感謝します」
と言えさえすれば、すぐにでも変化が起きていっただろうな、と時々思い返す出来事です。
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止めないでほしい

2007-02-04 18:32:08 | 癒し
身内に病気の人が出ると、よくこういうことになります。
いわく、
「主人はこういうことを理解してくれない。」
「多分話さない方がいいと思います。
 私が何かすることで、どうにかならないでしょうか。」

周りの人がどこかに行ったり、何かをすることで病気が治ってしまうのだったら、こんなに楽なことはありません。
環境の影響でさわりが出て来ることもありますから、ある程度の変化は起きることもあります。
しかし、最終的には当然、本人の問題です。
本人が自分の生き方をかえりみて、自らの足で歩みを進めていくしかありません。

そして、聞こえてきたことをわたしが伝えても、
「言っても理解しないだろう」
と言って本人に伝えない場合。
これは、伝えないでいる人の問題であることも多いのです。

突然病に冒された時、人は何が原因かを見極めようとします。
いろいろ手を尽くしてどうにもならないと、思いのほかオープンになって、見えない世界から垣間見えたことを受け入れることは少なくありません。

見えない世界は、わたしたちがいるこの世界と一体のものです。
その人に直接伝えられるべくして降りてきた言葉は、聞いた本人の耳に必ず残るものです。

見えない世界を信頼しているかどうか、見つめ直す必要があるのは、病気になった人だけではないのだと思います。
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月と富士

2007-02-02 11:03:55 | 癒し
昨日は知人を富士山にご案内しました。

新富士駅から富士吉田に向かい、北口本宮浅間神社を参拝。
そしてスバルラインで4合目まで上がりました。
夏ならば車で5合目まで行くことが出来るのですが、冬は雪の関係で、安全なところまでで通行止めです。
4合目駐車場からでも真っ白な富士の頂が見えました。
九州の方達で富士山は初めて、刺してくるように鋭く冷たい空気にも大喜びでした。

帰りの富士市までのドライブの途中、富士山の方向にまんまるの月が輝き、車内で大騒ぎです。
安全な場所に車を止め、煌煌と輝く月の光と富士を堪能しました。

デジカメでフラッシュ撮影したものを補正して載せてみましたが、やはり本物の迫力にはほど遠いのが残念です。
愛好家には知れ渡っていた日なのでしょう、多くの方々が三脚に固定されたカメラのファインダーをのぞいていました。

このあと、月は山頂の真上すぐのところに移動し、さらに感動の風景になりました。
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